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■「セクシャルハラスメント」の罠(1)

 
 男をハメるためつくられた「セクシャルハラスメント」といふ仕掛け




 テレ朝の女性記者に下ネタ発言をやらかしたとかでクビになつた財務省の福田淳一前事務次官の「セクハラ」問題で、あれは次官がテレ朝記者にハメられたのだとか、ハニートラップにあつたのだとか主張する人たちがゐる。

(セクハラにカギカッコをつけるのは、「いはゆるセクハラ」といふ意味である。私はセクシャルハラスメント=セクハラといふ概念自体を認めない立場なので、以下の私の文章にセクハラといふ言葉がでてきたら、すべて「いはゆるセクハラ」の意味と受けとつていただきたい。)

 人をハメるといふ行為は、社会常識的にはハメる側の人間が悪いと誰しも考へると思ふ。しかし、私にいはせれば、今回の「セクハラ」事案で、かりにテレ朝の女性記者が財務省次官をハメたとしたら、まんまとハメられた方がアホなのである。福田氏は高校生時代、バカばつかり言つてゐたので同級生からバカとアホを合成した「バフォー」と呼ばれてゐたさうだが、これにならへば、福田氏はまんまと若い女にハメられて次官の地位を棒にふつた「バフォー」と呼ぶべきか。

 女性記者にハメられた福田前次官がアホなのは分かるとして、それでは前次官をハメた女性記者は悪くないのかといふ人があるかもしれない。

 「セクハラ」問題は、男をハメた女がいいとか悪いとかで論じるべき問題ではないのである。なぜなら、セクシャルハラスメント=セクハラとは、もともと女が男をハメるためつくられた言葉・概念・システムみたいなものなのだから。女が男をハメようと思へばいつでもハメられる便利な仕掛け。罠それがセクシャルハラスメント=セクハラなのだといふことを覚えておいた方がいい。歌謡曲の文句に、〽泣いた女が悪いのか、騙した男が,悪いのか、といふのがあるけれど、〽騙した女が悪いのかなんて、j自分は「アホ」でしたと告白してゐるやうなものだ。

 福田氏の愚かさは女性記者との会席で下ネタを持ちだしたことにあるのではない。相手の女が自分に対して「「セクハラ」でハメる下心を持つてゐることを見抜けなかつたことにある。この超エリート次官は、民放各社が美形の女性記者を次々に財研(財務省記者クラブ)に送り込むその意図さへ気がついてゐなかつたらしいから、おめでたいといふか、「セクハラ」スキャンダルの餌食になるのは時間の問題だつたのかもしれない。

 テレ朝女性記者は、「セクハラ」体験は多々あれど、もとより雑魚たちの「セクハラ」なんか問題にしようとも思はなかつたらう。獲物として財務省次官といふ「大物」がひつかかつたからこそ一気に竿を引き上げたのである。かくて、日本の官僚機構のトップに位する財務省次官が未熟な女釣り師にまんまと捕獲されてしまつたといふお話しなのである。

 私は十数年前に『男と女の戦争―反フェミズム入門』(展転社)といふ本を書いた。この本の中で私は、フェミストたちがセクシャルハラスメントだとかドメスティックバイオレンスだとか様々な新兵器を発明して対男性監視社会の構築を図る実態をレポートした。フェミニズムとは男と女の関係を根底から翻す恐い思想である。たかがフェミニズムと侮つてゐると、いづれあなたは痛い目をみるだらう。そんな警鐘を鳴らしたつもりだ。福田氏も拙著を読んでゐてくれれば、みすみす「セクハラ」の毒牙にかかることもなかつたのにと残念に思ふ。


  (この項続く)








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■安倍晋三といふ日本のお荷物
 安倍流支持率回復の奥の手




 地中から発見された爆発物をもう一度地中に埋め戻す作業をやつてゐたところ、管理がズサンだつたため爆発物が突然炸裂してしまつた――森友学園問題における財務省の決裁文書の改竄発覚とはまあそんなやうなものだ。

 爆発物の威力は思ひのほかすさまじく、内閣まで吹き飛ばされかねない勢ひで、五月の連休明けの安倍内閣総辞職も語られるやうになつてきた。

 財務省の決裁文書の改竄は朝日新聞によるフェイクニュースだと思はず口走つた連中も、財務省が決裁文書の改竄を認めたことで、天下に恥をさらした。

 安倍首相VS朝日新聞といふ構図をことのほか好んだ安倍首相も、朝日新聞との対立を際立たせることによつて自分の立場を盤石にするといふ従来の芸当はさすがに今回だけはできかねた。朝日新聞の陰には大阪地検がゐることはがはつきりしてゐるが、もはやリーク犯さがしをしてゐる余裕はない。

 安倍首相にとつて森友学園事件はすでに終はつた問題だつた。森友学園の籠池といふ頭のをかしな男が俺や妻の名前を勝手に使つて近畿財務局の役人たちを騙して、アイツは女房ともども逮捕されたのだ。俺のお友達のジャーナリストや評論家たちも揃つて、「森友学園事件はすべて朝日新聞のフェイクニュースだつた」と書いてくれた。森友爆弾は地中に埋め戻したはずだつたのに。それがどうして今ごろ? 籠池と女房は拘留されてゐるからと安心してゐた俺が馬鹿だつたのが? 朝日のクズ記者どもをちよつと挑発しすぎたかな?

 第二次安倍政権が発足してこの五年間といふもの、安倍首相には何度か危機に陥つたものの、そのたびに実にうまく危機を切り抜け、不死鳥のやうによみがへつてきた。

 たとへば、安保関連法案などで支持率低下にあへいでゐた平成二十七年夏には、「戦後七十年首相談話」の中に、「侵略」「植民地支配」「反省」「おわび」といふ村山談話の自虐ワード四点セットを見事に盛り込んでみせ、支持率を急回復させることに成功した。安倍首相を崇敬する保守派の人々はこの戦後七十年首相談話を、歴史に残る素晴らしい談話だと絶賛した。

 安倍首相が支持率回復のために利用してきたのが歴史問題である。慰安婦問題における日韓合意では、「心からおわびと反省の気持」を表明し、韓国の財団に十億円を拠出した。安倍ポチの保守派の人々はこの時も、安倍首相は日韓関係に画期的な「最終的不可逆な解決」をもたらしたと誉めそやした。

 安倍首相がいくら売国的言辞を弄しても一切文句を言はないポチ保守派の人々は、男に裏切られてばかりゐるのに、ダメ男の愛人を信じ続ける純情無知な女に似てゐる。

 安倍内閣支持率の急降下ぶりは何事かの前兆をうががはせる。佐川前理財局長の証人喚問後は確実に20パーセント台まで落ち込むだらう。支持率低下に歯止めをかけるために安倍首相が考へてゐることは何か。米朝首脳会談が予定される朝鮮半島情勢など日本には外交問題が山積してゐるのに、たかが森友事件程度の問題で日本の内閣を弱体化させることは許されない、といふ声が既に聞こえてくる。苦境打破にために安倍首相がすがりつけるのは外交・歴史問題しかない。それで今、米朝関係になんとか首を突つ込まうと躍起になつてゐるのである。



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安倍首相が内閣支持率に歯止めをかけるために、「戦後七十年首相談話」をどのやうに利用したかを詳しく知りたい方は、当ブログのこちらの記事を参照されたい。

http://tensei211.blog.fc2.com/blog-category-38.html



●「三島由紀夫雑記」(7) 


 ■大臣の演説草稿を書かされた三島由紀夫



 前回(「大臣」を読む)の補足。

 大臣の演説草稿を書き換へるといふ「大臣」のモチーフは、三島由紀夫自身が大蔵省勤務時代に大臣の演説原稿を書かされた経験から着想を得たものらしい。

 この経験については三島が「蔵相就任の思ひ出―ボクは大蔵大臣」といふ文章に面白をかしく書き残してゐる。(昭和二十八年)

《今でもおそらくああいふ文体が継承されてゐるものと思はれるが、大臣の講演原稿は「本日は悪天候にもかかはらず、かく多数の御参集を得ましたことは、私の深く欣懐とするところであります」調のものであつた。銀行局貯蓄課に入ると、私は早速、この講演原稿を書く仕事を命ぜられた。さうして早速「欣懐調」の演説を改革しようと試みた。
 そのときの私の講演原稿の処女作は左のやうなものである。当時国民貯蓄奨励大会といふのが後楽園であつて、淡谷のり子や笠置シヅ子のアトラクションの前に、大臣の演説があつたのである。
「えー、本日は皆さん、多数お集りいたゞいて、関係者一同大喜びをいたしてをります。淡谷のり子さんや笠置シヅ子さんのたのしいアトラクションの前に、私如きハゲ頭のオヤジがまかり出まして、御挨拶を申上げるのは野暮の骨頂でありますが・・・」
 これを課長のところにもつてゆくと、まづ「ハゲ頭」の一語が赤鉛筆でグイと消された。ついで、完膚なきまでに添削が施され、原稿は原型をとどめなくなつた。課長はあとで、私の上役にかう言はれたさうである。
「あいつの文才があるといふので採用してみたが、文章はトント俺の方が巧いわい」》

 「蔵相就任の思ひ出―ボクは大蔵大臣」といふ文章はもともと「私がもし大蔵大臣であつたなら」といふ原稿依頼だつたので、「そこで私が大臣になれば」と続く。

《税金については、私は独自の見解をもつてゐる。文士などといふ人種ほど、我慢ならぬものはない。ああいふ蟲蛄どもが、愚にもつかぬヨタ話を書きちらし、一方では軟派が安逸奢侈の生活を勧め、一方では左翼文士が斜視的社会観を装つて、日本再建をマイナスすることばかり狂奔してゐる。》

《文士にはすべからく、全収入の百パーセントの重税を課し、軍需工場への転業をすすめるか、若いものは保安隊へ入れたらよい。》

 以下、国家財政的見地からみた惰弱国民の始末方法が戯文調で語られるのである。

「蔵相就任の思ひ出―ボクは大蔵大臣」は「三島由紀夫全集26」「決定版三島由紀夫全集28」に収録されてゐるので興味のある方はそちらを読まれたい。


●「三島由紀夫雑記」(6)

■大臣の演説草稿を書き換へた財務省局長
 「大臣」を読む


 三島由紀夫の短編小説なんて読んだことのない人に向かつて、「三島由紀夫に『大臣』といふ短編小説があつてね。財務省の預算局長が、つまりむかしの大蔵省の主計局長なんだけど、この男がある文書を改竄する話なんだ」と言つたら、「ウッソー」と一笑に付されるかもしれない。

 財務省の新任大臣と官僚たちの反目を風刺的にスケッチしてみせたのが「大臣」といふ短編小説で、「新潮」の昭和二十四年一月号に掲載された。三島が大蔵省を退職して四か月後の作品といふことになる。三島由紀夫には大蔵省体験を取り入れた作品群があつて、この「大臣」と「訃音」「鍵のかかる部屋」「日曜日」などがそれだ。

 「大臣」の主人公國木田兵衛が、財務大臣に就任することになつたのはこんないきさつによる。

《左翼政党の内閣が瓦解したので、政権は、左右どつちつかずの綱領を掲げてゐた政党に移った。組閣が手間取ったのは、財務大臣の引き受けてがなかつたからである。國木田兵衛が口説き落されて組閣が完了した。》

 認証式と初閣議を終えて帰宅した國木田は、新聞記者たちを追ひ返した後、翌日財務省で行う就任演説の原稿書きに精魂を傾ける。《前大臣の鷹揚な『あなたまかせ』とにつけこんでしたい放題をしたといはれる省首脳部への面当てと、もう一つには自祝の気持ち》から、國木田は就任演説の原稿を自分で書くと甥の秘書官に言ひ渡してゐた。

 大友財閥の番頭的存在だつた國木田にとつて、《世界で一番きらひなものが官僚でその次が酢だつた》

 國木田が官僚ぎらひになつたのはこんな理由からだつた。

《大友財閥は最後まで戦争にそつけなかつたが、それには男爵の気脈を受けた國木田の策動があるからだと、彼は軍と結託した新官僚にいじめられてばかりゐた。その時から國木田は官僚と聞くだけだで飯が不味くなつた。あいつらはそろひもそろつて近眼で才槌頭で助平で、歯くそをためた・背広を着た宦官どもだと彼は言ひふらしてゐた。》

 彼は、就任早々のこの機会に官僚を念入りに揶揄してやりたかつた。《彼らが揶揄(からか)はれてゐると気づかないことで彼ら自身を一そう愚かに見せる》方法はないものか。彼が考へついたのは、就任演説の中に、これまで自分が関係した芸妓たちの名前を織り込むことだつた。

 例えば芸妓の一二三(ひふみ)は、
「一二三(いちにいさん)と号令で民主主義へ盲滅法に駈け出したやうな昨今であるが、かかる自主性を失つた・・・・」というふ具合に織り込まれた。同じやうに、秀勇、壽美江、桂子、古里、栄龍、京子らの名前が草稿に織り込まれた。

 翌日、秘書官は演説草稿を官房長の目を通さずに清書させようと大臣官房に飛び込むが秘書課長にこれをとりあげられ、草稿は官房長室で預算局長ら省首脳部の閲覧に供される。

「なんだいこれは。『一二三(いちにいさん)と号令で』はおどろいたね。運動会とまちがへてゐる」
「支離滅裂だね。ちかごろの大臣の質の低下を宣伝して歩くやうなものだ」
「をかしいのは知的なところがまるでないことだね」
「結局、われわれをはじめから小馬鹿にしてゐるのだよ」
「一本釘をさしておかんといかんね」

 草稿は糞味噌にこき下ろされ、預算局長は秘書課長に書き直しを命ずる。

 演説開始の五分前に大臣の車が財務省に着く。秘書官は秘書課長からすりかへた原稿を渡される。國木田はそれに目を通す。

《清書の原稿を読み出した國木田の眉が動いた。受け口の下唇が不気味にせり出した。一二三も、秀勇も、壽美江も、桂子も、古里も、栄龍も、京子も、その演説からきれいに姿を消してゐた。自分の知ってゐる美しい女はみんな死んでしまつたやうに思はれた。》 

 國木田は秘書官に「原稿が化けたやうだな」とだけ言つた。

 直感で預算局長の仕業とわかつてゐた。預算局長は《名題の組合ぎらひで、また組合からも嫌わは者の筆頭》だつた。國木田に傲岸な若さがよみがへり、それが復讐を要求した。
 
 財務省の中庭でに員を集めて大臣の就任演説が始まつた。

《「職員組合諸君」と國木田は読み進んだ。彼はそこまで来て草稿から目を離した。「職員組合諸君」ともう一度莫迦らしい大声で呼んだ。預算局長がおどろいて大臣の喉を見上げた。
「諸君と膝を交へて語ることを國木田はたのしみに本省へまゐつたのでありますが・・・」
 ありうべからざることだつた。急進的だと評判の財務省職員組合を、國木田は美点と力功を数へ上げておだてはじめるのだつた。預算局長へのこれ以上のいやがらせ、これ以上の明白な復讐はないわけである。局長連は面白がつて預算局長の苦い顔をそつと窺った。》

ここで場面は財務省三階の一室に切り替はる。 中庭の大臣の演説を窓から眺めてゐたタイピスト二人がこんな会話を交はしてゐる。
「あのうしろむいてゐる人だあれ?」
「いやな人。あれが大臣よ」
「ずいぶん肥つてるわね」
「きつと栄養がいいんでせう」

 ガリ版を書いてゐた老事務官も新大臣の名前さへ知らうとせず、口の中で数字をつぶやきながらガリ版書きの作業を続けてゐる。

「ガリガリガリ、○○一五三六なあり」――

 この終結部はすこぶる印象的で、役所の中で官僚たちの陰謀とは無縁のところに生きてゐる人々の存在そのものが、官僚風刺の役割を果たしてゐるのである。





●「三島由紀夫雑記」(5)
 

 ■ 「訃音」に描かれた官僚と俗物たちのカリカチュア


 三島由紀夫に「訃音」といふ短編がある。主人公は財務省金融局長である。森友学園問題で国税庁長官を辞任した佐川某は財務省理財局長だつた。内心の不安が焦点の定まらないどんぐり眼に集約されたやうな佐川某の辞任会見を思ひ起こしながら、「訃音」を繙読する。

 「訃音」が書かれたのは昭和二十四年七月で、前年九月に大蔵省を退職した三島由紀夫が役人時代の見聞をもとに書いた作品である。在籍した銀行局国民貯蓄課の銀行局長が一応のモデルだが、中身はすべて作者の創作といふ、「宴のあと」に類するモデル小説ともいへる。大蔵省とは書けないので、その役所は財務省とされた。

 ストリーは単純で、要領のよさで至つて出世の早かつた三十七歳の檜垣金融局長が、養父の出身地であるM市に事務官を伴つて出張する。そこは養父の影響力がまだ残る地で、将来政界入りの野心を有する檜垣にとつてこの出張はなかなか利用価値のあるものだつた。

出張旅行の最後に、病気療養してゐた檜垣の妻の訃音が届くが、周囲の人々は局長の表情にやや翳りがみられたのは奥さんの病気が原因だつたのか、そのやうな事情を押し隠してゐた局長は実に立派な方だと賞賛する。檜垣の精神に動揺をもたらしたのは、失くしたパイプのせゐだつたのに。妻の訃音は、戦争未亡人を囲つてゐた檜垣の待ち望んでゐた吉報だつたのに。

 いかにも三島由紀夫の短編らしいオチであるが、この作品の読みどころは、本省の局長を迎へる地方の小役人や有力者らの阿諛追従ぶりと、尊厳を失はぬ程度にかれらに適度に調子を合はせる主人公の心理がカリカチュアライズした筆致で描かれるところにある。

《退屈な宴会である。よくもかう朴念仁ばかり顔をそろへたものである。機智といふものがまるきりないので、やたら無性に莫迦笑ひをして気勢をあげてゐるのである。》

《「まあ、干したまへ」
 「これはこれは恐縮でございます」
。檜垣は複雑な憐憫を感じた。相手の卑屈さを見ることが、憐憫と残酷な満足との二重の意識で還つてくるのである。相手の卑屈さは檜垣のせいではなく、檜垣の占めてゐる椅子のせいにすぎない。俺の知つたことではないといふ無責任な感じが当然檜垣にもある。これに、一旦椅子を離れたら頭一つ下げてはくれまいと考へる役人固有の未来への不安が加はつて、あの二重の意識を形作るのであつた。》

 温泉旅館における酒宴の場面。

《夜になると例のごとく野暮つたい酒宴がひらかれる。猥褻な歌や踊りが披露される。これは永遠の繰り返しであるが、この社会では独創といふことは予算の濫用にまさる悪なのだから仕方がない。彼らは道徳を遵奉してゐるのだし、道徳は事実快楽より永持ちがする。はじめから退屈なので、倦きさせるといふことがないからである。》

 宴会を終えて宿の床につくと、檜垣は心の中でこんな風な独白をはじめる。 

《俺は財務省の金融局長である。俺の年でこれだけ世間態のよい肩書はちよつと見つからない。俺は国会の政府委員である。大臣は俺がゐなくては答弁一つできない始末だ。
 俺は融資規制諮問委員会を掌中に収めてゐるし、経済再建会議を牛耳ってゐるし、俺自から金融制度改革委員会の委員長である。俺は旧套墨守と革新を両手でやつてのけられるのだ。》

 省内工作にぬかりのない檜垣には大臣など眼中にない。

《今の大臣はもう老人だし将来性はあるまい。尤も俺も大臣官邸附の属官をみんな手なずけけてあるし、その中の一人は内密で生活を扶けてやつてゐる。おかげで官邸からの情報は局長の中で俺が一人占めにしてゐる観がある。省内の工作ではこの間の人事異動で、渉外課長を秘書課長に推挙するのに成功した。あいつは俺には恩義があるので、俺の省内の地位はますます有利になる。俺自身にとつていつも重要なのは、閣議決定よりも、決定までの経過なのだ。》

 敗戦直後の、内務省が解体されたあとの大蔵省の権勢の強大ぶりを割り引いて考へても、今の財務省の局長の心理もこれとさほど遠いものではあるまい。ただ、今の財務省の局長と檜垣が様相を異にするのは、旅行の途次、彼が旅行鞄から取り出す書物は、茂吉の歌集であり、袖珍本の謡曲全集であることだ。毎朝六時半に目をさますと、十五分ほど謡を唸るのが彼の日課だつた。この作品で、作者は檜垣を一個の俗物として描いてゐるけれど、当時の高級官僚が身につけてゐた教養人としての一面も垣間見させてくれるのである。

 森友事件を念頭にこの短編を読むと、さしづめ前財務省理財局長の佐川某などは、金融局長檜垣よりは、彼を出迎へた地方の小役人の方によほど似てゐる。上の者への諂ひ、その怯懦、その自己保身――。




プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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