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■「安倍政権が残した『負の遺産』」出版のお知らせ



 Amazon Kindleより電子書籍「安倍政権が残した『負の遺産』」を出版しました。
 目次及び内容説明文は以下の通りです。

 【はじめに】
 
 第一章 東京裁判史観に彩られた戦後七十年談話

  ▼侵略史観四点セットが入つた安倍首相談話
  ▼安倍首相はなぜ自虐史観派に変節したか
  ▼侵略史観学者が支配した有識者懇
  ▼隠れ蓑として利用された有識者懇
  ▼安倍首相と侵略史観学者の策謀

 第二章 反故と化した日韓合意 

  ▼外交成果を誇つた安倍首相
  ▼河野談話の上塗りをした「日韓合意」
  ▼戦後七十年談話とセットだつた日韓合意
  ▼慰安婦運動の激化を招いた日韓合意
  ▼文政権下で反故と化した日韓合意

 第三章 日本に「移民」制度を導入した安倍政権

  ▼移民法の正体を隠し続けた安倍内閣
  ▼隠蔽された外国人労働者の暗部
  ▼裏で蠢いたブラック派遣会社
  ▼利益誘導に利用された国家戦略特区会議

      **********


 内閣の戦後最長記録を更新した安倍晋三首相は、令和二年九月に退任した。
 アベノミクス、成長戦略、三本の矢、一億総活躍社会、女性が輝ける社会、世界を俯瞰した外交・・・安倍政権によつて幾多のスローガンが掲げられたが、七年八カ月に及んだ安倍政権とは実のところ何だつたのか?
 安倍首相は第二次政権において、第一次政権の時にまとつてゐた「保守」の衣をかなぐり捨てた。しかし安倍首相は、岩盤支持層である保守票が離れないやうに、周到に「保守」を偽装した。
 アベノミクスなどが安倍首相の「オモテの顔」とすれば、「保守」の偽装工作は「ウラの顔」だつた。小著では、その安倍首相の「ウラの顔」を改めて検証する。
 取り上げたのは、「戦後七十年首相談話」「日韓合意」「入管法改正」といふ三つのテーマである。
 安倍首相の「ウラの顔」が生み出したものは、 安倍政権の「負の遺産」として残された。「戦後七十年首相談話」は中国を狂喜させ、中国の抗日戦争賛美作戦に拍車をかけた。「日韓合意」は韓国政府によつて完全に反故にされた。「入管法改正」ではひそかに「移民」制度が導入された。
 安倍政権が残した「負の遺産」は将来の日本に重くのしかかつてくる。小著によつてそのことに気付いていただければと思ふ。


 令和二年九月
                         千葉展正










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■安倍政権の残した「負の遺産」







   ▼中国人民抗日戦争勝利式典と「戦後70年安倍首相談話」
     習近平に自虐談話をプレゼントした安倍首相



 北京郊外の盧溝橋にある中国人民抗日戦争記念館で3日、中国人民抗日戦争勝利・世界反ファシズム戦争勝利75周年の式典が開催された。

 習近平国家主席らが献花する式典の模様はCCTVで生中継されたが15分ほどで終了し、この後、人民大会堂で中国共産党中央委員会、国務院、中央軍事委員会によるシンポジウム(座談会)が開催され、習近平が演説した。

●75年前の今日、中国国民は14年間の不屈の血まみれの戦ひの後、極悪の日本軍国主義の侵略者を打ち負かし、中国人民の抗日戦争で大勝利を収めた。

●「九・一八事変」は中国人民抗日戦争の起点であり、世界反ファシズム戦争の序幕となつた。「七・七事変(盧溝橋事変)」以降、中国は全民族の抗戦段階に入り、世界反ファシズム戦争の東方主戦場を切り開いた。中国人民抗日戦争の偉大な勝利により、中国が世界における大国の地位を確立し、中国人民はが世界中の平和を愛する人々からの尊敬を受け、崇高な民族的栄誉を獲得することになつた。

●日本軍国主義の侵略歴史を正しく認識し、深く反省することは、中日関係の確立と発展に関はる重要な政治的基礎である。
 
●「民主主義」「自由」「人権」を装つて他国の内政に干渉することを断固として反対する。中国共産党の歴史を歪曲し、中国の特色ある社会主義の道を改変し、中国の方向性を変へやうとする勢力に、中国人民は応じない。

 「内政干渉反対」のくだりについて、中国外務省の華春瑩報道局長は4日の記者会見で、「悪意を持つて中国共産党を攻撃し、党と人民を引き離そうとする米国の過激な反中勢力への明確な回答だ」と御叮嚀にも解説した。

 今の中共政府にとつて、歴史イデオロギーで一番大事なのは、対日戦争を戦ひ、勝利したのは中国共産党であるといふ神話である。

 「抗日戦争勝利60周年」の2005年9月3日、当時の胡錦濤総書記は談話で、「中国国民党と中国共産党が領導した抗日軍隊は、それぞれ正面戦場と敵後戦場の作戦任務を担ひ、共同で日本の侵略者の戦略態勢に対する反撃を形成した」と述べたが、習近平体制になつてから、対日戦争において国民党の役割に触れることはタブーになつた。

 毛沢東の時代には「抗日戦争勝利記念日」を祝ふこともなかつた。

 そもそもなぜ9月3日が、中国共産党の「抗日戦争勝利日」なのか?

 昭和20年9月2日、ミズリー号上で日本と連合軍の降伏文書が調印された。その翌3日、国民党の蒋介石は重慶で祝賀を催した。これが起源である。中国共産党は1990年代になつてから9月3日を「抗日戦争勝利記念日」と定めた。中国共産党は日本の降伏文書調印式とはなんの関係もないのに、いつのまにか「対日戦勝国」の顔をするやうになる。そして、習近平が党総書記、国家主席、軍事委員会主席に就任後の2014年、「抗日戦争勝利・反ファシズム戦争勝利記念日」は国家の最重要記念日に格上げされたのだ。

 2015年9月3日に開催された抗日戦争勝利・世界反ファシズム戦争勝利70周年の式典では、ロシアのプーチン大統領、韓国の朴槿恵大統領をはじめ各国代表が招待され、国慶節以外では実施されたことのない軍事パレードが挙行された。2時間半に及ぶ派手な軍事パレードは習近平が人民解放軍を掌握したことを内外に誇示する意味もあつた。

 実は抗日戦争勝利70周年の式典では、中共政府は日本側に安倍首相の出席を強力に働きかけてゐた。当事国である日本の総理大臣を中国皇帝にかしづかせ、それを世界中にアピールする。習近平はそんな情景を心に描いてゐた。

 官邸内媚中派の今井尚哉首席秘書官らは「支持率が上昇する」と安倍首相は出席すべきだと主張した。これに対し外務省は、「対日戦争の勝利を祝ふ式典に日本の総理が出席するのはマズイ。日本には何のメリットもない」と強硬に反対した。習近平の顔を立てるための代替案として、式典の二日後に安倍首相が訪中する案が浮上し、中国側に伝へたが、習近平は「式典当日でなければ意味がない」とこれを拒否。結局、安倍首相の訪中は見送られたが、抗日戦争勝利式典に日本の総理を出席させようといふ習近平の露骨なたくらみに対し、反発するどころか姑息に切り抜けやうとしたところに安倍首相の対中姿勢がみてとれる。

 しかし、安倍首相は抗日戦争勝利式典に出席するかはりに、式典に花をそへるプレゼントを習近平に用意してゐた。それが式典半月前の8月14日に安倍首相が発表した「戦後70年首相談話」である。

《 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。》

《 満洲事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。》

《 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。》

《 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。》

《 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。》

《 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。》

 東京裁判史観に彩られた「戦後70年首相談話」には、中国に対する懺悔の言葉に満ちてゐる。「戦後70年安倍首相談話」には中共はイチャモンをつけなかつた。イチャモンをつけるどころではない。「戦後70年首相談話」を読んで習近平は快哉を叫んだであらう。日本の首相が戦後70年にあたつて、中国に対し全面屈服してくれたのだから。習近平の戦狼外交の祭壇に、率先して生贄の子羊を捧げてくれた朝貢国日本の総理大臣。

 安倍首相の「戦後70年談話」は、「中国人民抗日戦争勝利・世界反ファシズム戦争勝利70周年」式典と軍事パレードをいやが上にも盛り上がらせる役割を果たしたのである。

 8月15日に日本の総理大臣に靖国神社に参拝でもされたら、せつかくの抗日戦争勝利記念式典も台無しになるところだが、そんな心配は無用だつた。安倍首相は第二次政権発足一周年の平成25年(2013)12月26日に靖国神社を参拝したものの、中国から恫喝を喰らつて怯え切つてしまひ、二度と靖国神社に参拝することはなかつた。

 「戦後70年首相談話」では、「名誉と尊厳を傷つけられた女性たち」といふ文言が二度までも強調されてゐるが、これが「従軍慰安婦」を指すことは改めて説明するまでもあるまい。

 式典には韓国の朴槿恵大統領も出席し、習近平は槿恵朴との蜜月ぶりを誇示した。習近平と朴槿恵は「反日」共闘を着々と推し進め、そのピークが朴槿恵の抗日戦争勝利記念式典参列だつた(北朝鮮の金正恩も式典に招待されてゐたが無視した)。

 「戦後70年首相談話」の発表から4カ月後の平成27年12月、従軍慰安婦問題で日本が全面謝罪する「日韓合意」声明が出された。「日韓合意」の種は「戦後70年首相談話」に蒔かれてゐたのである。

 「戦後70年首相談話」も「日韓合意」も、「全面謝罪」をとりつくろふために、「未来志向」といふオブラートをかぶせてあることでは共通してゐる。

 戦後日本の謝罪外交の集大成ともいふべき「戦後70年首相談話」と「日韓合意」が日本にどのやうな害毒をもたらしたか。それはその後の日中関係と日韓関係が証明してゐる。中国は尖閣侵攻に向けて突き進み、韓国は「日韓合意」をすぐさま反故にして「反日」国家に舞ひ戻つたのである。

 






■安倍首相の罪と罰






  ▼謝罪外交・フェミニズム政策・移民推進・・・安倍首相が残した負の遺産





 安倍首相が辞任を表明したのを機に、自分のブログで安倍政権について書いた記事がどれくらゐあるか見直してみた。

 あるある。あるなんてものぢやない。我ながらよく書いたものだとあきれるほど安倍政権に関する記事がある。ただし安倍首相及び安倍政権を誉めた記事は一本もない。すべて安倍首相及び安倍政権に対する批判記事である。

 安倍最長政権を「総括」するかはりに、安倍内閣がどのやうなことをやつてきたか、自分の書いたブログ記事でその軌跡を確認してみたいと思ふ。テーマごとにいくつかの記事をピックアップする。日付は掲載日である。


●フェミニズム政策の推進

 第二次安倍内閣はフェミニズム政策を政権の目玉に掲げた。フェミニズム政策で一番力を入れたのが専業主婦撲滅運動である。「一億総活躍社会」のスローガンの下に、専業主婦の撲滅を目論み、配偶者控除の撤廃を策したのである。


 ・「フェミニストの希望の星となつた安倍総理大臣
  (平成26年5月6日)

 ・「配偶者控除の廃止を指令した暗愚宰相
  (平成26年5月7日)

 ・「前回の選挙公約を破つた安倍自民党
   (平成26年5月17日)

 ・「フェミニズム路線に突き進む自民党公約
   (平成26年12月11日)


●捨て去られた「日本の歴史と伝統の尊重」

 安倍首相は平成26年12月に衆議院を解散し、12月24日に衆議院選挙が行なはれた。自民党が掲げた衆院選の公約は、それまでの自民党の選挙公約とは大きくかけ離れたものだつた。自民党公約の教育政策から、「日本の歴史と伝統の尊重」の文言が消えてしまひ、代はつて登場したのが「グローバル教育」だつた。「グローバル教育」の柱として、「小学校低学年までの英語必修化」が制度化される。
グローバル教育の掛け声の下に外国人留学生の大量呼び込み計画が策定された。留学生たちは日本でアルバイトを始め、留学生大量呼び込み計画は外国人労働者の移民化計画の動きとリンクしてゆくことになる。

 
 ・「自民党衆院選公約から消えた《日本の歴史と伝統の尊重》
 (平成26年12月7日)

 ・「教育政策の最優先課題は小学校低学年までの英語必修化
   (平成26年12月7日)

 ・「《日本の歴史と伝統の尊重》教育から《グローバル教育》へ
   (平成26年12月8日)

 ・「グローバル教育で邪魔になつた《日本の歴史と伝統の尊重》
  (平成26年12月9日)


●戦後70年安倍首相談話

 平成27年8月14日、安倍首相は「戦後70年首相談話」を発表した。この安倍談話は、村山談話を踏襲したばかりでなく、慰安婦問題での謝罪まで盛り込み、「自虐史観」に塗りつぶされてゐた。安倍首相は、安全保障関連法問題で下落した支持率回復を図るために「左旋回」を図つたのである。安倍談話が発表されると、安倍首相の思惑通りに支持率は急回復した。


 ・「訪中の手土産として送られた安倍首相の《植民地支配・侵略》メッセージ
  (平成27年3月19日)

 ・「虚偽とごまかしに満ちた戦後70年安倍談話
 (平成27年8月14日)

 ・「侵略4点セットに慰安婦謝罪までおまけしたわけ
 (平成27年8月22日)


●安倍謝罪外交の極致としての日韓合意声明。

 平成27年12月28日、慰安婦問題に関する日本と韓国の「日韓合意」声明が出された。安倍首相は「慰安婦問題を最終決着した」と「日韓合意」の歴史的意義を誇つた。「日韓合意」は慰安婦問題を最終決着させるどころか、以後、韓国による日本タカリが始まり、韓国の国内外で慰安婦像が乱立する。


 ・「安倍晋三は売国政治家か?
  (平成28年1月15日)

 ・「日韓合意で売国総理の正体に気づいた人々
  (平成28年1月16日)

 ・「日韓合意を一番喜んだ日本人は河野洋平である
   (平成28年1月17日)

 ・「河野談話を完璧に引き写した日韓合意声明
  (平成28年1月19日)

 ・「国会でヌケヌケと河野談話を読み上げた安倍首相
  (平成28年1月23日)

 ・「10億円を駆け込み送金した日本政府
  (平成28年9月2日)

 ・「コリア・スクールの言ひなりに動く安倍官邸
  (平成28年9月4日)

 ・「コリア・スクールが韓国と結託して仕掛けた罠」
  (平成28年9月5日)

 ・「安倍《呆韓》外交を全面支持する安倍《幇間》記者
  (平成28年9月6日)

 ・「これだけある河野談話と日韓合意の類似点
  (平成28年9月8日)

 ・「反日ゴロツキ国家の本性を現し始めた韓国
  (平成28年10月2日)


●日本移民化政策

 平成28年、安倍内閣は人手不足を口実に、外国人労働者の大量流入方針を唐突に打ち出した。外国人労働者の日本定住を図るべく、外国人労働者の新たな在留資格を新設した入管法改正案が策定された。「この法案は日本を移民国家にする」といふ多くの国民の反対を押し切つて、安倍内閣は平成28年12月に法案を強行成立させた。


 ・「安倍自民党と経済界・ブローカー集団の結託
 (平成30年10月11日)

 ・「移民国家法案を通すために安倍官邸がめぐらす謀略
  (平成30年10月12日)

 ・「ブラック派遣業界と結託してイカサマ予測を流した安倍官邸
  (平成30年10月26日)

 ・「リストラ推進予算を膨張させた安倍官邸の思惑
  (平成30年10月27日)

 ・「セックス迎賓館で自民党政治家を篭絡した南部の政官界工作
  (平成30年10月28日)

 ・「正体を露はした偽装的移民法
  (平成30年11月4日)

 ・「外国人に選ばれる国になりませうといふ痴れ事
  (平成30年11月6日)

 ・「歯止めなき移民流入に道を拓く改悪入管法
  (平成30年11月15日)

 ・「日本移民化政策の策源地となつてきた国家戦略特区諮問会議
  (平成30年12月23日)

 ・「外国人問題で関係官庁の議論を封殺してきた安倍官邸
   (平成31年2月17日)

 ・「法務省と厚生労働省の真つ当な主張を握りつぶした官邸
  (平成31年2月19日)

 ・「外国人奴隷労働の実態無視を決め込んだ安倍官邸
  (平成31年2月24日)


 以上は、私が安倍政権について書いた記事の一部にすぎない。私はことさら安倍政権を攻撃する意図をもつてこれらの記事を書いたわけではない。民主党政権を批判する記事もたくさん書いてゐる。私はただ、時の政権が日本の行く末を誤る危険な動きを示した時、その動きを追つて自分なりの分析を試みたにすぎない。安倍政権のやることを無条件に賛美してきた似非保守の立場は私から最も遠いものである。

 安倍政権のやつてきたことはなんだつたのか? これらの記事を読んでいただければ、史上最長を記録した安倍政権の「秘策」がなんであつたかが見えてくると思ふ。安倍政権延命への「秘策」とは、「保守」から「リベラリズ」への「転向」であつた。靖国神社参拝の放棄はその典型的な一例にすぎない。

 「日韓合意声明」と「戦後70年首相談話」を改めてよく読んでいただきたい。過去の日本を断罪するこれらの首相声明・談話は今後の日本政府の行動をも拘束してゆくのだ。「日韓合意声明」と「戦後70年首相談話」が安倍首相の残した「負の遺産」でなくてなんであらうか。

 安倍首相の辞任の記者会見で、「安倍総理のレジェンドは」といふやうな質問が出た。質問したのはたしか朝日新聞の記者で、それは当然皮肉を込めた聞き方ではあつたが、安倍首相は「歴史が判断する」とかなんとかモゴモゴ答へてゐた。 「日韓合意」は安倍首相にとつて輝かしいレジェンドになる筈だつた。しかしさうはならなかつた。レジェンドどころか、「日韓合意」は戦後対韓外交における最大の汚点として残されたのである。

 もうひとつの外国的レジェンドになる筈だつたロシアとの北方領土交渉も、プーチンの手玉に乗せられてゐるうちに、北方領土は一大ミサイル基地と化した。北方領土からミサイル基地が撤去されることは永遠にないであらう。

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 東京裁判史観に彩られた「戦後70年首相談話」を「百点満点」と持ち上げた御用学者の言説を徹底批判したのが拙著『「売文業者」渡部昇一の嘘八百を斬る』である。戦後70年首相談話が発表された当時、安倍ポチ信者らによるこの種の提灯記事が大量に生産された。

 


■米大統領選挙と中国





   ▼バイデンは習近平の救世主となるか?




  米大統領選挙を報じる中国のメディアは最近、「民主党のバイデンの方がトランプより扱ひやすい」といふ論評を流し始めてゐる。中国のメディアが中国共産党の意に反する記事を掲載するはずもないから、これは習近平の気持ちをそのまま代弁したものと受け取つてかまはないと思ふ。

 前回の大統領選挙では、中国は共和党候補トランプに得体の知れぬ不気味さを感じつつ、人権一点張りの民主党候補ヒラリー・クリントンにも警戒心を抱いてゐた。ところが今回の大統領選では、中国ははつきり民主党候補バイデン支持の姿勢を鮮明にしてゐる。

 習近平にとつて米国大統領としてジョー・バイデンほど好ましい人物はゐない。

 なにより、「自分はアメリカで習近平と最も親しい政治家だ」と公言してきたのがバイデンなのだから。

 バイデンは副大統領として2011年8月に訪中した。カウンターパートが次期最高指導者に決まつてゐた習近平副主席だつた。バイデンは6日間も滞在し、習近平はバイデンを四川省など中国各地を案内し、二人は何度も会談を重ねた。

 2012年2月には、習近平副主席が5日間の日程で訪米し、この時はワシントン、ロサンゼルスとすべてバイデンが随行した。

 バイデン副大統領は2013年12月にも訪中した。この時は中国が防空識別圏を設定した直後で、日中間に緊張が走り、オバマ大統領が調整役としてバイデン副大統領を東京、北京、ソウルに派遣したのだ。

 訪日したバイデン副大統領に日本側は要望を伝へた。防空識別圏への懸念を表明する「日米共同声明」の発表、防衛識別圏の撤回の要求、中国がアメリカの民間航空機に強制する飛行計画書提出をやめさせること―である。

 ところが、その後訪中したバイデンは習近平主席との会談で、日本の要求をことごとく握りつぶしたばかりか、中国側の肩をもつたて、日本を虚仮にしたのである

 中国国営メディアは習近平・バイデン会談について、「両国は『新型の大国関係』を目指して対話・提携を強化していくことで合意した。バイデン副大統領は、米中関係は21世紀の最も重要な二国間関係である、と表明した」と日本に当てつけるやうな調子で報じた。バイデンは習近平の打ち出した『新型の大国関係』に唱和し、発足したばかりの習近平体制を全面支援したのである。『新型の大国関係』とは太平洋地域を中国とアメリカで分割支配するといふ構想にほかならない。

 2013年のバイデン訪中では、中国はバイデンに大きなお土産をくれてやつた。

 この訪中にバイデンは息子のハンター・バイデンを同道してゐた。ハンターは投資会社を経営してゐたが、訪中時、この投資会社が中国との合弁投資ファンド「渤海華美」を設立することで合意。10日後、中国政府から許可が出され、投資ファンドが設立された。ハンターは役員におさまつた。

 「渤海華美」はその後、顔認識プラットフォームの「Face++」に投資した。中国公安当局が中国全土に張り巡らす監視システムに組み込まれてゐるのが「Face++」の顔認識プラットフォームである。

「渤海華美」の設立に際して、中国側からハンターに15億ドル(約1600億円)もの資金が供与されたとされる。

 これがハンター・バイデンをめぐるチャイナ疑惑で、中国人民に対する抑圧システムに副大統領の息子が投資をして、多額の利益を得てゐたとふ構図である。(疑惑を追及されたハンター・バイデンは昨年役員を辞任したものの、「渤海華美」の株式は依然として保有してゐる。)
 
 訪中したバイデンにとつて、「防空識別圏」の問題などどうでもよく、息子のビジネスのことで頭がいつぱいだつた。

 ハンターはウクライナでも、父親の威光でガス会社の役員におさまり、月5万ドル(約530万円)の報酬を得てゐたボンクラ息子である。

 アメリカの副大統領が、中国で投資事業を始めたいボンクラ息子を伴つて中国を訪れたのは、習近平にとつて、鴨がネギを背負つてきたやうなものだつた。

  ハンターが設立した「渤海華美」の投資先として、人権抑圧監視システムの関連企業を選ばせたのも、中国一流の悪だくみだつたのではないか。

 バイデン副大統領は、オバマ政権でライス補佐官と並ぶ「パンダハガー」と目された。このパンダハガーの口から、南シナ海とか南沙諸島とかいふ言葉が出てきたことはない。

 既にして脳軟化症気味のバイデンが大統領になつたら、政権半ばにしてダッチロールに陥る可能性が高い。さう見越して習近平はバイデン勝利に期待をかけつつ大統領選を見守つてゐる。

■習近平とスターリニズム







 ▼寝た子を起した周庭氏の逮捕
  「欅坂46」と「民主の女神」




 香港警察は、国家安全維持法(国安法)違反容疑で逮捕した香港紙「リンゴ日報」創業者の黎智英氏と民主活動家の周庭氏らを丸一日拘束した後、保釈した。

 両氏らが長期拘束されることなく保釈されたことについて、日本の「中国専門家」たちはテレビで、「香港では一日拘留しただけで保釈されることはよくあるんですよ」などと訳知り顔でしやべつてゐた。

 ジャーナリストあがりの中国屋たちの話ほど信用のおけないものはない。

 世界が注視する中で、反中共運動の象徴ともいふべき黎智英氏と周庭氏を逮捕したのだ。習近平政権もそれなりの準備と見通しをもつて挑んだ筈である。北京政府が「見せしめのために、一日だけ拘束してから釈放しよう」などと、はじめから予定してゐたとは到底考へられない。状況次第では、二人はそのまま拘束され続けてゐたかもしれないのである。

 習近平には誤算があつた。

 それは、黎智英氏については、民主派らがSNSなどでリンゴ日報への支援を呼び掛けた結果、発行元である壱伝媒の株価が急騰した。さらに、多くの香港市民がリンゴ日報を買ひ求め、通常の発行部数の5・5倍にあたる55万部が完売した。

 周庭氏の場合は、周氏を支援するハッシュタグ「#フリーアグネス」などが日本を中心に拡散し、各方面の著名人らも次々に支持をツイートした。

 日本のテレビは、黎智英氏と周庭氏の連行される場面を何度も放映した。

 たびたび訪日してゐた周庭氏は日本ではそれなりに知られてゐたが、彼女が過去に逮捕された時(5回!)には、日本のマスコミが大きく報じることはなかつた。

 それが今度はどうだらう。周庭氏が逮捕されるや、逮捕される前にSNSで発した言葉だとか、彼女が写した公安の写真だとかを日本のテレビが一斉に報じたのである。

 天安門事件の洗礼にならつて、民主派を一網打尽にして片付けようとした習近平の思惑に狂ひが生じた。

 黎智英氏や周庭氏をこのまま拘留し続ければどうなるか。国内外の民主派を却つて勢ひづかせてしまふ。習近平執行部はそれを恐れて慌てて釈放したとしか考へられない。

 周庭氏には今後「判決」の言ひ渡しが待つてゐるが、北京は今考へてゐる筈である。刑期を半年にしようか、無期にしようか。北京政府にとつては、絶対に彼女を「民主の女神」にしてはならないのだ。

 中共機関紙「人民日報」は、日本語で香港民主化を訴へる周氏を、「暴力的で無謀で、日本に膝を屈した反中国の政治屋」と罵つてゐる。

 周庭氏は釈放の直後、「拘留中に欅坂46の『不協和音』といふ歌の歌詞がずつと頭の中に浮かんでゐました」と語つた。

 すると日本のテレビ各局はいち早く、欅坂46の『不協和音』を特集で取り上げ、音楽関係者たちに『不協和音』の内容を細かく解説させた。

 日本人でも、欅坂46のファン以外は、『不協和音』といふ歌を知らなかつた(もちろん私も)。今、Googleで、「欅坂46」「周庭」と打ち込んで検索してみると、一千万件以上ヒットする。

 香港で何が起きてゐるかも知らず、香港国安法のなんたるかも知らず、「周庭」といふ名前さへ知らなかつた日本人が、周庭氏の口から、「欅坂46」といふ名前が出てきた途端に、「周庭さんつて一体だれ?」と一斉に調べ始めたのだ。

 日本のアニメを見て日本語を覚へ、日本のアイドルグループの歌を聞いて育つたといふ、香港の23歳の女の子は、中国共産党の暴虐と戦つてゐる一線の闘士だつた!

 習近平の強権発動は日本人の寝た子を起こしてしまつたのである。








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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

爆買いされる日本の領土
China 2049
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