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■英王室にはなぜ王位継承資格者が5000人も存在するのか?

 皇室典範有識者会議報告書には「安定」「安定化」といふ言葉が35回も登場する。
 
 ×少子化→男系男子継承→皇位不安定→皇位消滅
 ◎少子化→女系天皇→皇位安定

 報告書はこのやうに、女系天皇さえ採用すれば皇位が「安定」するとしきりに強調する。本来、皇統の男系男子継承を主張する人たちも、かうしたフェミニストの宣伝に乗せられ、皇室はこのままいけば大変だ大変だ、としきりに唱和してゐるといふのが昨今の状況だらう。

 ところで、世界の王室で王位継承制度が一番「安定」してゐるのはどの国なのだらうか?

 答へは、イギリスである。王位継承資格者がなんと4973人!

 王位継承順位ビリ、つまり4973位の人はドイツ人で、ハノーバー家のソフィア王女の末裔といふオバサンださうだ。王位継承資格者が五千人もいれば、誕生結婚死亡その他で毎年おびだたしく異動があるわけだが、英王室がいちいちフォローし切れるわけがない。だからこの王位継承者4973人といふのは、研究者が調べた数字である。

 これが王位継承問題が世界一「安定」してゐる英王室の実態だ。安定も不安定もない。この国にはそもそも王位継承問題など存在しない。

 イギリスでどうしてこれほど王位継承資格者が増大したかといふと、言ふまでもなく、女子・女系にも王位継承を認めてきたからである。

 さらに歴代国王が他国の王室・名族との婚姻を繰り返してきた結果、諸国の王室などにもイギリスの王位継承者が多数存在するやうになつてきた。ノルウェー・ハーラル5世国王( 第67位)、スウェーデン・カール16世グスタフ国王( 第202位)、デンマーク・マルグレーテ2世女王( 第231位)などはその一例にすぎない。

 女子が王位を継承して、諸国の王族らと結婚すると、その子の代に王朝の交替が起きる。イギリス王室の歴史は王朝交替の歴史でもある。

 我が国は皇位継承において「他姓を交へず」の伝統を堅持してきた。女性皇族が「姓」を有する男性と婚姻して皇位を継ぐことはありえない。皇統は皇統譜に搭載されてゐる皇族しか継承できない。他方、イギリスのやうに、王位継承者が他姓・外国姓に満ちてゐる国もある。

 どちらが好ましいとか、すぐれてゐるとかといふ話ではない。

 ただ、本邦においては、他姓を交へたらその時点で皇統は断絶すると考へられてきたことは間違ひない。

 我が国の皇室の伝統には、どこかのフツーのオバサンが皇位継承権を持つて存在するといふことはありえないのである。

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■報告書から抹殺された「少子化社会白書」資料
 皇室典範有識者会議によるフェミニズムの痕跡隠し


 皇室典範有識者会議がホームページに掲載してゐる報告書から抹殺したもうひとつの資料がある。

 下に掲載したのが、その資料である。 

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 《少子化(出生率低下)の原因とその要因》と題するこの資料は、平成16年版の「少子化社会白書」に掲載されてゐるフローチャートだ。

 このフローチャートは平成17年7月26日に開催された皇室典範有識者会議の第10回会議に提出された資料で、当時の皇室典範有識者会議ホームページに掲載されたものを、やはり私がダウンロードしてパソコンに保存しておいたものだ。

 ところが、この資料、現在の皇室典範有識者会議のホームページの報告書資料集からは削除されてゐるのだ。なぜだらう?
 
 「少子化社会白書」は、平成15年に成立した「少子化社会対策基本法」第9条に規定された「少子化の状況及び少子化に対処するために講じた施策の概況に関する報告書」の別名で、政府が毎年国会に提出することが義務づけられてゐる。平成16年版の「少子化社会白書」は同法にもとづいて作成された第1回目の「少子化社会白書」で、作成者は内閣府。

 「少子化社会対策基本法」は「結婚や出産は女性の自己決定権に基づく」といふ思想に立脚して制定された、「男女共同参画社会基本法」と並ぶフェミニズム立法である。だから「少子化社会白書」は、男女共同参画社会白書と並ぶフェミニズム社会白書と位置づけることができる。

《少子化(出生率低下)の原因とその要因》と題するこのフローチャートは、「少子化社会白書」の基本的な考へ方を図式化したものである。

 少子化の原因・・・・「未婚化の進展」」
           「晩婚化の進展」
           「夫婦の出生力の低下」

 その要因・・・・ 「女性の就率の高まり」
          「できちゃった婚」
          「同棲」
          「育児の孤立」
          「育児への不安」
          「育児・教育コストの負担増」
          「仕事と子育ての両立の負担感」
          「妻の精神的・身体的負担の増大」
          「出産・子育ての機会費用の増大」 
                       等等
 
 皇位継承を検討しようといふ会議に、「できちゃった婚」だの「同棲」だの風俗用語が登場する資料を使はうといふ感覚。フーゾク検討会的なフェミニストのノリで、皇位継承問題を俎上に載せたのが、皇室典範有識者会議報告書といつていい。

《近年、我が国社会では急速に少子化が進んでおり、現行典範が制定された昭和20年代前半には4を超えていた合計特殊出生率(一人の女性が、一生の間に産む子供の数)が、平成16年には1.29まで低下している。》

《しかし、社会の少子化の大きな要因の一つとされている晩婚化は、女性の高学歴化、就業率の上昇や結婚観の変化等を背景とするものであり、一般社会から配偶者を迎えるとするならば、社会の出生動向は皇室とも無関係ではあり得ない。》

《また、女性の社会進出も進み、性別による固定的な役割分担意識が弱まる傾向にあることは各種の世論調査等の示すとおりである。》

《最近の各種世論調査で、多数の国民が女性天皇を支持する結果となっていることの背景には、このような国民の意識や制度の変化も存在すると考えられる。》

《皇位が男系で継承されてきた歴史等を背景として、天皇は当然に男性であるとの観念が国民の間に存在してきたことは事実であろう。それは、男子による家督の継承を重んじた明治の民法の制度や一般社会における家の観念、社会における男性の優位の観念とも結び付いていたと思われる。しかし、他面、現行典範が制定された昭和22年以降、我が国では、家族観や社会における男女の役割分担などをめぐって、国民の意識や制度に様々な変化が生じてきていることも考慮する必要がある。 》

 これらの文章を読むと、皇室典範有識者会議報告書=男女共同参画社会白書=少子化社会白書であることが歴然としてゐる。
 
 有識者会議はなぜ「少子化社会白書」のフローチャートをホームページから削除したのか?

 かれらは「少子化」を報告書の機軸に据へて、報告書から男系男子継承を排除することに成功した。そして、報告書ができあがつた後は、フェミニズムの痕跡を消すことに専念し、証拠のひとつにほかならない「少子化社会白書」資料の抹殺に及んだといふ次第なのである。
■ホームページから消えた<出生率1の場合>
 皇室典範有識者会議報告書の小細工

 前回の記事の続き。

 皇室典範有識者会議報告書の基本構造は単純そのもので、少子化の進展によつて男系男子の皇統は遠からず途絶える、対して女系天皇を導入すれば皇位が「安定」するといふものだ。

 有識者会議のメンバーたちは、女系天皇導入時の「安定」の中身をごまかすために、報告書の中に様々な小細工を弄した。ここでは極め付きの小細工を紹介しよう。
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 下の〔参考15〕「仮定に基づく出生数の試算」といふ表は、現在、皇室典範有識者会議のホームページに掲載されてゐる報告書に添付されてゐる表だ。
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 左側が《現世代を5人と仮定した場合に誕生する女性・女系を含めた子孫の数(試算)》、右側が《現世代を5人(男性)と仮定した場合に誕生する男系男子の数(平均的な値》である。

 さて、次にこちらの表を見ていただきたい。
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 この表は、平成17年7月26日に開催された皇室典範有識者会議の第10回会議に提出された資料である。当時、私が有識者会議のホームページに掲載されたものをダウンロードして保存しておいたものだ。

 この「平成17年版資料」と、現在のホームページに掲載されてゐる〔参考15〕を、よく見比べていただきたい。どこが違ふか?

 出生率が違ふことが分かると思ふ。

 現在の〔参考15〕といふ表には、

 <出生率1.29の場合>
 <出生率1.5の場合>
 <出生率2の場合>

 と3通りの数字が使はれてゐる。

 一方、「平成17年版資料」には、

 <出生率2の場合>
 <出生率1の場合>
 <出生率1.29の場合>

 といふ3通りの数字が使はれてゐる。

 驚くなかれ、「平成17年版資料」には、<出生率1の場合>といふとんでもない数字が掲載されてゐたのだ。しかし現在のホームページの表では、<出生率1の場合>が<出生率1.5の場合>に差し替へられてゐる。

 <出生率1>とは、女性が一生の間に生む子供の平均がたつた1人といふことだ。<出生率1>の国家は現代の世界に存在せず、もしあればその国は近い将来地上から消滅する。要するに<出生率1>はありえない数字なのだ。

 なぜ有識者会議のフェミニストたちは、<出生率1>のやうなありえない数字を持ち出したのか? <出生率1.29>といふ数字を使ひたかつたからである。<出生率1.29>はほぼ最低ラインの数字なのだが、それをごまかすために、<出生率1>といふ数字も掲げて、「もつと低い数字があるんですよ」と錯覚させようといふトリックだ。

 なるべく低い出生率を使ふといふのは、男系男子制度の暗黒の未来を暗示するのに効果的だし、一方で、女系天皇導入時の皇族の爆発的増加をごまかす効果も期待できる。

 有識者会議の終了とともに、<出生率1>の果たした役割も終はつたので、姑息にも<出生率1>を<出生率1.5>に差し替へて、なに食はぬ顔をしてゐる。有識者会議には、この程度のことはやりかねない顔ぶれが揃つてゐる。皇室と国民をたぶらかす詐欺師集団と呼ぶべきである。


◎女系天皇導入すれば500年後には皇族が100万人!
◎皇室典範有識者会議報告書のまやかし 




 皇室典範有識者会議報告書の最大のまやかしは、女系天皇制度を導入したら、皇族数は途轍もない規模に膨れ上がつてしまふといふ事実を隠蔽したことにある。

報告書の代はりに私が教へて進ぜよう。女系天皇制度を導入すれば、皇族の数が500年後にはなんと100万人を突破してしまふのである。そして、600年後には1000万人台に突入する。

 皇族の繁栄する時代、といふより犬も歩けば皇族にあたる時代を迎へるわけだ。そのへんのオバさんがみんな皇族の身分を有してしまふといふ、恐るべき皇族のインフレーション時代! 女系天皇や女性天皇が一般人男子と結婚を繰り返した結果、皇室はフツーの人々の集合体になりはて、「天皇」はもはやフツーの人々の集合体の代表者にすぎない。

 女系天皇制度を導入したら皇族の数が500年後には100万人に膨れ上がるなどといふ事実を知られたら、女系天皇に賛成する人はゐなくなる。だから有識者会議のメンバーたちは必死で隠蔽工作を図つた。

 ここでは、その隠蔽工作のトリックを分析してみたい。

 有識者会議報告書がこの隠蔽工作に利用したキーワード―それは「安定」である。

《象徴としての天皇の地位の継承は、国家の基本に関わる事項であり、制度としての安定性が強く求められる。
 安定性の内容としては、
・ 必要かつ十分な皇位継承資格者が存在すること
・ 象徴としての役割を果たすための活動に支障がないこと
・ 皇位継承者が一義的に決まり、裁量的な判断や恣意の入る余地がないものであることなどがあり、これらを総合的に考慮する必要がある。 》
 
 まず、天皇の地位の継承には、「制度としての安定性」が大事と強調し、「安定性の内容」としては、「必要かつ十分な皇位継承資格者」が存在することであると説く。

 その上で、男系男子継承制度について次のやうに解説する。

《男子・女子の出生比率を半分とすると、平均的には、一組の夫婦からの出生数が2人を下回れば、男系男子の数は世代を追うごとに減少し続けることとなる。実際には、平均的な姿以上に早く男系男子が不在となる可能性もあれば、逆に男子がより多く誕生する可能性もあるが、このような偶然性に左右される制度は、安定的なものということはできない。》
 
 男系男子継承は「偶然性に左右される」から、「安定的」ではない、だからダメ、といふ三段論法で排除するのだ。
     
 では、女系天皇制度を導入すればどうなるか?

《まず、皇位継承資格者の存在を安定的に確保するという観点から見ると、女子や女系の皇族に皇位継承資格を拡大した場合には、男女を問わず天皇・皇族の子孫が継承資格を有することとなるため、男系男子限定の制度に比べれば、格段に安定的な制度となる。 》
 
 女系天皇制度を導入すれば、「格段に安定的な制度」となると説明される。

 しかし、この「格段に安定的な制度」とは一体どのやうな状態を指すのか、具体的な説明が一切ない。

 そして、この文章のあとに、わずかに、以下のやうな(注)がついてゐる。

《(注)(2)(注)と同様の条件で試算をすれば、5人の現世代に対して、男系・女系や男子・女子を問わない場合の子孫の数は、子の世代6.45人、孫の世代8.32人、曾孫の世代10.73人となる。〔参考15〕 》

 この(注)によると、男系・女系や男子・女子を問はない場合の子孫の数はどうなるかといふと、

 ・子の世代 6.45人
 ・孫の世代 8.32人
 ・曾孫の世代 10.73人

 曾孫の世代でも、10人足らず。なるほど、これなら「安定」してゐる、と誰しも思はされる。

 実は、この数字に有識者会議報告書における最大のトリックが隠されてゐるのだ。

 ここで、(注)の冒頭、《(2)(注)と同様の条件で試算をすれば》といふ文言に目をとめてほしい。

(2)(注)とは、前項《(2)「男系継承維持の条件と社会の変化」》につけられた(注)のことで、そこには男系男子継承を維持した場合の試算として、次のやうに説明されてゐる。

《(注)試みに、仮に現世代に5人の男系男子が存在するとして、現在の社会の平均的な出生率(平成16年合計特殊出生率1.29)を前提に、将来世代の男系男子の数を確率的に計算してみると、男子・女子の出生の確率をそれぞれ2分の1とすれば、子の世代では3.23人、孫の世代では2.08人、曾孫の世代では1.34人と、急速な減少が見込まれる(出生率を1.5としても、曾孫の世代では2.11人となる。)。〔参考15〕 》

 存在する男系男子の数が5人、これに平成16年の合計特殊出生率1.29を使つて試算してゐる。

 この同じ数字を、女系・女子に拡大した時にも適用するといふのが、さきほどの(注)だ。もう一度、読んでもらいたい。

《(注)(2)(注)と同様の条件で試算をすれば、5人の現世代に対して、男系・女系や男子・女子を問わない場合の子孫の数は、子の世代6.45人、孫の世代8.32人、曾孫の世代10.73人となる。〔参考15〕 》

 この試算に仕掛けられたトリックは3つある。

 一、なぜ試算のベースに使う人数が5人なのか? 

 二、なぜ試算に使用される出生率の数字が《1.29》なのか?

 三、なぜ曾孫の世代までの数字しか示さないのか? 

 報告書が出された平成17年には皇室には30歳以下の未婚皇族は8人をられた。翌平成18年に悠仁親王が御誕生になつたので現在は9人だ。それなのに、なぜ《5人の現世代》をベースにするのか。

 合計特殊出生率《1.29》も際物の数字だ。皇族の方々の将来を予測するのに、一般社会を対象にした「合計特殊出生率」のやうな数値を使ふのは疑問があるがそれはまあ大目にみよう。問題は《1.29》といふ数値だ。合計特殊出生率とはひとりの女性が生涯何人の子供を生むかといふ推計値である。例へば東宮妃と秋篠宮妃をみれば、おふたりの平均出生率は平成17年時点で1.5。翌年秋篠宮妃が悠仁親王を御出産後のおふたりの平均出生率は2である。

 実は〔参考15〕といふ報告書の添付資料には、女系まで拡大した時のシュミレーションとして、《出生率が2の場合》といふ表が小さく載つてゐるのだ。

 《出生率2の場合》

          5人
 ・1世(子)  10人
 ・2世(孫)  20人  
 ・3世(曾孫) 40人

 しかし、上掲の表は《出生率2》はいいとしても、ベースとなる皇族数が《5人》となつてゐる。そこで、出生率《2》を使ひ、平成17年時点の30歳以下皇族数《8人》をベースにし、《4世》以降まで皇族数を試算してみる。すると、次のやうになる。


         (8人)
 1世       16人
 2世       32人    
 3世       64人 
 4世      128人
 5世      256人
 6世      512人
 7世     1024人 
 8世     2048人
 9世     4096人
10世     8192人
11世    16384人
12世    32768人
13世    65536人
14世   131072人
15世   262144人
16世   524288人
17世  1048576人
18世  2097152人
19世  4194304人
20世  8388608人
21世 16777216人


 1世代30年とすると、17世、約510年後の皇族は104万人。21世、約630年後の皇族数は1677万人。これが《格段に安定的な制度》の正体なのである。日本中皇族だらけ。皇位「安定」どころか、皇室の「崩壊」と呼ぶのにふさはしい。この人たちに皇族費は支給されるのだらうか? 

 では次に、《出生率2》で、現在の30歳以下皇族数《9人》をベースにして将来の皇族数を試算してみよう。

         (9人)
 1世       18人
 2世       36人    
 3世       72人 
 4世      144人
 5世      288人
 6世      576人
 7世     1152人 
 8世     2304人
 9世     4608人
10世     9216人
11世    18432人
12世    36864人
13世    73728人
14世   147456人
15世   294912人
16世   589824人
17世  1179648人
18世  2359296人
19世  4718592人
20世  9437184人
21世 18874368人

 ベースが9人なら、21世、630年後の皇族数は1887万人。22世、660年後は・・・・。

 この数字に気がついたら、国民誰しも驚愕せざるをえない。そこで、この秘密がバレた時の用心に、フェミニスト連中は報告書の中に次のやうな文言をさりげなくしのびこませてゐる。

《このため、現行制度の考え方を踏襲して、天皇・皇族の子孫は世数を問わず皇族の身分を有するいわゆる永世皇族制を前提にした上で、その時々の状況に応じて、弾力的に皇籍離脱制度を運用することにより、皇族の規模を適正に保つこととすることが適当である。 》

 皇位の「安定」のためには皇位継承者が多いに越したことはない。それなのに、なぜ、弾力的に「皇籍離脱制度」を運用して、皇族の規模を「適正に保つ」必要があるのか? 女系天皇制度を続ければ、やがて皇族が増へすぎて「規模が適正に保てなくなる」と告白してゐるに等しい。

 有識者会議報告書は永世皇族制を採用すると宣言してゐる。だからこんな風に皇族数が急膨張することになるのだ。

 なぜかれらが皇族の世数限定制を採用しなかつたかといふと、例へば皇族は5世までといつた世数限定を持ち出すと、逆に皇族の爆発的膨張といふ秘密がバレてしまふからである。「安定安定と言ひながら、なぜわざわざ皇族の世数を限定するの?」と聞かれたら、かれらは答へに窮してしまふ。

 そこで有識者会議のメンバーたちは、女系天皇制度導入が招来する皇族の爆発的膨張といふ恐ろしい状況を一切封殺し、皇位「安定」といふデマゴギーで国民を欺き通すことに決めたのである。

             (この項続く)
 
■寛仁親王殿下の御無念

 薨去された寛仁親王殿下(三笠宮崇仁親王殿下の第一親王)は、皇室に巣食ふ奸臣グループに公然と戦ひを挑まれた勇気ある皇族だつた。

 奸臣グループが皇室典範有識者会議を発足させ女系天皇擁立に向けた動きが急展開する中、寛仁親王殿下は皇族方の中でただお一人、これらの策動を公然と批判する声をあげられた。

 有識者会議が中間報告を出して、事実上女系天皇容認を打ち出したのが平成十七年七月。その直後から寛仁親王は次々に雑誌等のインタビューに応じられ、女系天皇反対の御意見を表明された。

 平成十七年九月三十日 柏朋会会報      
 平成十八年一月三日 毎日新聞インタビュー 
 平成十八年二月号 日本の息吹      
 平成十八年二月号 文藝春秋       
 平成十八年三月号 正論         

 寛仁親王は女系天皇反対論を披瀝するに至つた御覚悟を次のやうに説明してをられる。(以下、引用記事はすべて「日本の息吹」)

《本来我々皇族は黙っていないといけないことだと思いますが、にもかかわらず私がこういうインタヴューに応じたり、かなり積極的に発言しているのは国家の未曾有の大事件と思うので、あえて火中の栗を拾いに行っているようなきらいがあります。》

 さらに、国民は誤つた情報操作によつて動かされてゐると警鐘を鳴らす。

《皆さんが民主主義を守っていこうとなさるのなら、個々人がしっかりして戴かないと困ります。皆さんが考えに考え抜かれたうえで結論がAになろうがBになろうが、我々にはそれに反対する理由はありませんが、もし情報が全くゼロの中で○か×かとやられたらたまりません。その意味で、この記事は出来るだけ広く読まれて欲しいし、真剣にメンバーの皆さん方が考えて下さって、また周りの方々に広めて運動体にして戴いて、本当の世論を形成して戴きたい。女帝に七十何パーセント賛成しているというような世論調査の結果は、まだそういう正しい情報が行き渡っていないからではないでしょうか。ですからしっかりした意見をもって皆さんが声を上げてくださることが今一番必要なのではないでしょうか。》
 
 続けて寛仁親王は、政治との絡みについてかう言はれる。
 
 《いまだかつて私は講演など公衆の面前ではいっさい政治に触れることは言っておりませんが、この典範問題は単純な政治問題ではなく、日本国の歴史が変わるか否かという大事と理解しています。ですから、今は遠慮なく皆さんの前でも発言するべしと現在は思っていますが、ひとたび法案が国会にかかってしまえば、皇族は政治的発言を封じられてしまっているわけですから、もう私は何も話せません。 》

 これは、皇族の政治的発言と批判されるのを承知の上で、自分は法案を通さないために発言してゐる、といふ大胆極まりない表明である。

 寛仁親王は奸臣グループに乗せられて皇室典範改悪に向けて突つ走る小泉首相の首相の姿もよくみえてゐた。

《皆さんが考え得ることは二つあると思います。一つは総理大臣が何としてでも任期中にこの大きな変革を自分の手でなしとげたいという気持ちがもし仮にあったとしたら、有識者会議はご自分のお作りになった私的諮問機関なので、万難を排してこの線でいけと指示を出しているという可能性が考えられます。》

 羽毛田長官がささやき回つた「女系天皇は天皇の意思である」といふデマについても、次のやうに暴露してゐる。
 
《もう一つは、これは絶対にあり得ないと私は思いますが、色々な人に聞くと、「これは陛下のご意思である」と言っている人がいるそうですね。周りの人たちが陛下のお気持ちを勝手に斟酌し、解釈してしまうことは、かつてのご訪中の時の二番煎じです。平成四年に陛下が中国をご訪問になった時に、私と私のブレーン四名は、二国間が平和な状況にないときに陛下に親書のために行っていただくことはまかりならんと反対論を唱えました。しかし、政治家や外交官が、「これは陛下のご意思である」と押し切って結局まとめ上げてしまったことがありました。》

《今度のことも、私は陛下と直接お話をしていませんが、陛下のお立場でああせよ、こうせよとおっしゃるわけがない。私は身内として陛下のお立場を考えた時に、陛下がおっしゃるとすれば、確かにこのまま行けば本当に先細ってしまうわけですから、平成の御代のうちに何らかの皇室典範の改定ということは必要であるから、きちんとしておいて欲しいということを宮内庁長官他に発言されたであろうことは想像に難くないと思います。ただし(女系だとか長子優先だとか)具体的におっしゃるわけがないということは声を大にして言っておきたいですね。陛下は、そういう細かな点を指示なさるようなご性格の方ではないということを私は良くわかっていますから、全く心配していません。総理がどうおっしゃったのかは知りませんが、陛下がどうこうおっしゃったということはまずあり得ないと思います。 》

 寛仁親王の御発言に対して、羽毛田が口封じに動いたのが、平成十八年一月十二日の記者会見。

《今年になつていろいろ(発言が)出てゐるので憂慮せざるを得ない。正直『困ったな』といふ気
持ちが強い》《皇室の方々が発言を控へていただくのが妥当》

 一月十二日はちやうど、歌会始めが皇居において営まれた日。例の秋篠宮・同妃のこふのとりのお歌が発表された日である。

 天皇秋篠宮による第三子作戦が着々と進行してゐて、秋篠宮・同妃が国民にシグナルを送られてゐたのに、このマヌケ長官はまつたくそのことに気づかず、寛仁親王の口封じに大わらわになつてゐたのだ。

 マヌケ長官は秋篠宮妃の御懐妊が二月七日に明らかになつて、天下に恥をさらすことになる。

 悠仁親王殿下の御誕生、寛仁親王殿下の御努力などによつて、小泉内閣時の女系天皇擁立計画はいつたん挫折せしめることができた。

 しかるに、昨年来、奸臣グループは「女性宮家」と名を変えて女系天皇擁立の策動を再び活発化させてきた。しかし、寛仁親王はもはや奸臣グループの策動に反対の声をあげることはできなかつた。既に声を失はれ、癌細胞に全身を蝕まれてゐたからである。殿下の御無念いかばかりかと拝察される。

 寛仁親王殿下は、平成の御世において時の権臣に反旗を翻した勇気ある皇族として永遠に記憶されなければならない。
■お世継ぎ御誕生を無視した宮内庁長官退任会見の不敬

 これ、もしかしたら日本の歴史に残る記者会見かもしれないな。そんな思ひを抱かされたのが羽毛田宮内庁長官の退任の記者会見だつた。

 長官在任七年間の思ひ出を聞かれて、「悠仁親王殿下の御誕生でした」と答へてくれるかと思つたら、悠仁親王のヒの字も出てこない。天皇皇室の万般を統括する宮内庁長官が、その在任中(就任二年目)に皇室のお世継ぎが誕生されたといふのに、そのことにまつたく言及しないとは。これはもうほとんど不敬と呼んでいい事態ではないのか? 

 皇位継承問題に関しては、記者から、「皇統問題などで天皇陛下に今でも心労はあると感じるか」と聞かれ、「解決されたとは必ずしも言へない」と答へたのみ(らしい。会見全文まだ入手してないので)。

 もしかして、記者から「在任中、一番残念だつたことはなんでした?」と聞かれたら、「悠仁親王の御誕生」と答へたかもしれないな。(笑) 

 これはまあ冗談だが、悠仁親王殿下の御誕生が羽毛田長官のトラウマになつてゐることは間違ひあるまい。皇室典範改悪の姦計が秋篠宮妃御懐妊によつて暗礁に乗り上げたのみか、御懐妊の事実を天皇秋篠宮から最後まで秘されたといふ屈辱。

 このトラウマが、彼のその後の皇太子攻撃の伏線になつてゐることは前に書いたから繰り返さない。

 羽毛田長官の退任会見の「異常ぶり」を知るために、彼の前任である湯浅利夫長官の退任会見と読み比べてみるのもいいかもしれない。

 平成十七年四月一日、湯浅長官は退任にあたつて概略、以下のやうに語つたと報じられてゐる。

《自分を含めて過去三代の長官は、お世継ぎ問題を考へて、東宮夫妻の海外訪問を抑制した》

《(皇太子の「人格否定」会見に関連し)東宮にはどうか機会をお作りになり、天皇皇后両陛下との意思疎通をおはかりいただけるやうに》

《(東宮妃について)お元気な姿をお祈り申し上げたい。皇室のお世継ぎの問題は誠に重いものだつた。東宮・東宮妃のお気持ちに沿ひ切れぬことがあつたのは心苦しい》

《両殿下の公式外国訪問は格が高く、早い決定が必要。先任者も、妃殿下の御懐妊への期待の中で、おのずと慎重にならざるを得なかつた。決定から訪問までの準備期間としてせめて半年くらいは猶予期間をいただきたい》

《秋篠宮御夫妻に三人目のご出産を強く希望したいと語つたことは、皇位継承者が少なくなつてゐる現状を憂うるあまりに、強く希望したことが論議を呼んでしまひ、誠に申し訳なかつた》

 ほとんど、東宮のお世継ぎ問題に終始してゐる。それにしても率直に語つたものである。

 湯浅長官の発言(三人目のご出産を希望など)には当時さまざまな批判があつたが、今、この会見を読んで思ふことは、湯浅氏は至極真つ当な宮内庁長官だつといふことだ。宮内庁長官の責にある人間が皇室のお世継ぎの心配をするのは当然ではないのか。

 はつきりしてゐるのは、湯浅長官は秋篠宮家の男子誕生を望んでゐたといふことであり、その後任の宮内庁長官は秋篠宮家の男子誕生を望んでゐなかつたといふことである。どちらが天皇の意に沿うてゐたかは説明するまでもあるまい。















■「歴代天皇の希望を尊重して土葬か火葬かを決めたは」嘘

 読売新聞をくくっていたら、「天皇の土葬 魚屋が奔走」という大きな見出しが目に飛び込んできた。「古今をちこち」と題するコラムで、筆者は磯田道史、「日本史家」とある。

 《天皇の土葬は約三百六十年前の後光明天皇から連続している》が、それは《天皇に魚を献じていた魚屋の八兵衛が「玉体を火葬するのは勿体ない」と奔走。火葬を阻止して土葬とした》以来のことであると。

 天皇土葬化の経緯をもつと知りたいと、図書館から『後光明天皇外記』を借り出したさうで、借り出す苦労話を延々と述べてから、『後光明天皇外記』を読んで分かつたことは、後光明天皇は「仏教が大嫌い」「日本は朝廷が統治するものという思想の持ち主」「思想は反幕・神仏分離・王政復古」だといふ(実はこんなこと、そのへんの歴史書にみんな書いてある)。
 
 続けて説明する、《こんな仏教嫌いの天皇を仏教式に火葬するのはいけないと例の魚屋が動いたようだ。「疱瘡で死んだ死骸は庶民も火葬にしない。天皇を火葬にすれば天下国家に災いが起きる」。魚屋がそう脅したら僧侶も折れたという》。

 次の後西天皇は、生前の希望を調査したところ、《側近だった公家が「遺言はないが平生から他人の事について火葬はよくないと仰せであった」と証言。二回続けて土葬となったので以後、天皇の土葬が慣例化した》のだと。で、結論は、《江戸時代にもご本人の希望を尊重して土葬か火葬かを決めた。魚屋さんには悪いが、天皇陛下は胸を張って火葬のご希望を通されればよいと思う》

 何も知らない人がこれを読んで、「ははあ、さうか。天皇はみなさん火葬土葬などを自由にやつてきたんだ」と信じ込んでしまつたら困るから言ふが、「歴代天皇ご本人の希望を尊重して土葬か火葬かを決めた」なんて嘘である。エセ尊王家のデマゴギー。

 天皇の火葬土葬などの葬送方法、陵墓の規模・形式など、別に時の天皇が自由意思で決めてきたわけではない。かといつて天皇の御意思が反映されなかつたといふことでもない。そんな単純なことではないのだ。

 では、デマゴギーのお好きな日本史家さんに借門したい。江戸時代最後の天皇であらせられた孝明天皇は、名実ともに土葬(それまでは形式は火葬、実際は土葬)され、古式にのつとつた円墳の後月輪山陵に葬られたわけだが、これは孝明天皇の御意思だつたのか? どんなデマグーグでも「イエス」」と答へることはできないだらう。なにしろ孝明天皇はある日突然、毒殺されてしまつたのだから。

 孝明天皇の葬送を上古の形式に復させたものは、天皇の御意思を超えた、古代に直結するといふ時代意思のあらはれといふしかない。続く明治天皇、大正天皇、昭和天皇の陵墓もさういつた大きな歴史の流れの中で営まれたのである。

 エセ尊王家たちはなぜか天皇の火葬をうれしがつて語る。そして馬鹿のひとつ覚えのやうに「昭和天皇には二十六億円、香淳皇后には十八億円をかけてそれぞれ山陵が営まれた」と山陵築造に要した費用が「巨額」(!)であることを強調する。

 京都の泉涌寺(せんにゅうじ)域内にある月輪陵などには室町から江戸期にかけての天皇皇族の墓塔が奉葬されているが、そこを訪れた人は「余りにも簡素で粗末」と感想をもらす。これら簡素で粗末な陵墓は、簡素を希望する歴代天皇の御意思にもとづくものなのか? さうではあるまい。それは皇室が衰微し、歴代ごとに皇陵を造営する能力を失つた反映にすぎない。

 天皇に希望通り簡素な陵墓をと叫ぶ輩は、私には皇室の衰微を願つてゐるとしか思はれない。


プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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