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■宮内庁長官羽毛田信吾の罪状(その四)

 ◎天皇皇后の火葬問題は奸臣グループのミスリード

 天皇皇后の火葬をめぐるニュースを聞いて、「どうして今ごろ、そんなことを発表するのだらう」と国民はみんな訝しんでゐる。天皇陛下は心臓手術の後健康を回復されたし、皇后陛下もお元気さうなのに。

 昭和天皇の時も、大正天皇の時も、そして明治天皇の時も、政府は天皇の御生前に大葬問題について大つぴらに話すことを憚かつてきた。当然である。

 明治天皇は政務は流れるがごとく裁決される方であつたが、内大臣が勅裁を得るために差し出した皇室葬儀令を「朕に適用さるる勅令だの」と仰せられて、ついに裁可なさらなかつたといふ。「龍体にかかる凶事の式令なるだけに当局大臣もまた強いて奉請せずしてそのまま今日に及びたる」と当時の新聞が報じたやうに、宮内大臣も遠慮してそのままになってしまひ、結局、新帝(大正天皇)の勅裁を得て皇室葬儀令は公布されたのだ。

 今上天皇は「龍体にかかる凶事」が国民の話題になることを欲してをられるのだらうか? 天皇も火葬にすべきだとか、天皇の火葬場はどこに設けるべきだとか、といふ論議が国民の間に高まることを期待してをられるのだらうか?

 この宮内庁発表を受けて、女系天皇の旗振り役のひとりである小田部雄次はこんなコメントを出してゐる。
 
「葬儀に当たる“大喪の礼”には国家元首をはじめとして、使節、大使など世界164か国の人々が参列したため、警備にも約25億円が割かれました。また棺を“葱華輦(そうかれん)”という巨大な輿(こし)で運び、東京・八王子市に約30億円をかけて造られた武蔵野陵に埋葬されました。結果、葬儀に使われた費用は約100億円と莫大なものとなったんです」

 天皇の葬儀になんと100億円も使はれたんですよと騒いでゐる。ではこの御仁は、天皇の葬儀に費やされる金額がいくらだと満足するのか?1億円か? 1000万円か? 

 女系天皇の広告塔と化した小林よしのりなども、「もう何もかも陛下のご意向のままでいいではないか」と天皇皇后の火葬問題にえらく興奮してゐる。

 なぜか、女系天皇派はひとり残らず、火葬派である。

 羽毛田長官がこのタイミングで天皇の火葬問題を持ち出したのは、女系天皇問題を抜きにしては考へられない。

 皇位継承問題について奸臣グループは今、識者ヒアリングとか称して時間かせぎをしてゐる。かれらは国民の目を皇位継承問題からそらすためにあれこれ画策してきた。反女系天皇派が火葬・土葬問題に乗つてきてくれるのは大歓迎のはずだ。

 宮内庁はもう十年も前から(羽毛田が次長のころだ)大葬・御陵問題について庁内で検討してきた。その過程で、天皇の御意向を確認することがあつたとしても不思議ではない。

 大葬についての「天皇の御意向」を発表するタイミングを奸臣グループは周到に練つてきたと思はれる。

 羽毛田が会見で、皇后との合葬を「視野に入れて検討する」と述べたことに対し、「皇后が陛下とご一緒の方式は遠慮すべきとのお気持ちを持たれてゐる」と風岡次長が訂正会見をせざるをえなくなつたのも、発表が奸臣グループのミスリードによるものであつたことを物語つてゐる。

 羽毛田が述べた、「今後、一年ほどかけて検討したい」といふ言葉に注意されたい。

 一年? 皇位継承問題に関する識者ヒアリングと並行して、大葬御陵問題も検討するつもりらしい。

 奸臣グループが大葬御陵問題をもち出したことで、皇位継承問題をめぐる奸臣グループの動きは要注意段階に入つたとみた方がいい。



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■ 宮内庁長官羽毛田信吾の罪状(その三)

◎自己保身のために記者会見を開催、小沢ゴリ押し事件で「天皇の忠臣」演じた宮内庁長官

 羽毛田が「天皇を守る宮内庁長官」といふイメージを国民の間に植えつけるのに成功した最大の事例は、何と言つても平成21年に起きた天皇と中国の習近平国家副主席との会見問題だらう。小沢一郎が介在したことによつて一躍有名になつた事件だが、ここでも羽毛田は自己保身のために記者会見まで開いて巧妙に立ち回り、この事件を逆手にとつて、「天皇の忠臣」としての評価を高めることに成功してしまつたのである。

 小沢ゴリ押し事件をざつと振り返るとこんな具合だ。

 (平成21年)
11月19日、中国側が習副主席の12月中旬頃の訪日を通知し、外務省が宮内庁に会見を要請。
11月20日、中国外相が小沢一郎(民主党幹事長)に国会内で副主席訪日の際の協力を要請。
11月23日、中国、副主席の訪日日程を正式に伝達。
11月26日、外務省、宮内庁に天皇と副主席の会見を打診。
11月27日、宮内庁、一か月ルールにより会見はできないと回答。
11月30日、外務省、鳩山首相と平野官房長官に会見不可能と伝達。日本政府、中国政府に天皇の健康を理由に会見を断る。
12月4日、鳩山首相と小沢が官邸で会談。
12月7日、鳩山首相、平野官房長官に「何とかしてもらひたい」。
     官房長官、羽毛田宮内庁長官に「日中関係の重要性にかんがみ是非お願ひしたい」と電話。羽毛田「ルールを尊重してもらひたい」。
12月8日、小沢、鳩山に「ゴチャゴチャやっとらんで早うせい」と電話。
12月9日、日本政府、陛下の健康を理由に会見に応じるのは難しいと中国政府に連絡。中国側「やむを得ない」。
     小沢、官房長官に「しつかりやれ」と電話。
12月10日、小沢大訪中団、北京へ出発。官房長官、羽毛田に「日中関係は重要。これは総理の指示を受けての要請」と電話。
     胡錦濤国家主席と小沢が人民大会堂で会談。
12月11日、日本政府、天皇が習副主席と12月15日に会見すると発表。羽毛田長官、緊急記者会見。 
12月15日、天皇が習副主席と会見。


 小沢一郎が自分が率ゐる大訪中団の勢力誇示のために天皇を利用したわけで、いはば天皇のハク付け利用だ。過去に天皇を自分のハク付けに利用しようとした政治家は数知れど(例へば中曽根康弘など最もこれを得意とした)、それをかくも露骨に演じた政治家はみあたらない。

 政府部内には、天皇と外国要人との会見は一か月前までに文書で申請するといふ一ヶ月ルールが存在するが、小沢にとつてそんなルールははじめから眼中になく、ロボット総理を動かして習を天皇に会はせようとした。中国側は一ヶ月ルールを知りつつ、副主席の日程が決まらないとズルズル返事を引き延ばす。その挙句の一ヶ月ルール抵触。そんなルーズな対応ぶりをみれば、副主席にとつて天皇との会見が最優先行事でなかつたことは明白だ。天皇に会へればハク付けになる。ダメならしようがない。中国側の真意はそんなところだつた。会見を認めなければ日中関係がどうなるといふ話ではさらさらない。

 ルール無視、ゴリ押し、天皇への非礼、非重要性、非緊急性、どこからみても天皇との会見を認める余地はまつたくない。ところが、こんな無法な要求がまかり通つてしまつたのである。これを認めたヤツは切腹ものだ。誰だ? 官房長官か? 違ふ。平野は小沢の伝達役にすぎない。総理大臣か? 違ふ。鳩山は小沢の伝達役にすぎない。

 それでは認めた犯人は誰なのだ? 宮内庁長官である。羽毛田。

 では羽毛田は責任をとつて切腹したか? しない。辞任したか? しない。では何をしたのか? 緊急記者会見を開催したのである。

 以下が、彼の記者会見における発言である。 

《外国からの賓客については、引見希望日が迫つた形で願ひ出があると、両陛下の日程調整に支障をきたす。ひいては繁忙をきわめる両陛下の生活に想定外のご負担をきたすことになる。常態化すればゆゆしきことであると考へて、一か月以上前に内閣から願ひ出を頂くのをルールとしてやつてきた。特に 天皇陛下が前立腺がんの摘出手術を受けた後の平成16年以降は、ご負担や年齢を考慮して、このルールをより厳格に守つていただきたいと政府内に徹底してきた。このルールは、国の大小や政治的に重要かどうかで取り扱ひに差をつけるといふことなしに実施してきた。陛下の国際親善は政府のやることとは次元 を異にするもので、政治的な重要性、懸案、政治判断を超えたところでなされるべきだ。現在の憲法下にかかはる天皇陛下のお務めのあり方と か、役割とか、基本的なことにかかはることだと考へてゐる。今回、内々に外務省から宮内庁に打診されてきた時は、1カ月を切つてゐたので、ルールに照らし合はせて外務省に「応じかねる」との回答をした。外務省も「さうですか」と了承した。その後、官房長官から「ルールは理解するけれども、日中関係の重要性にかんがみ、内閣としてはぜひお願ひする」と言つてきた。私は「事務的に作つたルールではあるかもしれないけれども、やはり陛下をお守りするために作られたものであり、それは国の大小や、政治的に重要かどうかなどにかかはりなくやつてきたので、ぜひ尊重してやつていただきたい。尊重することが政府のありようではないでせうか」と申し上げた。その後、官房長官から再度「総理の指示を受けての要請だ」と指示があつた。そうなつてくると、宮内庁も内閣の一翼を担う存在であり、宮内庁長官も 内閣の指示に従ふべき立場。こちら側の問題意識を申し上げながら、大変に異例なことではありますけれども、曲げて陛下にお願ひすることにした。私としては、誠に心苦しい気持ち。かういつたことは二度とあつてほしくない、といふのが私の切なる願いだ。(「天皇の政治利用につながりかねない懸念があるといふことか」)大きく言へばさいふことだらう。陛下の国際親善のなさりようといふのは、国の外交とは違ふところにある。これから何かあつた時に、陛下を打開役にといふことになれば、それはまさに今の憲法上の陛下のあり方と大きく狂ふ》

 ペラペラよくしやべつたものである。ここに載せたのも発言要旨にすぎないから、実際はもつとしやべつたはずだ。

 で、この羽毛田発言に対して、「天皇の政治利用」「小沢の横暴」「中国に屈するな」と、羽毛田礼賛の合唱が巻き起こつたのは周知の通り。

 こんな反応をみてニンマリしたことだらう、羽毛田は。

 羽毛田が天皇と副主席の会見が行はれる前に記者会見に及んだ理由は簡単明瞭。自己保身のためである。

 このまま、天皇と副主席の会見が終了してしまへば、あとになにが残るか。「30日前ルールを守れなかつた宮内庁長官」「天皇を守れなかつた宮内庁長官」「ゴリ押しに屈した宮内庁長官」・・・・と、自分の責任問題が噴出するのは目にみえてゐる。

 そこでこの頭の回る官僚は、先手を打つたのである。自分はゴリ押し勢力の哀れな被害者です。みなさん、悪いのは30日前ルールを無視したゴリ押し勢力なのです・・・。

 自分を被害者に仕立てることで、責任問題が起きるのを封じ、おまけに「天皇の忠臣」の役割も演じることができる。なるほどうまいことを考へたものだ。現実はほぼこの奸臣のシナリオ通りに進行したのだから。

 宮内庁長官が本当に30日前ルールを死守するつもりならいくらでもできるのである。

 官邸の方針に対して宮内庁長官がノーと言つた場合、官邸はどうするか?

 総理大臣が宮内庁長官の頭越しに天皇にお願ひすることはできる。ただしそれは制度上可能だといふだけで、実際にそのやうなことをやつた総理大臣は過去にゐない。天皇は公的行事に関してはすべて宮内庁長官の輔弼を通して行動するのが昭和天皇以来の習ひになつてゐるからである。

 従つて、宮内庁長官があくまでノーと言つた場合、総理大臣としては宮内庁長官を罷免するしかない(宮内庁長官は任免について天皇の認証を必要とする認証官ではあるが総理大臣が認証官である国務大臣を罷免できるのと同じ)。しかし、このやうな案件で宮内庁長官を罷免したりしたら、ゴリ押し工作が露見して、天皇との会見など吹き飛んでしまうだらう。

 結局、宮内庁長官がルールを盾に「認められない」と最後まで突つぱねれば官邸もどうすることもできない。ただ、本件においては宮内庁長官にそこまでやる気がなかつたといふことに尽きる。

 羽毛田長官が官房長官から会見を認めるよう要請されたのはわずか二回。しかも電話で。二回目に総理の意向を持ち出され、あつさり受諾。別にあの山口組系風貌の恫喝常習男から「中国の親分と天皇の会見を認めければお命頂戴する」と脅されたわけでもない。

 当ブログの読者の方は、ここまでお読みになつて、「何か似てるな」と思はれたことだらう。さう、前回のコラムに書いた内親王参内問題である。唐突な記者発表、詳細な経過説明、自分の責任回避、天皇への忠義の強調・・・・・何から何までそつくりではないか。

 羽毛田は「天皇の忠臣」を装ふことが国民受けすることを覚えたのである。そして、「天皇の忠臣」を装へば自分の地位は安泰であることも。

         (この項続く)
 


■宮内庁長官羽毛田信吾の罪状(その二)

◎「愛子さまの参内少ない」発言で、天皇と東宮家の亀裂拡大を図つた宮内庁長官

 天皇と東宮家との対立工作を開始するにあたつて、奸臣羽毛田が目をつけたのは何だつたか? それは、ほかでもない、例の国民を驚愕させた愛子内親王の参内問題なのだ。

 事実関係を振り返つてみよう。

 事の発端は、平成20年2月13日に行はれた宮内庁長官の定例記者会見だつた。そこで羽毛田長官は次のやうな発言をした。

 《天皇陛下の一昨年のお誕生日の記者会見で、愛子さまと会ふ機会が少ないことは残念だといふご発言があり、皇太子殿下はそれを受けて、昨年の会見でこれからも両陛下にお会ひする機会をつくつていきたいと思ふとお述べになつた。しかし、昨年一年を見る限りは、ご参内の回数は増えてゐない。両陛下も心配しておられると思ふ。殿下ご自身が記者会見でご発言になつたことなので、大切になさつていただければと思ふ》

《天皇陛下が皇太子であられた時代には、当時の両陛下がご在京で両殿下もご在京の場合、できる限りご一家で毎週一回、ご参内になるのを定例になさつておられた。陛下がお招きになられる場合や、行事に伴つてご参内される場合を別にすると、殿下のご発意によりご一家でご参内になられるのは年に二、三回といふ程度にとどまつてゐる》

 実に面妖極まりない記者会見だつた。愛子内親王は天皇の孫である。四人おられる孫(この二年前に悠仁親王が誕生されてゐる)のおひとりにすぎない。天皇が孫に会ひたいといふのは、天皇といふお立場を離れても、祖父として当然の感情であらう。しかし、天皇が孫に会ふ回数が少なすぎるとマスコミを通じて訴へるといふことが、果たして宮内庁長官の仕事なのか? 常識的な国民はさう考へる。

 今、訴へるといふ言葉を使つたが、記者会見を通じて羽毛田が訴へたかつた相手は誰なのか。皇太子か。

 しかし、記者会見の質疑の中で羽毛田はこんなことを述べてゐる。

《(この件について)東宮職にも話したし、殿下にもお話はしました。努力をしたいといふことは言つておられました》

 皇太子には羽毛田の意見は既に伝へてあり、努力したいといふ返事も得てゐるといふ。

 さらに羽毛田はこんな事実までばらしてゐる。
 
《今日もお話をしました。まもなく会見が来るもんですから。今回初めて申し上げたといふやうな話じやない。》

 つまり、この記者会見当日も、皇太子に会つて話をしたといふのだ。

 ここで大きな疑問がわく。羽毛田はこの日、皇太子に会つた時、その後に予定されてゐる記者会見において、自分が参内問題を持ち出すことを皇太子に伝へてゐたのか?

 もし伝へてゐなかつたとすれば、これは皇太子に対する不意打ちだ。自分がこれから記者会見で皇太子を槍玉にあげる、しかし、その事を当の皇太子に伝へない。皇族に対するこれほどの背信行為はない。

 もし、「この後の記者会見で殿下のことを取り上げる」と伝へてゐたとすれば、「記者会見を通じて圧力をかけるからそのおつもりで」と皇太子に最後通告したに等しい。

 羽毛田は、天皇が孫と面会するといふにすぎない問題を「公的」問題に粉飾するために巧妙な策略をめぐらせた。それは「皇太子が約束を果たしてゐない」といふ一点に絞つて、皇太子を非難するといふ戦略である。

 羽毛田は会見で、天皇から《一昨年のお誕生日の記者会見で愛子さまと会ふ機会が少ないことは残念だといふご発言》があり、これに対して皇太子から《昨年の会見で、これからも両陛下にお会ひする機会をつくつていきたいと思ふ》といふ発言を紹介した。その上で、今も面会は《年に二、三回といふ程度にとどまつてゐる》と強調したのも、「約束を果たしてゐない皇太子」といふイメージづくりのためだ。

 羽毛田が皇太子攻撃の火蓋を切つた平成20年2月13日は、皇太子殿下の御生誕日(2月23日)の丁度10日前。2月21日には、皇太子の記者会見が予定されてゐた。このタイミングを偶然とみるものはゐないだらう。記者会見における皇太子の発言にはいやがうへにも注目が集まつた。

 しかし記者会見において皇太子は、参内問題について事実上コメントを避けた。この後、皇太子は以前にもまして心を閉ざし、天皇と東宮との関係はますます悪化した。

 しかし一方で、対皇室世論、特に反東宮派の間で羽毛田長官を評価する声が一気に高まつた。「天皇陛下が愛子さまに会へないなんて可愛さう」「年に二、三回はあんまり」といふ声が噴出し、「宮内庁長官は天皇陛下のお心をくみとつて皇太子に苦言を呈した」「天皇陛下の意を受けての発言」と、いつのまにか羽毛田長官を支持する世論が優勢になつた。

 記者会見で「参内が増えない理由は」と聞かれた羽毛田は、「分かりません。(皇太子さまが)おつしやれば私もご披露したつて構はないけれども、特におつしやらない以上、申し上げようがない」とシャーシャーと答へた。

 愛子内親王の参内が少ない原因は、国民のだれもが知つてゐる。東宮妃にあることを。東宮妃の常軌を逸した振る舞ひが天皇と東宮の不和の根幹にあることは明白である。皇太子は明らかに東宮家における当事者能力を欠いてゐる。

 天皇と東宮との関係がこのやうに悪化した時、公家も華族も藩屏も存在しない現在、関係修復に乗り出せる立場にある人間は多くない。宮内庁長官はその中の一人、といふよりほとんど唯一といつていい公人かもしれない。

 しかしこの宮内庁長官は天皇と東宮の関係修復にまつたく動かうとしなかつた。関係修復に動くどころか、おそるべきことに、逆に天皇と東宮との対立を煽る方向に走り始めてしまつた。

 目的はただひとつ、天皇に対して自分が忠臣であることを印象付けること。この目的の下にすべては計画的に遂行された。

 羽毛田の逆上を知るためには、秋篠宮妃の御懐妊の時までさかのぼらなければならない。

 長官に就任して以来、羽毛田に最大の衝撃を与へたのは、平成18年の秋篠宮妃御懐妊だつた。

 皇室典範有識者会議の報告書通り、女系天皇を認めるための改悪皇室典範を国会に提出しようとした矢先に、秋篠宮妃御懐妊の報が日本中をかけめぐつた。ところが秋篠宮妃御懐妊といふ重大事実を、なんと宮内庁長官が知らされてゐなかつことが発覚した。秋篠宮家側が宮内庁長官に知らせなかつたのはもちろん、秋篠宮家から事前に報告を受けてゐた天皇も宮内庁長官には黙秘を貫いたのだ。

 皇室典範改悪計画達成まであと一歩のところで邪魔が入つたといふ無念。秋篠宮妃御懐妊といふ国家的ニュースの中で、宮内庁長官がカヤの外におかれたといふ屈辱。

 天皇がこの宮内庁長官にまつたく信を置いてゐなかつたことが天下に知れわたつてしまつたわけだ。それが厚生労働省局長時代のノーパンしゃぶしゃぶ接待の前科とどのやうな関係があるのか私は知らない。しかし、天皇が秋篠宮家の第三子づくりにゴーサインを出し、秋篠宮御夫妻がそろつてコウノトリの歌を詠むといふ「極秘お世継ぎ作戦」を振り返つてみれば、天皇と秋篠宮は宮内庁長官による妨害を警戒してゐたことが分かる。天皇は、羽毛田が小泉官邸と足並みを揃へて女系天皇実現に向けて突つ走るのを快く思つておられなかつた。

 天皇から信頼されてゐないと気づいた宮内庁長官は愕然とした。しかし女系天皇を実現するためにはこのままおめおめと引き下がるわけにはいかない。奸臣は考へた。天皇の「信頼」を勝ち得るためにはどうしたらいいか。さうだ、天皇に対して「忠臣ぶり」を発揮しよう。しかし、通り一遍のことでは、失はれた天皇の信頼(といふかそれまで一度も天皇の信頼など得たことはなかつたわけだが)を回復することはできない。さうだ、あの方に犠牲になつていただかう。あの方―皇太子である。

 天皇と東宮との間の紛争において、ひたすら天皇の側に立つこと。そして天皇の代弁者になること。東宮側からどうみられやうと知つたことではない。宮内庁長官が悪者になつて東宮に苦言を呈してゐるといふ構図は、天皇に対して忠臣ぶりを示すのに少しは効果があるだらう・・・・・。つまり、皇太子はスケープゴートにされたわけだ。

 かくて、宮内庁長官による皇太子攻撃が開始された。それが愛子内親王の参内問題だつた。国民の目からみると唐突で不自然な宮内庁長官の記者会見は、天皇の目を意識して演じられた大芝居だつた。

            (この項続く)
◎天皇と東宮家の離反を図る宮内庁長官

 宮内庁長官羽毛田信吾が退任するらしい。

 後任は創価学会との縁が深い風岡典之次長で、風岡次長の後任は内閣府でフェミニズム行政の中核を担つてきた山本信一郎といふ人物だから、皇室が奸臣勢力に取り囲まれてゐる状況に変化はない。山本次長は風岡のあとの宮内庁長官就任が約束されてゐるから、今回の人事が皇室のフェミニズム路線に拍車をかけることは明らかである。皇室の将来は暗雲に閉ざされてゐる。

 宮内庁次長として四年、長官として七年、計十一年の長きにわたつて宮内庁に居座つてきた奸臣羽毛田の罪状をあげればきりがないが、私はこの男の罪状を次の三点に集約したいと思ふ。

(一)嘘八百を並べて女系天皇擁立を策す
(二)皇室のあらゆる伝統の転覆を策す
(三)天皇皇后と東宮一家の離反を図る

 この数年来、天皇皇后と東宮家との関係は決定的なところまでに進行してしまつた感があるが、私のみるところ、天皇皇后と東宮家との対立反目の背景には、東宮妃の行状もさることながら、宮内庁長官による陰湿な策動が存在してゐると思はれる。天皇皇后と東宮家が反目することは、この奸臣にとつて何かと都合がいいからである。何故か?

 東宮家側に反天皇感情を進行させれば、東宮家がお世継ぎをつくるどころではなくなる。皇室内に平和が保たれ、東宮家や秋篠宮家に新たなお世継ぎなどつくられたら困るのだ。そんなことになれば、せつかくここまで努力してきた女系天皇擁立計画が水泡に帰してしまふではないか。

 羽毛田が会見で火をつけた天皇皇后の火葬問題も、この観点から見る必要がある。宮内庁長官がこの時期になぜ、天皇の火葬や御陵の見直し問題を持ち出したか? 簡単である。女系天皇問題から国民の目をそらすためである。

 火葬は天皇皇后の御意向ではないかと反論する人があるかもしれない。天皇皇后が火葬の御意向をお持ちになるといふことと、それを役人が国民に向けて騒ぎ立てることとはまつたく別のことがらに属する。

 奸臣たちは時間かぜぎをしながら、女系天皇問題で強硬突破を図るチャンスをうかがつてゐる。女系天皇擁立は羽毛田ら側近による専断であるといふ批判はたへない。そんな時に、宮内庁が、《天皇皇后の火葬の検討を始めます。これは天皇皇后の御意向でもあります》と発表することはどういふ意味を持つか? 天皇皇后と宮内庁長官が「一体」であることを示すには、これほど効果のある発表はないだらう。女系天皇擁立は我々の専断ではありません、天皇の御意向でもあります・・・・。そんな効果を十分に計算した上での記者会見だつたと私にはみえる。

 羽毛田長官がこのタイミングで天皇の火葬問題を国民に告知した目的は、《皇室のあらゆる伝統の転覆を策す》ことにあると同時に、真の狙ひは女系天皇擁立にある。結局、(一)(二)(三)はすべてつながつてゐて、天皇と東宮家との離間策も火葬問題も、最後はすべて女系天皇擁立問題に収斂されるといふことになる。

 奸臣らがこれらの策謀を遂行するにあたつては、天皇の「信頼」を得なくてはならない。そのために羽毛田長官が精魂を傾けたことは何だつたか。それは、天皇に対して「忠臣ぶり」を誇示することだつた。

 羽毛田は天皇への忠臣ぶりを示すためにあらゆる機会を利用したが、なかでも徹底的に利用したのが対東宮問題である。

 例をあげよう。

 「週刊新潮」は平成23年12月1日号で《「もうこちらの方はよろしいのではないかしら」「美智子皇后のお言葉で消された『雅子妃』の名」》といふセンセーショナルな見出しの記事を掲載した。ブータン国王やカンボジア国王の訪日にあたり、皇后が東宮妃の欠席を前提にした資料を宮内庁の担当部局に作成させたといふ内容で、カンボジア国王訪日の際には、参加者リストを御覧になつた皇后陛下は、記されてゐた雅子妃殿下のお名を指し示して「こちらは、もうよろしいのではないかしら」と仰せになつたなどと、その場に居合せた人間しか分からないやうなことまで書かれてゐた。

 この記事に対して宮内庁はどういふ対応をしたか。すぐさま、宮内庁のホームページに大々的に反論を掲載したのである。週刊新潮の記事は憶測にもとづくもので、事実とは異なると。御丁寧なことに週刊新潮の見出しや記事を詳細に紹介した上で。

 異様な反論文だつた。宮内庁ホームページでこの反論文を目にした国民は、週刊新潮の報道した内容が事実か否かよりも、反論文の背後に「私はそのやうなことを言つてゐない」といふ皇后の御声を読み取り、皇后と皇太子妃の間に暗闘が存在することを改めて印象づけられるといふ寸法になつてゐる。さう、それこそがこの反論掲載を指示した人物―羽毛田長官―の意図したところだつたと思はれる。

 宮内庁が皇室の間違つた報道に対して反論するのは当たり前ではないか。一応はさう言へる。それなら、なぜ後になつて、宮内庁のホームページからこの反論文を削除してしまつたのか? ほかの週刊誌の記事に対するこまごました反論文はそのまま載せ続けてゐるといふのに。反論を掲載した意図が達成されたからか、それとも、ホームページに掲載し続けることに何らかの不都合が生じたか、どちらかしか考へられない。

 反論掲載には、皇后の御意思が反映してゐないとは私も思つてゐないけれど、皇后陛下も、国民のだれもが(そして皇族のだれもが)目にする宮内庁のホームページに御自分の釈明としか映らないやうな文章を載せ続けるといふ事態の重大性に無自覚であつたとは思はれない。

 要するに奸臣羽毛田は、週刊新潮の報道に対する皇后の動揺を利用して、天皇皇后と東宮家との反目を煽りに煽つたのだ。

             (この項続く)




 
プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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