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Category : 「没」書評
■ 「没」書評




    「没」書評とは、羊頭狗肉的悪書などを俎上に載せ、
    「読んではいけない」理由を解説する目的で書かれたものである。


          **************



   ▼スターリンの満洲侵略を正当化する意図で書かれた『ソ連が満洲に侵攻した夏』




 半藤一利著『ソ連が満洲に侵攻した夏』(文春文庫)は、日本敗戦時の満洲について書かれた著作の中で,、今もつとも読まれてゐる一冊と思はれる。

 読者は、著者の名前に昭和史専門家のイメージをみると同時に、書名に惹かれてしまふのかもしれない。なにしろ署名には、「ソ連」「満洲」「侵攻」といふ「三点セット」がきちんと入つてゐるのだから。

 だが、日本の戦争についてあまりよく知らない人が、敗戦時の満洲で何が起きたかを知るためにこの本を買つたとすれば、大きな間違ひを犯したことになるだらう。

 ソ連軍は日本の敗戦間際に満洲になだれ込んだ。その後、満洲で起きたことについては、小さな図書館がひとつできるほどの著作・証言・記録となつて残れされてゐる。ソ連軍兵士による虐殺、掠奪、婦女暴行、そしてそれに続く日本人57万人のシベリア抑留である。

 ところが、『ソ連が満洲に侵攻した夏』には、ソ連軍兵士が満洲全土で繰り広げた蛮行・暴虐の詳細に関して、まともな記述はほとんど見られない。既刊の文献から僅かばかりの引用をしてお茶を濁してゐる。それらに関する記述は、全体の10分の1にも満たないだらう。

 ソ連は満洲各地から、ダムの発電設備から工場の機械設備など、おびただしい工業設備を掠奪し、3千輌の貨車に乗せて自国に持ち去つた。
 
 これについての著者の説明。

《 八月下旬、ソ連は満洲各地の工場などから機械そのほかを押収して、シベリアへ運びはじめる。》

 なんと、「押収」!なのである。

 「押収」とは、裁判所や捜査機関が証拠物などを確保する法的処分をいふ。犯人が強奪した行為を「押収」と表現する馬鹿がゐるか。

 ソ連軍は、巨大なダム発電機の基底部分をダイナマイトで爆破した上、それを日本人を使役してトラックに積み込ませ、さらにトラックから降ろして貨車に積み込ませた。このやうなことがことが行はれたのは一カ所や二カ所ではない、満洲のいたるところ数百カ所で行はれたのである。のみならず、掠奪した設備をあとで組み立てるために、各所の設備管理者やエンジニアたちをすべてシベリアに連行してしまつたのである。 

 ソ連軍兵士はこの年五月、ドイツに侵攻した時、あらん限りの婦女暴行、虐殺、掠奪に及んだが、さすがにダム設備の掠奪までは行はなかつた。ベルリンは都会だからダムがなかつただけの話である。

 ダム設備などを爆破して持ち去るといふ史上例をみない掠奪行為を、「押収」と言ひ換へた物書きは、私の知る限り、半藤一利以外にはゐない。

 この本では、ソ連軍の千島列島への侵攻についても、次のやうに説明される。

《 千島への米軍の進駐を、スターリンは本気で恐れていたのである。》

 スターリンは、アメリカに奪はれるのを避けるために千島列島に侵攻したといふのである。このやうにして千島侵略も正当化されるのだ。プーチンもさぞ喜ぶことであらう。

 本書の大半は、スターリンが満洲侵攻をいかに決意するに至つたかといふ説明(スターリンが満洲侵攻を意図したのはもつともである)と、無能な日本陸軍と関東軍がスターリンの意図を見抜けず、満洲の日本人をどれほど無慈悲に見捨てたかといふ説明に費やされる。

 シベリア抑留について著者は、「日本軍人をソ連で使役してもらひたいと申し出たのは日本側である」といふ事実を立証しようと試みる。しかし気の毒なことに、その証拠はついて出て来ないのだ。ソ連との降伏交渉に臨んだ売国参謀瀬島瀧三(抑留から帰還後、ソ連のスパイになつた)でさへ、さすがにそこまでは言はなかつたのである。

 左翼勢力の間では、終戦直後から、ソ連によるシベリア抑留を擁護する声がたへなかつた。

 「平和条約締結の前には捕虜を送還する義務はない」

 「ソ連には何らの不法も過失もない」

 ついには、「ソ連は、日本軍人が復員しても満足な食糧もないと考へて、莫大な費用をかけて日本人捕虜を養つてくれてゐるのだ」と、ソ連感謝論を発表する輩まで現れた。

 『ソ連が満洲に侵攻した夏』の基本姿勢は、これら左翼のシベリア抑留擁護論となんら変はるところはない。ただ巧妙に隠された意図に読者が気がつかないだけだ。

 満洲におけるソ連の暴虐を非難する論者のなかに、『ソ連が満洲に侵攻した夏』を推奨図書にあげてゐる人たちがゐる。唖然とする。

 この人たちは、この本の中身をロクに読んでゐないか、読んでも理解する頭がないかのどちらかとしか思へない。

 頭のよくない人々を騙すのはそんなに難しいことではない。

 




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tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト・評論家。皇室問題やフェミニズム問題に取り組む。三島由紀夫研究家。國語問題研究家。


フェミニズム論の著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

皇室関連の著作としては『天皇を喰ひ物にした侍従長』『天皇と宮内庁の「背信」』など。

執筆には正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を使用、当ブログも正仮名遣ひを用ゐる。

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