Category : 福田恆存
 現行皇室典範の成り立ちを調べてゐたら、現行憲法の成り立ちも調べる必要に迫られ、憲法論を読みあさる中で福田恆存の「當用憲法論」も読み返す。

 この「當用憲法論」を私は一体何度読んだことだらう。振り返つてみるとこの数十年間、憲法のことを考へる時にはかならず「當用憲法論」読み返してきた。何度読んでも出色の憲法論だと思ふ。昭和四十年に書かれた文章がまつたく古びてゐない。日本国憲法論の本質を知りたければ、凡百の憲法論や憲法教科書を何十冊読むより福田恆存の「當用憲法論」一篇を読んだ方がいい。

 「當用憲法論」は、「憲法記念日」にNHKテレビの「憲法意識について」といふ座談会に出席した折の反応を枕にふり、あとは福田恆存流に緻密かつ大胆に日本国憲法の本質を迫つてゆくといつた趣の刺戟的な文章である。

 テレビの座談会に出席した折の反応といふのは、「改憲派」としての姿勢が鮮明でなかつたといふ、主として「改憲派」からの「誤解」で、これに対して氏はかう書く。《私はあの座談会に始めから冗談のつもりで出席したのです》。冗談も言へない憲法論議のタブーをは破つてやらうと思つて、《終始、冗談と皮肉で押し通したのです》。さうすることによつて、《平和憲法をタブーとし神聖視する人達を私と、それぞれの立つてゐる平面の相違を際立てようとしたのであり、私にとつて現憲法は戯画としか考へられないといふ私自身の真実を伝へようとしたのであります》

 現憲法は改正できない様に出来てゐると福田恆存はいふ。

 第九十六条には改正手続き条項が盛り込まれてゐるが、憲法前文に第九十六条を空文化してしまふ一節が用意されてゐる。「これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。われらはこれに反する一切の憲法、法令、及び詔勅を排除する」と。かかる原理とは基本的人権、戦争放棄、主権在民を指す。

 欽定憲法は一見第七十三條の改定規定に従つて改定されたかに見えるが、《手続きさへ良ければ改訂の内容は如何様にも為し得るか》

 憲法の改定には限界があり、根本的条項には手をつけてはならぬ。そこまでいけば《もはや改定ではなく、革命と云はざるをえません》

 《独立国に非ざるものに、憲法を制定する権利も資格も有り得ない》《当時その事をはつきり口に出して反対した者は衆議院では六人しかをりませんでした。しかもそのうち四人までが共産党の議員であり、野坂参三氏などは第九条にも反対し、軍隊を持たぬ独立国は考へられぬとさへ言つてをります》

 なぜ現憲法を「當用憲法」と名付けたか? 《制定の経緯が當用漢字のそれと全く同じだから》である。

 當用漢字は保守派の国語学者、国文学者の手によつて提案されたもので、かれらは日本語のローマ字化を企図したアメリカに対抗する手段として當用漢字を勘案し、それ以上の漢字追放を阻止しようと考へた。当時、それに真つ向から反対したのは、後の国語審議会の主流派となつたローマ字論者や仮名文字論者だつた。かれらは、とにかく漢字といふものを残したらそれを前進基地としてふたたび漢字無制限時代がくると考へた。つまり、同じ制限漢字が保守派には吾が身を守る防波堤に見え、革新派には敵の前進基地に見えていた。

 しかし世の中が落ち着いて當用漢字に対する反対攻撃が始まると、その時は既に国語審議会の与党側に廻へてゐた仮名文字論者やローマ字論者の目には同じ當用漢字が漢字増加を食い止めるための防波堤に見えてきたのであり、またこれより後には引けない前進基地に見えてきた。

 《その点、国字問題と憲法問題とは全く同じ》だと、氏は言ふ。

 この「當用漢字」との比喩は卓抜であり、憲法問題を考へる上では今でも有効だと思ふ。

 《要するに、現行憲法は如何様にも改憲できる事を自ら範を示し、容認してゐるか、或は最初からその有効性の根拠がなく、飽くまで當座の用を為す當用憲法であるか、そのいづれかであります。が、前者を一度も認めたら、それこそ永久革命を認めるやうなもので、危険であるばかりでなく、憲法の権威は全く認められ難くなる。憲法そのものの権威が失はれるよりも、この際我々としては現行憲法の権威を否定する事によつて、憲法そのものの権威を守り、吾々の憲法意識を正常化するに若くはありますまい》《欽定憲法は決して死滅してをらず、理論上は生きているのです》

 このあと、「當用憲法」の英和条文を詳細に比較検討して、「當用憲法」は英文憲法の翻訳にすぎないことを明らかにした上で、《一日も早くこれを無効とし、廃棄する事にしようではありませんか》と結ぶのだ。

 「當用憲法論」は我が国で書かれた憲法論の中で最も明晰な憲法廃棄論である。







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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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