Category : 「称号保有」といふワナ
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■女性皇族の「称号保有」といふワナ ⑥

 ▼枢密院で議論が二分された称号保有問題


 枢密院会議審議録の第四十六條の審議を引き続きみてゆくことにしよう。

*****************

○二十八番(大木)臣籍丈ヲ削除シタシ併し別ニ深キ意アルニアラス又但書ヲ削除セントノ説アレトモ本官ノ考ニテハ矢張リ法律上此ノ如ク明掲セサルヲ可トス別ニ高案アラハ之ヲ賛成スヘシ

○十一番(山田)本官ハ二十九番ト一番ノ修正説ヲ一致セラレンコトヲ望ミタリ其趣意ノ分明ナラン為メ再ヒ此ニ陳述スヘシ先刻番外ニ向テ二條ノ問ヲ発シテ之ヲ質疑シタリ而シテ本官ハ其答弁ヲ得タル後二十九番一番ニ賛成ヲ表スルノ心得ナリシカ其第一問ハ議長ノ制止スル所トナリタルヲ以テ再ヒ之ヲ提出セス然ル上ハ第二問即チ臣籍皇族ノ字ニ相当ノ制限アラハ一番ノ修正ニ異存ナシ尚之ヲ委員ニ附して調査セシメラレタシ

 顧問官大木喬任と司法大臣山田顕義の二人が再び「臣籍」に言及したところで、議長の伊藤博文が発言する。

○議長 修正説区区ニシテ成立セス或ハ成立セントシテ委員説に変シタリ依テ一ト通リ原案ノ精神ヲ弁明セシメタリ
十一番ノ説ニ君主ノ他君ナシト云フヲ以テ臣籍ノ字ヲ難シタリト雖モ十一番ハ其原則ノ適用ヲ誤レリ抑モ君主ノ統帥権上ヨリ云ヘハ普天ノ下、王土ニアラサルハナク率土ノ濱、王臣ニアラサルハナシ故ニ上、皇太子ヨリ下、庶民ニ至ルマテ皆臣民タリ然レトモ是固ヨリ統帥権ノ原則ヨリ推理セル法理論ニシテ実際何レノ国ニ在テモ皇族ヲ以テ一般人民ト同一視スルモノアルコトナシ抑モ皇位継承ノ権アル者之ヲ皇族ト云フ固ヨリ一般ノ臣民ト異ナリテ実に君主ノ御家族タリ其権義上特ニ典範ヲ設ケテ之ヲ定メ而シテ往々普通民法ニ依ラサルモ亦之ニ基ク今一天萬乗ノ天子カ国家ノ元首トシテ萬民ノ上ニ君臨遊ハス時ノ元則ヲ以テ之ヲ其家族ノ関係ヲ定メサセラルル典範ニ適用スルハ其穏当ヲ得タルモノト云フヲ得ス

 伊藤博文は臣籍といふ言葉について持論を展開する。
①君主の統帥権上から言へば、皇太子から庶民に至るまで皆臣民である。
②しかしこれは統帥権の原則から推理した法理論であつて、実際はどの国でも皇族を一般人民と同一視してはゐない。
③そもそも皇位継承権のある者を皇族といふ。
④君主の御家族のことは典範で定め民法に依らない。
⑤天子が国家の元首として萬民の上に君臨するときの元則をもつて、皇族の家族関係を定める典範に適用するのは穏当ではない。

 ここで伊藤は、天皇以外はみな臣民であるといふ理論と、皇族と一般人は異なるといふ理論との混同を強く戒め、皇室典範は皇族と一般人は異なるといふ理論に基礎を置かなければならないと宣言してゐる。

 このあとも、大木喬任と山田顕義が臣籍といふ言葉の使用を難じる発言を繰り返すと、伊藤議長はこの問題で調査委員を設けるかどうかについて採決をとり、起立少数で調査委員の設置を否決、臣籍問題に決着をつけた。

 この後、顧問官河野敏鎌が、次のやうな熾仁親王への賛成意見を展開する。

○十八番(河野)一番ヲ賛成スルニ付其理由ヲ述ン抑々一番ノ説ハ番外弁明ノ為ニ障害セラルルコトナシ皇族女子ハ第四十六條ニ依リテ臣籍ニ降嫁スルヲ得ラルルコトハ明瞭ナリ然ルニ今之ニ原案ノ如キ但シ書ヲ加フルコトキハ内親王親王ト称スルヲ得サル臣下カ之ヲ称スルヤノ嫌アリ且皇族ノ字ノ解義ハ前第三十二條ニ於テ定リ其称号ハ生来特有ノモノナルニ婚嫁ノ後ハ特旨ニ依ラスシテ其称号ヲ有スヘカラサルトスルトキハ全ク婚嫁ノ為メニ称号剥奪ノ姿トナラン婚嫁ハ人ノ大倫ニシテ最モ慶スヘキコトナリ而シテ称号褫奪(チダツ)ハ最モ弔スヘシ即チ今後最モ慶賀スヘキ佳辰ニ際シテ悲痛ノ弔詞ヲ同時ニ上ツラサルヘカラス如キ矛盾ヲ生スヘシ其配偶者ハ公候ノ家ニ限ラレタレハ固ヨリ立派ナル御方ナルヘシ藤原氏ノ皇族ヲ娶リタルハ或ハ専横ニ出タルニセヨ既ニ一番モ述ヘタル如ク今後皇族ノ間ニ互ヒニ阻格ヲ生スルノ患ナキヲ保セス仮令ヘハ茲ニ姉妹ノ皇女アリ一人ハ公爵ノ家ニ嫁セラレ一人ハ侯爵ノ家ニ嫁セラレ而シテ其公爵ノ家ニ嫁セラレタル方ハ内親王ト称シ侯爵ニ嫁セラレタル方ハ之ヲ称スルヲ得ス配偶者ノ爵ノ異ナルニ拠リテ同シ御姉妹ニアリナカラ此厚薄ヤ特旨ニ依ルトスルコトキハ往々忍ヒサルノ物議ヲ起スナラン畢竟臣籍ニ嫁セラレタル皇族女子ヲ皇族トシテトシテ取扱ハサル理由ハ御賄ノ一條ノ懸念ニ出ツルモノナルカ如シ然シナカラ此一條ハ此ヲ御内規ニ定メラレ御婚嫁先キ御困難ニシテ皇族ノ体面ヲ維持シ難キ時ニ限リ宮内省ヨリ御補助ヲ給スルトセラルルモ差支ナカルヘシ又婚嫁ハ勅許ニ由ルモノナルカ故ニ此ノ如キ御婚嫁ハ勅許ナキモ可ナリ生来ノ称号ヲ褫奪(チダツ)スルハ未タ其可ヲ見ス

 議事録に時々出てくる褫奪(チダツ)の褫は、「うばふ」「官職を取り上げる」の意味だから、褫奪は剥奪とほぼ同義語だ。

 河野敏鎌の意見をまとめると次のやうになる。

①内親王女王の称号は生来特有のものである
②特旨に依らなくては称号を有すことができないとなれば、婚嫁のために称号を剥奪されるということになる
③結婚は人生において最もめでたい事なのに、称号が奪はれるてしまふのは最も弔すべき事である。
④姉妹の皇女があつて、一人は公爵の家に嫁ぎ、一人は侯爵に家に嫁ぎ、公爵の家に嫁せられた方は内親王と称し侯爵に嫁せられた方は内親王と称することができないとすれば、物議を起すことにもなりかねない。
⑤結婚した女性皇族を皇族として取り扱はない理由が、財政上の懸念にあるなら、婚嫁先が経済上困難で皇族としての体面を維持しがたい時に限り宮内省から補助を給附するということでもよい。

 内親王女王の称号は生来特有のもの、皇女姉妹の待遇に差ができてしまふなど、熾仁親王の称号保有論と基本的に大きな差異はない。

 この河野敏鎌に異議を唱えたのが顧問官佐野常民だ。佐野は日本赤十字社の創設者、いはゆる「佐賀の七賢人」の一人として知られる。

 佐野は次のやうに主張する。

○二十三番(佐野)種々ノ説アリ十八番ハ降嫁ノ上ノ礼遇如何ニ付権利ヲ褫奪(チダツ)ト云ヘリ此ノ如クニ論スルコトキハ事頗ル重大ナルカ如シト雖モ試ニ退テ静思スルニ東洋ニ於テハ一タヒ婚嫁スル時ハ其夫ノ分限ニ従フコト古来天下ノ大法ナリ臣籍ヨリ皇后ニ上レハ皇后ノ礼遇アリ親王妃モ亦然リトス今皇族女子ニ限リ夫ハ臣下ノ待遇妻ハ皇族ノ待遇ヲ受クルトセハ夫婦ノ大理ヲ毀傷スルノ虞ナキカ十一番ヨリ臣籍ノコトニ付発議アリタレトモ此皇家継承ノ権ヲ有スル皇親ヲ皇族ト云ヒ其他ノ者ハ公ノ家ニアレ候ノ家ニアレ皆臣籍ニ列シ君臣ノ分定マルハ古来渝ルコトナシ本條臣籍ノ文字アリテ差支ナカルヘキカ尚聊文字ノ修正ヲ要スヘキモ夫ノ分限ニ従フハ当然ナリトス

 佐野の言うところを整理すると次のやうになる。

①内親王女王の権利を褫奪するというと頗る重大なことのやうに聞こえるが、一歩退いてよく考えてみると、東洋においては婚嫁すれば夫の分限に従うのは古来天下の大法である。
②臣籍から皇后に上れば皇后として遇される。親王妃もまたしかり。
③今皇族女子に限り、夫は臣下の待遇、妻は皇族の待遇を受けるとしたら、夫婦の大理を毀傷するおそれはないだらうか。
④皇家継承権を有する皇親を皇族といひ、その他の者は公爵の家であれ侯爵の家であれ臣籍に列し君臣の分定まるというのは古来変はることがない。したがつて臣籍の文字があつても差支へない。

 称号保有となれば、妻は皇族ノ待遇、夫は臣下の待遇といふ妙なことになつてしまふではないか、といふごく自然の疑問を佐野常民はここで口にしてゐる。

 これに対して、河野敏鎌が再反論を試みる。

○十八番(河野)二十三番ノ弁明中最各位ノ感ヲ喚ヒタリト信スルハ夫婦其待遇ヲ異ニスル一事ナリ然レトモ是レ瑣々タルコトニシテ一旦定マリタル上ハ別ニ不都合ヲ見ス但書ヲ削除スルニアラサレハ却ツテ大ナル不都合ヲ胎スヘシ

 夫婦の待遇が異にしてしまふではないかといふ佐野の弁論はどうやら列席者に深い感銘を与へたらしい。河野はしかし、夫婦の待遇が異にするのは「瑣々たること」にすぎないと切つて捨て、一旦そのやうに定まつたら別に不都合はない、と執拗に食ひ下がる。

 しかし、ここで議長伊藤博文が採決にはいり、称号保有問題の幕引きを図る。

○議長
 一番ノ修正説ニ同意者ハ起立アレ

 「一番ノ修正説」とは熾仁親王の「皇族女子ハ其ノ臣籍ニ嫁シタル者ト雖仍内親王女王ノ称ヲ有セシム」といふ修正意見である。これに起立したのが六人。

○議長 少数ニ付乃廃滅ス

○議長 原案ニ同意者ハ起立アレ

 起立したのが十三人。

○議長 原案ニ付乃原案可決ス
 
 かうして、第四十六條の原案は枢密院において可決された。

《第四十六條 皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス但シ特旨ニ依リ仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ》

 枢密院審議において他の条項が削除されたりしたので、この原案第四十六條は最終的に皇室典範第四十四條の条文として成立する。

 称号保有をめぐるこの枢密院審議録が我々に教へてくれるのは、皇族女子の称号保有をめぐつて意見が完全に二分したといふこと、強固な称号保有論者が存在したといふ事実だらう。議論は白熱し、双方の主張は最後まで交はることなく終はつた。
 
 熾仁親王をはじめとする称号保有論の人々は枢密院審議において別に自分の思ひつきを述べたわけではない。皇族女子の称号保有に対する、ある強固な信念が既に形成されてゐて、枢密院審議においてその信念を披瀝したにすぎない。その信念の背後にあるものを見極めるには、この原案第四十六條が成立した事情をさらに探つてみる必要がある。

(この項続く)





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■女性皇族の「称号保有」といふワナ ⑤

 ▼女性皇族の称号保有に反対だつた井上毅


称号保有をめぐる明治二十一年六月八日の枢密院会議審議録を引き続き掲載する。第四十六條の審議の後半部分である。

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○二十八番(大木)臣籍丈ヲ削除シタシ併し別ニ深キ意アルニアラス又但書ヲ削除セントノ説アレトモ本官ノ考ニテハ矢張リ法律上此ノ如ク明掲セサルヲ可トス別ニ高案アラハ之ヲ賛成スヘシ

○十一番(山田)本官ハ二十九番ト一番ノ修正説ヲ一致セラレンコトヲ望ミタリ其趣意ノ分明ナラン為メ再ヒ此ニ陳述スヘシ先刻番外ニ向テ二條ノ問ヲ発シテ之ヲ質疑シタリ而シテ本官ハ其答弁ヲ得タル後二十九番一番ニ賛成ヲ表スルノ心得ナリシカ其第一問ハ議長ノ制止スル所トナリタルヲ以テ再ヒ之ヲ提出セス然ル上ハ第二問即チ臣籍皇族ノ字ニ相当ノ制限アラハ一番ノ修正ニ異存ナシ尚之ヲ委員ニ附して調査セシメラレタシ

○議長 修正説区区ニシテ成立セス或ハ成立セントシテ委員説に変シタリ依テ一ト通リ原案ノ精神ヲ弁明セシメタリ
十一番ノ説ニ君主ノ他君ナシト云フヲ以テ臣籍ノ字ヲ難シタリト雖モ十一番ハ其原則ノ適用ヲ誤レリ抑モ君主ノ統帥権上ヨリ云ヘハ普天ノ下、王土ニアラサルハナク率土ノ濱、王臣ニアラサルハナシ故ニ上、皇太子ヨリ下、庶民ニ至ルマテ皆臣民タリ然レトモ是固ヨリ統帥権ノ原則ヨリ推理セル法理論ニシテ実際何レノ国ニ在テモ皇族ヲ以テ一般人民ト同一視スルモノアルコトナシ抑モ皇位継承ノ権アル者之ヲ皇族ト云フ固ヨリ一般ノ臣民ト異ナリテ実に君主ノ御家族タリ其権義上特ニ典範ヲ設ケテ之ヲ定メ而シテ往々普通民法ニ依ラサルモ亦之ニ基ク今一天萬乗ノ天子カ国家ノ元首トシテ萬民ノ上ニ君臨遊ハス時ノ元則ヲ以テ之ヲ其家族ノ関係ノ関係ヲ定メサセラルル典範ニ適用スルハ其穏当ヲ得タルモノト云フヲ得ス

○二十八番(大木)其説尤ナリ是レ固ヨリ法理論ニ属ス然シナカラ之ヲ論スルコトキハ終ニ十一番ノ説ノ如ク天子ノ外君主ナシト云フニ帰着セサルヲ得ス故ニ臣籍ノ字ヲ避クルヲ可トス然ラサレハ差支ナキニシモアラスト思惟スルナリ何トカ別ニ書法ナキ乎

○十一番(山田)唯議長ノ弁明ヲ得タリ国ノ統治権ノ上ヨリ云ヘハ云々ト云フノ説ヲ以テ本官ノ説ヲ論弁セラレタリト雖典範ト他ノ法律ト両徒ナルヲ得ス典範ニハ此意味ヲ以テ臣籍ノ字ヲ用ヒ他ノ法律ニハ彼ノ意味ヲ以テ此字ヲ用フルカ如キコトアルヘカラス且ツ必スシモ臣籍ノ字ヲ用ヒサルモ他ニ書法ナシトセス統治上ト家制上ノ差別トヲ論拠トシテ臣字ノ用法ヲ区々タラシムハ本官ノ取ラサル所ナリ

○議長 調査委員ヲ設クルヲ問題トスルニ同意者ハ起立アレ

(起立十人)

○議長 少数二付消滅ニ属ス

○十八番(河野)一番賛成スルニ付其理由ヲ述ン抑々一番ノ説ハ番外弁明ノ為ニ障害セラルルコトナシ皇族女子ハ第四十六條ニ依リテ臣籍ニ降嫁スルヲ得ラルルコトハ明瞭ナリ然ルニ今之ニ原案ノ如キ但シ書ヲ加フルコトキハ内親王親王ト称スルヲ得サル臣下カ之ヲ称スルヤノけ嫌アリ且皇族ノ字ノ解義ハ前第三十二條ニ於テ定リ其称号ハ生来特有ノモノナルニ婚嫁ノ後ハ特旨ニ依ラスシテ其称号ヲ有スヘカラサルトスルトキハ全ク婚嫁ノ為メニ称号剥奪ノ姿トナラン婚嫁ハ人ノ大倫ニシテ最モ慶スヘキコトナリ而シテ称号褫奪(チダツ)剥奪ハ最モ弔スヘシ即チ今後最モ慶賀スヘキ佳辰ニ際シテ悲痛ノ弔詞ヲ同時ニ上ツラサルヘカラス如キ矛盾ヲ生スヘシ其配偶者ハ公気候ノ家ニ限ラレタレハ固ヨリ立派ナル御方ナルヘシ藤原氏ノ皇族ヲ娶リタルハ或ハ専横ニ出タルニセヨ既ニ一番モ述ヘタル如ク今後皇族ノ間ニ互ヒニ阻格ヲ生スルノ患ナキヲ保セス仮令ヘハ茲ニ姉妹ノ皇女アリ一人ハ公爵ノ家ニ嫁セラレ一人ハ侯爵ノ家ニ嫁セラレ而シテ其公爵ノ家ニ嫁セラレタル方ハ内親王ト称シ侯爵ニ嫁セラレタル方ハ之ヲ称スルヲ得ス配偶者ノ爵ノ異ナルニ拠リテ同シ御姉妹ニアリナカラ此厚薄ヤ特旨ニ依ルトスルコトキハ往々忍ヒサルノ物議ヲ起スナラン畢竟臣籍ニ嫁セラレタル皇族女子ヲ皇族トシテトシテ取扱ハサル理由ハ御賄ノ一條ノ懸念ニ出ツルモノナルカ如シ然シナカラ此一條ハ此ヲ御内規ニ定メラレ御婚嫁先キ御困難ニシテ皇族ノ体面ヲ維持シ難キ時ニ限リ宮内省ヨリ御補助ヲ給スルトセラルルモ差支ナカルヘシ又婚嫁ハ勅許ニ由ルモノナルカ故ニ此ノ如キ御婚嫁ハ勅許ナキモ可ナリ生来ノ称号ヲ褫奪(チダツ)スルハ未タ其可ヲ見ス

○二十三番(佐野)種々ノ説アリ十八番ハ降嫁ノ上ノ礼遇如何ニ付権利ヲ褫奪(チダツ)ト云ヘリ此ノ如クニ論スルコトキハ事頗ル重大ナルカ如シト雖モ試ニ
退テ静思スルニ東洋ニ於テハ一タヒ婚嫁スル時ハ其夫ノ分限ニ従フコト古来天下ノ大法ナリ臣籍ヨリ皇后ニ上レハ皇后ノ礼遇アリ親王妃モ亦然リトス今皇族女子ニ限リ夫ハ臣下ノ待遇妻ハ皇族ノ待遇ヲ受クルトセハ夫婦ノ大理ヲ毀傷スルノ虞ナキカ十一番ヨリ臣籍ノコトニ付発議アリタレトモ此皇家継承ノ権ヲ有スル皇親ヲ皇族ト云ヒ其他ノ者ハ公ノ家ニアレ候ノ家ニアレ皆臣籍ニ列シ君臣ノ分定マルハ古来渝ルコトナシ本條臣籍ノ文字アリテ差支ナカルヘキカ尚聊文字ノ修正ヲ要スヘキモ夫ノ分限ニ従フハ当然ナリトス

○十八番(河野)二十三番ノ弁明中最各位ノ感ヲ喚ヒタリト信スルハ夫婦其待遇ヲ異ニスル一事ナリ然レトモ是レ瑣々タルコトニシテ一旦定マリタル上ハ別ニ不都合ヲ見ス但書ヲ削除スルニアラサレハ却ツテ大ナル不都合ヲ胎スヘシ

○議長 一番ノ修正説ニ同意者ハ起立アレ

(起立六人)

○議長 少数ニ付乃廃滅ス

○議長 原案ニ同意者ハ起立アレ
よい
(起立十三人)

○議長 原案ニ付乃原案可決ス

御饌ノ時刻ニ付一旦閉会シ午後再ヒ開会スヘシ
(午後十二時十五分)

議長 伊藤博文
 書記官長 井上 毅
 書記官 伊東巳代治
 書記官 花房直三郎

****************

 以上、皇室典範御諮詢案にある第四十六條の審議を掲載した。冒頭に第四十六條の審議録をながながと掲載したのは、女性皇族称号保有をめぐつてどれほどの意見が戦はされたのかを知つてもらいたかったからである。この枢密院審議録が我々に教へてくれるのは、称号保有に関して出席者の間で意見の対立が厳然と存在したといふことである。天皇臨御の席で、まさに皇族の本質論そのものをめぐる激しい議論が展開されたのだつた。

 それでは、これから第四十六條に関する議事録をもう一度はじめから読み直してみよう。
 
○書記官長
  第四十六條 皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス但シ特旨ニ依リ仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ
  
  まづ、書記官長井上毅が草案の條文を読み上げる。

  ついで顧問官土方久元が次のやうに発言する。

○二十九番(土方)本条ハ皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ各其夫ノ分限ニ従フト雖モ仍内親王女王ト称スルコトヲ得ト削正ス而シテ内親王女王ハ皇族女子生来ノ称号ナルニ依リ但シ特旨ニ依リ以下ヲ削リ仮令ヒ降下スルモ皇族女子ハ徹頭徹尾内親王親王ノ称ヲ有スルモノトスヘシ即チ君臣ノ名分ニ於テモ之ヲ以テ宜ヲ得タルモノトス

 土方久元は旧土佐藩士。宮内少輔、内務大輔、太政官内閣書記官長、侍補、宮中顧問官、元老院議官、農商務大臣等を歴任。天皇親政を唱へた宮中保守派で、後に宮内大臣も務める。ここで土方は、《皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ各其夫ノ分限ニ従フト雖モ仍内親王女王ト称スルコトヲ得》といふ修正案を提案する。原案にある《特旨ニ依リ》などの条件を外し、《徹頭徹尾内親王親王ノ称ヲ有スル》ものとすべしという意見だ。《君臣ノ名分》の立場、すなわち内親王女王は臣籍にある者と結婚しても、終生《君》の側にあるといふ認識に立つた発言である。
 
 この土方久元の修正案に対して、

○一番(熾仁親王)二十九番ヲ賛成ス

○二番(彰仁親王)二十九番ヲ賛成ス  

○三番(貞愛親王)二十九番ヲ賛成ス 

 と、熾仁親王、彰仁親王、貞愛親王の三親王が相次いで賛意を表明する。

 ここで顧問官東久世通禧が発言し、異論を唱へる。

○二十二番(東久世)二十九番ノ説ニ三人ノ賛成者アリ然レトモ其夫ノ分限ニ従フト云ヘハ皇族ノ列ニアラスト云フニ同シ故ニ此文字ハ別ニ原案ヲ修正スルノ要ナシ本官ハ但シ書丈ケヲ削除シテ本文ヲ存スルヲ穏当ナリトス親王妃云々ノ前條ヲ削リタルト同一ノ理由ニ拠リ本官ハ皇族ノ臣下ニ嫁シタル者ニ仍内親王ノ称ヲ有セシムルハ名実相叶ハサルモノナリト信スルナリ内親王ノ称ヲ有セシメントナラハ特ニ之ヲ明文ニ掲クルヲ要セス平常ノ称呼ニ於テ始終「プリンセス」ト称ヘテ可ナラン。

 東久世通禧は、後半の但書きのみを削除し、《皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス》のみで可と主張する。東久世は、臣下に嫁した者に内親王の称を有せしむるは《名実相叶ハサルモノ》と、土方の主張した《君臣ノ名分》の立場からする称号保有論に真つ向から異議を唱へた。

 これに対して、熾仁親王が反論の意見を述べる。

○一番(熾仁親王)第四十六條皇族ノ列ニ非スト定ムル以上ハ仮令ヒ特旨ト雖モ王号ヲ有セシムルハ前後矛盾スト云フヘシ我王家ニ姓ナキハ既ニ前回議事ノ際ニ述タルカ如シ第三十三條ニ生レナカラ内親王ト称ストアレハ是レ固有ヲ示スナリ現今御叔母御姉妹モナケレハ特旨ニ拠リトスルモ別ニ差支ナキカ如シト雖モ若シ此ノ如キ御方現在ニマシマストセハ忽差支へヲ感セン試ニ姉妹アリテ一人ハ特旨ニ依テ尊称ヲ得他ノ一人ハ特旨ナシトセハ双方ノ間ニ愛憎偏頗ヲ免レサラン且内親王女王ノ称号ハ即チ姓ニシテ固有ノ姓ヲ剥奪スルハ忍ヒサル所ナリ第三十四條ノ議事ニ方リテ陳述シタル君臣ニ大義祖宗歴代ノ制ハ破ルヘカラス故ニ二十九番ノ修正モ可ナリト雖モ本官ハ更ニ「皇族女子ハ其ノ臣籍ニ嫁シタル者ト雖仍内親王女王ノ称ヲ有セシム」ト修正セン而シテ夫ノ分限ト云フノ要ナシ若シ其ノ夫ノ分限ニ従フト云ヘハ皇族ニ嫁シタル者ハ皇族ノ禮遇ヲ享クルモ臣籍ニ嫁シタル者ハ其禮遇ヲ失フヘシ其ノ本人ノ不満足知ルヘキナリ本官ノ主意ハ内親王女王ノ称ハ皇族ノ固有ナリ皇族ノ姓ナリ其ノ臣籍ニ嫁スルノ故ヲ以テ其ノ固有ノ姓ヲ剥奪スルハ人情ニ忍ヒサル所トス故ニ先ツ本條ノ但シ書ヲ削ルヘシ而シテ既ニ内親王女王ノ称ヲ有シ皇族ノ姓ヲ冒ス以上ハ皇族相当ノ栄遇ヲ享ケテ可ナリ是レ却テ君臣ノ大義ニ適ヘリ依テ別段ノ修正ヲ提出スト云フニアリ

 熾仁親王の意見の要点は、
①内親王女王といふ称号は皇族固有の姓である。
②臣籍に嫁したからといつて、その固有の姓を剥奪するのは人情に忍びない。
③《特旨》により称号保有の可否が決められるなら、皇族姉妹のうち一方は称号を保有し他方は称号を有さないといふことにもなり、双方の間に《愛憎偏頗》を免れがたい。
 といふことになる。

 その上で熾仁親王は、土方顧問官の修正案でもよろしいが、自分はさらに、「皇族女子ハ其ノ臣籍ニ嫁シタル者ト雖仍内親王女王ノ称ヲ有セシム」と修正したいと述べる。内親王女王が結婚後も《皇族相当ノ栄遇》を享けることが《君臣ノ大義》に適ふといふ主張は、土方久元の《君臣ノ名分》論とほぼ共通する。

 この発言の中で、熾仁親王が《内親王女王ノ称号ハ即チ姓ニシテ》《内親王女王ノ称ヲ有シ皇族ノ姓ヲ冒ス》と再三にわたつて《皇族の姓》といふ問題に言及してゐることを記憶にとどめてもらひたい。

 さて、会議はこの後、土方久元や熾仁親王の修正案に関する意見が相次いだため、議長の伊藤博文がこれを整理した上で、原案主旨を報告員に弁明させると述べ、井上毅が原案主旨の説明に立つ。

○番外(井上)議長ノ許可ヲ得テ一応原案ヲ陳述スヘシ二十八番発議ノ精神ハ原案ト同義ナリト思ハルルヲ以テ二十九番ノ修正意見ニ付弁論スヘシ内親王降嫁ノ御旧例ヲ取調ヘルニハ頗ル困難セリ元来大宝令

 二世王親王ヲ娶王女王ヲ娶ル者ハ聴ス但シ五世王ハ親王ヲ娶ルコトヲ得ス

之ニ拠レハ人臣タル家ニ於テハ皇族ヲ娶ルコトヲ得サルナリ其後延暦十二年ニ至リ藤原氏ノミハ二世以下ノ女王ヲ娶ルコトヲ得ノ特許アリ抑モ内親王ノ人臣ニ降嫁シタル実例ハ絶テ無クシテ僅ニ之レ有リ即チ藤原氏以来和宮アルノミ而シテ事特別ニ出ルヲ以テ典範ヲ調査スルニ当テ之ヲ一般ノ例規トシテ視コト能ハサルナリ民法上ヨリ云ヘハ其夫ノ分限ニ従フハ普通ノコトニシテシ支那ニ於テモ夫ノ爵ニ従フハ周以来ノ慣行ナリ徳川氏ノ時代ヲ引証シテ立論セラルル向キアリト雖モ当時ニ在テハ法律上ノ学未タ充分ニ開ケサリシヲ以テ法律上果シテ如何ナル取扱ヲナシタルカハ知ルヘカラサルヲ以テ例トスルニ足ラス依テ已ムヲ得ス之ヲ外国ノ例ニ照ラス独逸各国ニ於テハ女王ノ王族ニアラサルモノト結婚スルトキハ王族ヨリ除クト定ム即チ我典範ニ於テ皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラストスルモ甚タ不都合ナキカ如シ且ツ之ヲ皇族ノ列ニ在トスレハ実際頗ル困難ノ事情アルヘシ既ニ過日ノ議場ニ於テ皇子孫ノ過度ニ繁殖スルニ随ヒ其御賄ニ困難スヘシトノ説モアリタリ若シ降嫁セラルルモ仍皇族トシテ取扱フニ於テハ仮令遠孫ノ皇族ト雖其親疎ニ応シテ相当ノ手当ナカラサルヘカラス皇族ノ御人数将来大ヒニ増加シ而シテ其遠孫ニ至ル迄他ニ婚嫁セラルルコトキハ悉ク宮内省ニ於テ受持ツヘキモノトスルトキハ其困難最モ甚タシ又現今女王ノ嫁セラレタル人臣ノ家ハ徳川、有馬、井伊、新潟ノ井上、二條、一條、松平等数多アリ将来此等ノ御遠孫ニ至ルマテ悉ク宮内省ヨリ相当ノ御賄ヲ与ヘサルヘカラストスルゴトキハ皇族ノ増加スルニ従テ実際余程困難ノ点生シ来ラント思ハルルヲ以テ唯タ尊称ノミヲ有セラルルハ差支ナシト雖モ皇族トシテ何時迄モ待遇スルハ不都合ナリ或ハ降嫁ナリタル上ハ宮内省ノ方ハ手離レニシ其ノ御賄ハ夫ノ家ノ受持トシテ可ナリト云フ反対ノ意見モアルヘケレトモ皇族トシテ既ニ其御身分アル以上ハ御婚嫁先ノ御生計向立派ナレハ格別左モナケレハ必ス相当ノ御手当ヲ要ス是レ実際ノ困難ナリ原案ハ此辺ニ最モ意ヲ用ヒテ調査シタルナリ但書以下ト皇族ノ列ニアラストハ矛盾ナリトノ説ハ御尤モナレドモ大宝令ニ於テ皇族ハ人臣ニ嫁スルコトヲ許サスト雖モ藤原氏ニ限リ特旨ヲ以テ許可スト同シク特別ノ例ヲ設クルモノナリ御婚嫁先キニ依リ特別(例)ヲ以テ与フルモノニシテ十人ハ十人ナカラ皇族ニ列スルニアラス是特旨ノ必要ナル所以ナリ

 以上、井上毅が述べた説明のポイントは、次のやうになるだらう。

①内親王が人臣に降嫁した実例は和宮のみだが、これは特殊な例に属するので一般の例規とみることはできない。
②民法上から言へば《夫ノ分限》に従ふのは普通のことである。
③徳川時代を例に引く人もゐるが、当時どのような法律上の取扱ひを受けてゐたかはよく分からず、先例とすることはできない。
④外国でも独逸各国においては女王が非王族と結婚するときは王族より除くと定めてゐる。従つて我が皇室典範において、《皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス》としても不都合はない。
⑤もし内親王女王が降嫁した後も皇族として取扱ふなら、相当の手当を出さざるをえない。その人数が増加すれば、宮内省の経済負担は困難を極める。
⑥女王が嫁した人臣の家は徳川、有馬、井伊、新潟ノ井上、二條、一條、松平など数多くあるが、将来その御遠孫に至るまで宮内省が経済上の負担をするとなると《余程困難ノ点生シ来ラン》。
⑦ただ尊称のみを有せしむるは《差支ナシト雖モ》、皇族としていつまでも待遇するのは不都合である。
⑧《特旨ニ依リ》とは、大宝令において皇族は人臣に嫁すことを許さなかつたのを、藤原氏に限つて特旨で許可したのと同じく、特別の例を設けるものである。
⑨御婚嫁先によつて特例として認めるもので、結婚後も十人が十人皇族に列するといふ趣旨ではない。

 井上毅が内親王女王の称号保有に対してほとんど否定的な考へを抱いてゐたことは明らかである。のみならず彼はここで、将来にわたつて《特旨》が発動されて称号保有が認められる可能性はない、と言外に匂はせてさへゐるのだ。このことも覚へておいていただきたい。

(この項続く)



















■女性皇族の「称号保有」といふワナ ④

 ▼《女性皇族称号保有》に仕掛けられた秘密爆弾


 女性皇族称号保有の制度化で、園部をはじめとする反日グループは様々な奸計をめぐらせてゐる。

●女系天皇への道筋をつけること。 
●旧皇族男子の皇籍復帰の芽を完全につぶすこと。
●皇室典範を「改正」したといふ実績をつくること。

 現行皇室典範に「内親王女王は結婚後も称号を保有する」といふ一項を盛り込むことさへできれば、反日グループによる以上の野望は一挙に達成されるのだ。

 反日勢力にとつては、皇室典範「改正」だけでも巨大な成果といへる。皇室典範を「改正」したといふ実績さへつくつてしまへば、あとはこつちのもの。「皇室典範改正アレルギー」もなくなるだらうから、その後いくらでも「改正」して女系天皇の道筋をつけられる。かれらはさう考へてゐる。

 宮務法として制定された旧皇室典範と異なり、現行の皇室典範はマッカーサー憲法により、国会で制定される法律へとその性格を改変された。皇室典範は一片の法律にすぎないとうそぶくサヨク反日勢力にとつて、皇室典範を「改正」することは戦後の悲願だった。皇室典範は「改正」自体がかれらの目的と化していることを忘れてはならない。

「称号保有」程度の皇室典範改正ならかはまないと簡単に考へてゐる人々は、反日勢力が皇室典範「改正」自体にどれほど戦略的価値を置いてゐるかをまつたく理解してゐない。反日勢力が女性宮家をあきらめて、「内親王女王の称号保有」に一歩後退したと無邪気に信じ込んでゐる。
女性皇族「称号保有」で、反日勢力は実はかなり恐ろしいことを考へてゐるのだ。そのことに誰も気がついてゐない。 

 「女性皇族称号保有法制化」計画の中に仕掛けられた秘密爆弾とは何か?

 以下、それを説明してゆくことにしたい。かなり長い話になると思ふ。

 まづ、反日勢力が目をつけた明治皇室典範第四十四条の条文から読んでみよう。

◎皇室典範(明治22年2月11日)
第七章皇族
《第四十四条 皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス但シ特旨ニ依リ仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ》

 この皇族女子の婚姻条項は、現行皇室典範では次のやうに規定されてゐる。


◎皇室典範(昭和22年1月16日法律3号)
第二章 皇族
《第十二条 皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる。》

 これだけである。旧第四十四条の「但シ」以下の部分がきれいに消えてゐる。

 そもそも明治皇室典範第四十四條の但書きはどうして付けられたのか?

 現行皇室典範において、なぜ但書きの部分が消えたのか?

 現行皇室典範において消滅した但書きの部分を、なぜ反日グループは今になつて復活させようとしてゐるのか?

 それを知るためには、明治皇室典範第四十四条が成立した背景を振り返る必要がある。その背景をさぐつてみると、皇族女子称号保有条項に秘められた驚くべき真実が浮かび上がつてくるだらう。

 さて、明治皇室典範第四十四条といふのは、実に不可解な条文である。もう一度読んでみよう。

 《第四十四条 皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス但シ特旨ニ依リ仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ》
 
 皇族女子で臣籍に嫁した者は皇族から外れると主文では明確に宣言する。列とは位、位次の意味だ。ところが「但シ」以下において、「特旨ニ依リ」「仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ」とすこぶる歯切れの悪い表現で称号保有の例外を認めてしまふのだ。
 
 明治皇室典範についての政府公式解説書といふべき「皇室典範義解」ではこの条文を次のやうに解説してゐる。

《恭(つつしみ)て按ずるに、女子の嫁する者は各々其の夫の身分に従ふ。故に、皇族女子の臣籍に嫁したる者は皇族の列に在らず。此に臣籍と謂へるは専ら異姓の臣籍を謂へるなり。仍内親王又は女王の尊称を有せしむることあるは、近時の前例に依るなり。然るに亦必ず特旨あるを須(ま)つは、其の特に賜へるの尊称にして其の身分に依るに非ざればなり。》

 女子の嫁する者はその夫の身分に従ふから、臣籍に嫁した者は皇族の列にあらず。この場合、あくまで特別のおぼしめしによるもので、皇族といふ身分によるものではない。内親王女王の称を有したとしても、その人は皇族ではないと念を押してゐるのだ。

「皇室典範義解」の逐条説明文は、本条文と不可分の関係にあり、セットで読むべきものとされてゐる。さういふ前提で第四十四条と逐条説明文を通読すると、不思議なことに気がつく。本文において、皇族女子の臣籍に嫁した者は皇族の列にとどまらないと宣言。しかし但書で称号保有といふ例外を規定。その後の解説文で、但書の内容を再度ひつくり返すやうな構造になつてゐる。

 解説文で懸命に打ち消すぐらいなら、曖昧な但書きなどはじめから入れなければいいのにとさへ思ふ。

 しかし、条文と説明文とのこの不可解な関係にこそ実は《第四十四条問題》の本質がひそんでゐることをやがて我々は知るだらう。
 
 明治皇室典範第四十四条の成立過程をたどる手始めとして、皇室典範諮詢案を審議した枢密院の審議記録からひもといてみることにしたい。
 
 その前に枢密院について一言しておかう。枢密院は大日本国帝国憲法と皇室典範の草案を審議するために明治二十一年四月二十八日に設置された。大日本国帝国憲法に先立つて皇室典範がまづ審議に付された。皇室典範の会議は五月二十五日に始まり、六月十五日までの計八日にわたつて開催された。  

 最終的に皇室典範第四十四條となる皇族女子婚姻条項は、枢密院への御諮詢案では第四十六條に置かれてゐた。

 この第四十六條は、明治二十一年六月八日に開催された枢密院会議において審議される。審議は天皇臨御の下、草案を逐条審議する形で進行し、第四十五条の草案を起立多数で可決した後、第四十六條の審議に移つた。

 以下が第四十六條に関する枢密院会議の筆記記録である。


■明治二十一年六月八日午前十時五十分

◎聖上臨御

 出席員
  議長
    伊藤議長
  皇族
    熾仁親王 一番
    彰仁親王 二番
    貞愛親王 三番
    彰仁親王 四番
    威仁親王 五番
  大臣
    三條内大臣 六番
    黒田総理大臣 七番
    大隈外務大臣 九番
    山田司法大臣 十一番 
    松方大蔵大臣 十二番
    大山陸軍大臣 十三番
    森文部大臣 十四番
    榎本逓信・農商務大臣 十五番
  副議長
    寺島副議長 三十番

  顧問官
    土方顧問官 二十九番
    大木顧問官 二十八番
    川村顧問官 二十七番
    福岡顧問官 二十六番
    佐々木顧問官 二十五番
    副島顧問官 二十四番
    佐野顧問官 二十三番
    東久世顧問官 二十二番
    吉井顧問官 二十一番
    元田顧問官 十九番
    河野顧問官 十八番
 欠席員
(不在)山縣内務大臣 八番
    西郷海軍大臣 十番
    品川顧問官 二十番
    勝顧問官 二十番
    吉田顧問官 十六番
 報告員
    井上書記官長
 書記官
 主筆 伊東書記官

  *************


○書記官長
  第四十六條 皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス但シ特旨ニ依リ仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ

○二十九番(土方)本条ハ皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ各其夫ノ分限ニ従フト雖モ仍内親王女王ト称スルコトヲ得ト削正ス而シテ内親王女王ハ皇族女子生来ノ称号ナルニ依リ但シ特旨ニ依リ以下ヲ削リ仮令ヒ降下スルモ皇族女子ハ徹頭徹尾内親王親王ノ称ヲ有スルモノトスヘシ即チ君臣ノ名分ニ於テモ之ヲ以テ宜ヲ得タルモノトス
  
○一番(熾仁親王)二十九番ヲ賛成ス

○二番(彰仁親王)二十九番ヲ賛成ス  

○三番(貞愛親王)二十九番ヲ賛成ス 

○二十二番(東久世)二十九番ノ説ニ三人ノ賛成者アリ然レトモ其夫ノ分限ニ従フト云ヘハ皇族ノ列ニアラスト云フニ同シ故ニ此文字ハ別ニ原案ヲ修正スルノ要ナシ本官ハ但シ書丈ケヲ削除シテ本文ヲ存スルヲ穏当ナリトス親王妃云々ノ前條ヲ削リタルト同一ノ理由ニ拠リ本官ハ皇族ノ臣下ニ嫁シタル者ニ仍内親王ノ称ヲ有セシムルハ名実相叶ハサルモノナリト信スルナリ内親王ノ称ヲ有セシメントナラハ特ニ之ヲ明文ニ掲クルヲ要セス平常ノ称呼ニ於テ始終「プリンセス」ト称ヘテ可ナラン
 
○一番(熾仁親王)第四十六條皇族ノ列ニ非スト定ムル以上ハ仮令ヒ特旨ト雖モ王号ヲ有セシムルハ前後矛盾スト云フヘシ我王家ニ姓ナキハ既ニ前回議事ノ際ニ述タルカ如シ第三十三條ニ生レナカラ内親王ト称ストアレハ是レ固有ヲ示スナリ現今御叔母御姉妹モナケレハ特旨ニ拠リトスルモ別ニ差支ナキカ如シト雖モ若シ此ノ如キ御方現在ニマシマストセハ忽差支へヲ感セン試ニ姉妹アリテ一人ハ特旨ニ依テ尊称ヲ得他ノ一人ハ特旨ナシトセハ双方ノ間ニ愛憎偏頗ヲ免レサラン且内親王女王ノ称号ハ即チ姓ニシテ固有ノ姓ヲ剥奪スルハ忍ヒサル所ナリ第三十四條ノ議事ニ方リテ陳述シタル君臣ニ大義祖宗歴代ノ制ハ破ルヘカラス故ニ二十九番ノ修正モ可ナリト雖モ本官ハ更ニ「皇族女子ハ其ノ臣籍ニ嫁シタル者ト雖仍内親王女王ノ称ヲ有セシム」ト修正セン而シテ夫ノ分限ト云フノ要ナシ若シ其ノ夫ノ分限ニ従フト云ヘハ皇族ニ嫁シタル者ハ皇族ノ禮遇ヲ享クルモ臣籍ニ嫁シタル者ハ其禮遇ヲ失フヘシ其ノ本人ノ不満足知ルヘキナリ本官ノ主意ハ内親王女王ノ称ハ皇族ノ固有ナリ皇族ノ姓ナリ其ノ臣籍ニ嫁スルノ故ヲ以テ其ノ固有ノ姓ヲ剥奪スルハ人情ニ忍ヒサル所トス故ニ先ツ本條ノ但シ書ヲ削ルヘシ而シテ既ニ内親王女王ノ称ヲ有シ皇族ノ姓ヲ冒ス以上ハ皇族相当ノ栄遇ヲ享ケテ可ナリ是レ却テ君臣ノ大義ニ適ヘリ依テ別段ノ修正ヲ提出スト云フニアリ

○三十番(寺島)一番ノ修正ヲ一タヒ示サレタシ

(此時議長ヨリ弁明アリ)

○三十番(寺島)一番ノ説ヲ賛成ス旧幕府ヨリ諸藩ニ嫁シタルニモ相当ノ称ヲ有セシメタルハ歴史上ノ実事ナリ皇族ハ宜シク何処マテモ其尊称ヲ有セシメサルヘカラス

○十一番(山田)二十九番及一番ヨリ修正説出タルモ本官ハ両案トモ稍々同一ノモノニ聞ケリ然レトモ其文ノ異ナルニ随ヒ其ニ意モ同シカラサレハ本官ハ二者協議一致センコトヲ望ム本官ハ修正説ニ賛成セントスレトモ其賛成ヲ表スルノ前二於テ一応質問致タキコトアリ皇族中ニハ親王諸王アリ然ルニ例ヘハ茲ニ一ノ王位ノ女子アランニ此御方ニ正婚ニ由ラスシテ出生セラレタル御子女アラハ仍ホ之ヲ皇族ト云フヘキカ後ニ番外ノ説明ヲ請フ偖皇族ニハ其他種々ノ御方アルヘシ素ヨリ女子ノミニハ限ラス男子モアリ是ハ皆各一家ノ皇族トスヘキカ又ハ一戸主ノ附籍トスヘキヤ丁年以上ハ各々一家ヲ成ストセハ五人ハ五家ニ分カレ三人ハ三家トナレハ其一家毎ニ経済ノ組織ナカラサルヘカラス又或ハ今日ノ儘ニテ推移ラハ他日皇族ノ御一戸ハ非常ノ御人数ニ増スヘク殊ニ婚姻自由ナラサルニ於テハ其困難想見スヘカラサルモノアリ故ニ其人ノ望ニ依リテハ皇族外ノ養子トナリ又自ラ請フテ臣籍ニ入ルヲ得セシムルノ法モナカルヘカラサルヘシ本官ハ修正説ヲ賛成セントスルモ本條ノ修正ハ各位ヨリ提出セラレタル修正案ヲ以テ未タ尽クセリトスルヲ得ス就テハ各位ニ於テ今一応考慮シテ再ヒ提案セラルルカ又更ニ其完美ヲ得ン為ニ之ヲ委員ニ付託セラルルカ二者其一ヲ撰バレンコトヲ望ム又臣籍ノ文字ハ如何カ疑ナキ能ハス今日ニテハ皇族ト臣籍ノ別アリト雖名分ニ於テモ学理に於テモ確拠ナシ蓋聖上ノ外人君ナケレハナリ欧州ニ於テモ皇后一人ヲ除ク他ハ皆臣籍ナリ皇族以外ヲ指シテ悉ク臣下ト云へハ皇族皆君ト謂フヘキカ是等ハ尚精査ヲ要スヘシト雖トモ臣籍ノ字ヲ用ユレハ皇族ト云フ字ニ付テ更ラニ其関係ヲ定メサル得ス要スルニ一番二十九番ハ今一応協議シテ妥当ノ修正ヲ提出セラレタシ協議整ハサレハ更ニ委員ニ付託セラレンコトヲ希望ス尚ホ番外ニ対スル質疑ハ答弁ヲ煩シタシ

○二十八番(大木)本官モ十一番ト同感ナリ其陳弁ハ稍々異ナルモ精神ニ至テハ即チ一ナリ先ツ番外ニ質問シタキ点ハ臣籍ノ字如何ニ有リ其他修正ハ何レニ決スルモ別ニ異議ナシト雖第三十三條ニ拠レハ皇族ハ何時マテモ皇族ナリ殊ニ外国ノ事例ヲモ引授シアル如ク天子ノ御子孫ハ一国統治権ノ在ル所ヲ以テ云へハ即チ臣下ニシテ皆服従ノ義務アルハ言ヲ待タスト雖モ亦論究セサルヘカラサルヲ以テ之ヲ鄭重ニスル為メ再ヒ調査セラレンコトヲ望ム

○二十九番(土方)本官ニ於テモ十一番ト同感ナリ一番ノ修正ト文字上ノ多少ノ差異アルモ精神ハ同一轍ナリ文字ノ議事ニ時間ヲ費ヤサンヨリ宜シク委員ヲ設ケテ修正セシムヘシ乃十一番ノ説ヲ賛成ス

○二十八番(大木)臣籍ノ字ヲ避ケタシ又皇族女子ノ婚嫁シテ其夫ノ分限ニ従フトノ修正モ又穏当ナラス依テ委員ニ附託スル説ニ賛成ス

○十五番(榎本)十一番ヲ賛成ス

○番外(井上)修正意見ヲ設クルナラハ其修正ノ目的ヲ定メサルヘカラス然シナカラ其目的ニシテ一タヒ定マリ之ヲ委員ニ授ケラルルコトキハ復タ動カスヘカラサルモノトナルカ故ニ其目的ノ定マル前二議長ニ於テ一応原案ノ主意ヲ弁明相成タシ

○議長 本條ニ付キ種々修正説ヲ提出セラレシカ其順序ヲ云ヘハ始メ二十九番ノ修正アリテ之ニ賛成者アリ又賛成者中ニ意見ヲ異ニスル者ヲ生シ遂ニ一変シテ委員説トナレリ拠テ果シテ委員ニ附託スヘキモノトセハ委員ニ於テ如何ニ之ヲ修正スヘキヤ其修正ノ目的ヲ定メサルヘカラス
家族ノ種類身分家族ノ組織等ニ付キ弁明ヲ求メラレタル各位モアリシト雖モ此等ハ典範中ノ問題ニ属セス本條ヲ議スルニ臨ミテ推擴シテ其議ヲ此等ノ点迄ニ及ホスヲ得ス此等ハ凡テ皇族将来ノ御待遇ニ関スルコトニシテ皇室ニ於テ将来ニ御制定相成ルヘク今報告員ノ弁スヘキ限ニアラス好シ又報告員ニ於テ之ヲ弁スルモ将来皇室ニ於テ報告員今日ノ弁明通ニ履行セラルルヤ否ヤ保スヘカラス然ラハ此点ノ弁明ハ無用トス依テ報告員ヲシテ一応原案ノ主旨ノミヲ弁明セシムヘシ

○番外(井上)議長ノ許可ヲ得テ一応原案ヲ陳述スヘシ二十八番発議ノ精神ハ原案ト同義ナリト思ハルルヲ以テ二十九番ノ修正意見ニ付弁論スヘシ内親王降嫁ノ御旧例ヲ取調ヘルニハ頗ル困難セリ元来大宝令

 二世王親王ヲ娶王女王ヲ娶ル者ハ聴ス但シ五世王ハ親王ヲ娶ルコトヲ得ス

之ニ拠レハ人臣タル家ニ於テハ皇族ヲ娶ルコトヲ得サルナリ其後延暦十二年ニ至リ藤原氏ノミハ二世以下ノ女王ヲ娶ルコトヲ得ノ特許アリ抑モ内親王ノ人臣ニ降嫁シタル実例ハ絶テ無クシテ僅ニ之レ有リ即チ藤原氏以来和宮アルノミ而シテ事特別ニ出ルヲ以テ典範ヲ調査スルニ当テ之ヲ一般ノ例規トシテ視コト能ハサルナリ民法上ヨリ云ヘハ其夫ノ分限ニ従フハ普通ノコトニシテシ支那ニ於テモ夫ノ爵ニ従フハ周以来ノ慣行ナリ徳川氏ノ時代ヲ引証シテ立論セラルル向キアリト雖モ当時ニ在テハ法律上ノ学未タ充分ニ開ケサリシヲ以テ法律上果シテ如何ナル取扱ヲナシタルカハ知ルヘカラサルヲ以テ例トスルニ足ラス依タ已ムヲ得ス之ヲ外国ノ例ニ照ラス独逸各国ニ於テハ女王ノ王族ニアラサルモノト結婚スルトキハ王族ヨリ除クト定ム即チ我典範ニ於テ皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラストスルモ甚タ不都合ナキカ如シ且ツ之ヲ皇族ノ列ニ在トスレハ実際頗ル困難ノ事情アルヘシ既ニ過日ノ議場ニ於テ皇子孫ノ過度ニ繁殖スルニ随ヒ其御賄ニ困難スヘシトノ説モアリタリ若シ降嫁セラルルモ仍皇族トシテ取扱フニ於テハ仮令遠孫ノ皇族ト雖其親疎ニ応シテ相当ノ手当ナカラサルヘカラス皇族ノ御人数将来大ヒニ増加シ而シテ其遠孫ニ至ル迄他ニ婚嫁セラルルコトキハ悉ク宮内省ニ於テ受持ツヘキモノトスルトキハ其困難最モ甚タシ又現今女王ノ嫁セラレタル人臣ノ家ハ徳川、有馬、井伊、新潟ノ井上、二條、一條、松平等数多アリ将来此等ノ御遠孫ニ至ルマテ悉ク宮内省ヨリ相当ノ御賄ヲ与ヘサルヘカラストスルゴトキハ皇族ノ増加スルニ従テ実際余程困難ノ点生シ来ラント思ハルルヲ以テ唯タ尊称ノミヲ有セラルルハ差支ナシト雖モ皇族トシテ何時迄モ待遇スルハ不都合ナリ或ハ降嫁ナリタル上ハ宮内省ノ方ハ手離レニシ其ノ御賄ハ夫ノ家ノ受持トシテ可ナリト云フ反対ノ意見モアルヘケレトモ皇族トシテ既ニ其御身分アル以上ハ御婚嫁先ノ御生計向立派ナレハ格別左モナケレハ必ス相当ノ御手当ヲ要ス是レ実際ノ困難ナリ原案ハ此辺ニ最モ意ヲ用ヒテ調査シタルナリ但書以下ト皇族ノ列ニアラストハ矛盾ナリトノ説ハ御尤もナレドモ大宝令ニ於テ皇族ハ人臣ニ嫁スルコトヲ許サスト雖モ藤原氏ニ限リ特旨ヲ以テ許可スト同シク特別ノ例ヲ設クルモノナリ御婚嫁先キニ依リ特別(例)ヲ以テ与フルモノニシテ十人ハ十人ナカラ皇族ニ列スルニアラス是特旨ノ必要ナル所以ナリ

****************

 ここまで掲げた筆記録は第四十六條に関する筆記録のほぼ半分にすぎない。

 皇室典範を審議する枢密院会議は、天皇が臨御する張り詰めた空気の中で、出席者の白刃を交へるやうな緊迫した応酬が続く。


(この項続く)




















 
 
■女性皇族の「称号保有」といふワナ ④

◎「称号保有」への巧妙な誘導◎

 有識者ヒアリングでは、園部にピエロ役を演じさせながら、その裏で実に巧妙に「称号保有」への誘導が行はれてゐることに気づく。

 それは例へばこのやうな具合に行はれた。

《▼園部参与 昔流に言うと、皇族が結婚して臣下に降嫁されるということになりますね。その場合にそういう例もあったわけですけれども、そういう状況になっても、皇族である女性は、皇族としての地位あるいは尊称を維持することは可能だと思われますでしょうか。》
                     (第1回ヒアリング)

《▼園部参与 眞子内親王殿下、佳子内親王殿下がそれぞれ御結婚されても、その身分を失わず皇族として、あるいは皇族の尊称を得たまま、実際にお住みになるところは、必ずしも皇居の中とか東宮御所の近くとかではなくて、ちょうど黒田清子様のような状態になる可能性もないわけではない。》 (第2回ヒアリング)

《▼園部参与 内親王や女王の尊称を続けられるという形を取った場合に、それは内親王や女王の尊称はあるけれども、皇族ではないというふうにとらえますと、皇族でもないけれども、一般国民でもないという何か新たな身分ができることになるのではないでしょうか。》
   (第2回ヒアリング)

《▼園部参与 ・・・・・・どういう御活動について、女性皇族や民間人として、その御身分で、もちろん、尊称は内親王、女王ということであっても、どういう御活動がふさわしいと思われますでしょうか。》
  (第3回ヒアリング)

《▼園部参与 民間のお立場で皇室の御活動をなさる旧皇族と申しますか、皇族の御身分を離れて尊称だけ、例えば内親王とか女王という形で引き継がれて、それでいろいろな皇室の御活動をその方々にお願いするという場合、皇族方が行われる皇室の御活動と皇族でない方が行われる皇室の御活動をどのように区別することが大事であるか。》(第3回ヒアリング)


《▼竹歳副長官 ・・・先生のお考えだと制度の問題であるから、次世代へ先送りしないで、例えば今の尊称の問題とか、さらに抜本的解決とおっしゃった旧宮家の皇籍復帰とか、そういう手を今、直ちに打つべきだというようなお考えになるでしょうか。》
    (第3回ヒアリング)

《▼園部参与 皇室の御活動について、皇族の御身分をお持ちの方になさっていただく場合と、皇族ではないものの、内親王等の御尊称をお持ちの方になさっていただく場合と、国民の受け止め方に何か違いが生ずることがあるでしょうか。》
 (第5回ヒアリング)

 ほとんど笑つてしまふのは第6回ヒアリングである。

 硬直化した女系天皇論者である所攻氏は、同志であると信じ切つてゐる園部逸夫らを前に持論の女性宮家創設論を展開する。しかし園部らは、所氏の女性宮家創設論を完全に無視。そして、なぜか所氏が否定的見解を述べた尊称問題にしきりに話を持つてゆかうとするのだ。

《▼竹歳副長官  ・・・今の尊称に絡むわけですけれども、旧典範44 条という規定があって、一つの質問はなぜその例外が認められていたかということと、2つ目は、今はそういう例外的な状況に当たるのではないか。君臣の身分を分けるというのは大事だとおっしゃいましたけれども、新例を開くという意味では、ここで新例を開いてもいいのではないかということについては、どうお考えでしょうか。》

《▼園部参与 女性皇族方が皇族の身分を離れられた後に、尊称をお持ちにならずに皇室の御活動を行われる場合、国民はそうした御活動を皇室の御活動として受け止めることになるでしょうか。あるいは皇室の御活動として自然に受け止められるようになるためには、何か適切な方法があるでしょうか。》

 一方、第6回ヒアリングで、所氏の後に登場した八木秀次氏は女系天皇・女性宮家創設に反対論を述べたあと、「『女性宮家』を創設しなくても内親王・女王の称号の継続と予算措置によって皇室の活動をサポートして頂くようにすればよい・・・・・身分は民間人、皇位継承はない」と尊称維持賛成論を開陳した。

 称号保有論に対して、官房副長官や園部らが次のやうに問ひかける。

《▼長浜副長官  (皇位継承と)切り離した場合(の選択肢)は・・・「『女性宮家』を創設しなくても内親王・女王の称号の継続と予算措置によって皇室の活動をサポートして頂くようにすればよい」、これが結論でよろしゅうございますか。》

《▼園部参与  女性皇族方に皇族の身分をお離れになった後に、尊称をお持ちいただくとした場合、この尊称をお持ちいただく女性皇族としては、内親王殿下あるいは女王殿下のどの範囲までがふさわしいとお考えでございましょうか。》
  
 称号問題について八木氏はこんな発言をしてゐる。

《両陛下をお助けするようなシステムをつくるとするならば、これしかないというのが私の意見であります。決して正直なところ、積極的にこれを推しているというわけではなく、ここが唯一の落としどころではないのかと考えているということです。大方の方々の合意が得られるのはこれしかないと。》  

 このブログで先に取り上げた百地章氏を思ひ浮かべる人もゐるかもしれない。「飛ンデ火ニ入ル夏ノムシ」といふ言葉が想起される。《唯一の落としどころ》などといふ三流政治家じみたセリフは、皇室典範改正は緊急を要するといふ園部羽毛田一派が発案した奸計(天皇過重公務皇女分担論)に乗せられてゐなければ決して出てこないセリフであらう。皇室典範改正問題を足して2で割る発想で処理しようといふ神経! なぜ今慌てて皇室典範を「改正」する必要があるのか? 園部一派らのフェミニズ勢力に皇室典範をいぢらせてはならない。

(この項続く)



■女性皇族の「称号保有」といふワナ ③

 ◇◆サンヨ園部の道化芝居《私は「女性宮家」犯ではない》◆◇


今開催されてゐる「皇室制度に関する有識者ヒアリング」において、我々は道化役者の猿芝居を見ることができる。

首相官邸の中で演じられてゐる猿芝居の見ものは、道化役のサンヨ園部逸夫である。

この猿芝居の中で発せられる道化のセリフは実に面白い。

あんまり面白いので、私は猿芝居の中に出てきた、道化役の迷(冥?)科白集をつくつてしまつた。その一部を、芝居好きの皆さんにも是非紹介してみたい。

《私は女性宮家というのは、非常に誤解を招く言葉だとはっきり申し上げますけれども、そうではなくて、女性皇族方を含めて、天皇陛下の御公務の継続をお助け頂くという体制といいますか、御公務を助けるための皇族方の役割というもの。それは御結婚なさるかなさらないかということは別に、皇族方の中で女性が多数おられますので、女性にも御公務を分担して頂きたいという気持ちが湧き上がってくるわけですが・・・》
                         (第一回ヒアリング)


《私は最初から女性宮家という言葉は使っていないんです。これはマスコミの方で広がっておりますけれども、これは誤った考え方を広めることになりますので、そういう言葉はあえて使わない。例えば宮家というのは三笠宮家があり、親王がおられ、内親王がおられましたけれども、今は女王がおられるということで、一つの大きな枝葉に分かれた宮家があるわけです。これは三笠宮家の一つの姿ですが、女性宮家というと女性が当主であって、そこに婿養子の人が来て、それから、また2代目、3代目と続いて、だんだん広がっていくと。それでは、女系天皇になるのではないか。あるいは女性天皇になるのではないかというような言いがかりを付けられていて、私は甚だ迷惑をしております。およそ私は今回の改正の問題については、女性天皇、女系天皇ということは全く頭にない。》
                           (第二回ヒアリング)

《女系につながるとか、女性天皇というのは全くの言いがかりでございまして、これは訂正をむしろ求めています。》  
  (第二回ヒアリング)
 
《・・・もともと女性宮家という言葉がどこから始まったのかはわかりませんが、それが一人歩きをしているということは申し上げておきたいと思います。そういう定義もなければ、どこから発せられたかもはっきりしないので、それだけで全部くくってしまわれると困ります。》
                   (第三回ヒアリング)

《そこで先生に作成いただきました資料の中に、私の発言として引用されている『週刊朝日』の記事がございましたので、これは御質問ではございませんが、一言申し上げます。最近、発売されました『選択』という雑誌がございます。この4月号でこの『週刊朝日』の記事を書かれた方が、当該記事について触れており、そこにも書かれておりますけれども、取材の際に私園部は、女性皇族が御結婚後も皇族の御身分をお持ちいただく制度を議論する場合に、論点となるような事柄について申し上げたのでございまして、制度の基本的な在り方について、特定の方向に向けて、あるいはそういう立場に立って申し上げたわけではございませんので、この場をお借りして一言釈明させていただきたいと思います。》
                       (第三回ヒアリング)

 有識者ヒアリングといふのは、本来有識者から話を聞く場のはずだ。ところがこの道化役者は聞く立場に甘んじることができず、ついつい舞台に登場してしまふのである。そして下手なセリフをしやべりまくるといふ困つた性癖の持ち主なのだ。

 ここで道化がしやべる下手なセリフに解説の要はないだらう。

 道化はこの猿芝居において、《あっしは「女性宮家」犯ではございません》とひたすら繰り返すのだ。

《あっしは「女性宮家」のやうな不埒なことは一切考へたことはありません》

《あっしを「女性宮家」犯呼ばはりしてもらつては困ります。まつたくの濡れ衣でございます》

 聞かれもしないのに、《あっしはやつておりません》《あっしは無実でございます》と騒ぎたてるやうな人間は、どこかクサイと誰しも思ふ。

 まともな判断力を有する日本人はみな、園部逸夫を「女系天皇」犯及び「女性宮家」犯の正犯であるとみなしてゐる。道化のこのクサイ芝居は、大方が抱いてゐるその確信をますます深める。

 この元最高裁サヨク判事は、最高裁判事は退いたものの、「サヨク」の部分だけは現役なのである。
 
 前にも書いたけれど、大部な『皇室法概論』を出版したから法曹サヨクからのロンダリングに成功したと思つてゐるのは当人だけで、頭隠して尻隠さずどころか、この男の場合は頭も尻も赤く露見してゐる。

『皇室法概論』を読んだもこともない連中が、このラディカルサヨクを皇室法の専門家などと呼んだりするから、当人をすつかりその気にさせてしまつたのだ。

 本人の意識と周りの意識のギャップが、この猿芝居の中で道化のセリフの面白さを生んでゐる。


(この項続く)
プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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