Archive
●「戦後70年談話」などやめてしまへ(10)

 
 日中歴史共同研究を発足させた安倍首相
 日中歴史共同研究で侵略史観を展開した北岡伸一
 


 北岡伸一といふ人物は安倍首相の外交安保ブレーンといふことになつてゐる。北岡の経歴はまさしくそれを物語る。

 第一次安倍政権の時、安倍首相は北岡伸一に3つものポストを与へた。

 ・日中歴史共同研究の日本側座長
 ・首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の座長代理
 ・日本版NCSを検討する「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」議員(議長は首相)


 このうち、戦後70年談話問題を考へる上で重要な意味を持つのは、日中歴史共同研究の日本側座長といふポストだらう。

 日中歴史共同研究が日中政府間で最終合意に達したのは、安倍首相が訪中して胡錦濤と首脳会談を行つた平成18年10月のこと。日中友好首脳会談の実りある成果のひとつとして喧伝されたのが日中歴史共同研究の合意(年内発足)で、日中歴史共同研究の日本側座長に任命されたのが北岡(当時東大教授)だつた。

 前にも述べたやうに、日中首脳会談を成功させるために、安倍首相が中国に差し出したのが「日本の植民地支配と侵略」を認める国会答弁といふお土産。従つて、日中歴史共同研究は安倍首相の叩頭外交の産物といへなくもない。

 そんな背景があるからして、日中歴史共同研究が安倍叩頭外交の尻尾を引き摺つてゐたことは当然の成り行きだつた。日本側が中国侵略を認めることが共同研究の前提とされたのだ。

 共同研究は3年後に終了したが、その後、北岡は読売新聞に寄稿して嘯いた。

《中国側は、日本側が日本の侵略を認め、南京虐殺の存在を認めたことが共同研究の成果だといっている。しかし日本側はそんなことは共同研究を始める前から当然のことと考えていた。》

《実際、日本の歴史学者で、日本が侵略をしていないとか、南京虐殺はなかったと言っている人は、ほとんどいない。》

 ハッタリ学者の面目躍如たる文章。

 中国側が、日中歴史共同研究で日本の学者達も中国侵略を認めたと、早速政治宣伝に利用し始めたことに対する、日本向けの言ひ訳が半分。あとの半分は、歴史認識問題ではこのオレが日本の学者を代表してゐるといふ自己宣伝である。

 このハッタリ学者は、日中歴史共同研究が中国の都合のいいやうに利用されても、歯牙にもかけない。

 このやうな考への持ち主が、戦後70年談話を検討する有識者会議のリード役として起用されたのだ。起用したのは安倍首相である。

 安倍首相は最終的に戦後70年談話に侵略の文言を入れるつもりはない。しかし、北岡の存在は中国へのエクスキューズにはなる。

 有識者会議に日中歴史共同研究の日本側座長をつとめた北岡さんを入れたぢやありませんか。北岡さんは中国侵略を認めてゐる立派な学者です。ですから私も侵略を別に否定したわけぢゃありませんよ。・・・・









スポンサーサイト
●「戦後70年談話」などやめてしまへ(9)

 
 北岡伸一「侵略」発言は安倍官邸公認のパフォーマンスである


 ハッタリ学者によるパフォーマンス―戦後70年談話を検討する有識者会議(「21世紀構想懇談会」)座長代理・北岡伸一による「侵略」発言騒動を眺めてゐると、そんな印象を受ける。このパフォーマンス、なかなか手が込んでゐて、一見その場の放言のやうにみせながら、実はこれ安倍官邸公認のパフォーマンスなんですな。

 北岡がパフォーマンス発言を披露したのは、講師として出席した3月9日のシンポジウム。

「私は安倍さんに、日本は侵略した、と言つてほしい」
と大上段に振りかぶり、
《日本全体としては侵略して、悪い戦争をして、たくさんの中国人を殺して、誠に申し訳ないといふことは、日本の歴史研究者に聞けば99%さう言ふと思ふ》
《日本は侵略戦争をした。とてもひどいことをした。明らかです》
と、日本悪玉史観の見本みたいな言辞を述べ立てた。

 北岡発言を知つた愚民保守(ネットウヨクを含む)から早速、
「なんでこんな自虐史観の持ち主を有識者会議に入れたんだ」
「座長代理を罷免しろ」
と非難囂々。

 しかし、シンポジウムでの北岡発言がその場限りの放言なんかでなかつたことは、その4日後に開かれた21世紀構想懇談会の第2回会合において明らかになる。

 会議の冒頭、日本近現代史の講師役として登場したのが、他ならぬ北岡・座長代理。北岡はレジメをもとに、日本の戦争について長々と講釈をたれ、日中戦争のくだりでは「当時の価値観からみてもこれは侵略であつた」と日本悪玉史観を堂々と開陳した。

 会議は、北岡講釈を土台にして意見が交換される仕組みになつてゐて、懇談会とは名ばかりの事実上の北岡教室。座長はお飾りだから、会議を仕切つてゐるのは事実上北岡・座長代理。

 どうしてこのやうな自虐史観の持ち主に有識者会議をリードさせてゐるのか? 安倍官邸にとつて都合がいいからである。愚民保守たちは夢にも思はないだらうが、一連の北岡発言は、官邸の「想定内」といふより、官邸との暗黙の了解の下になされてゐる。

 戦後70年談話作成にあたつての北岡・座長代理の役回りは、いつてみれば「ガス抜き」みたいなものだ。安倍首相が有識者会議にオトモダチばかり集めて、自分に都合のいい談話をつくらうといるといふ内外からの批判に対するガス抜き。

 北岡伸一といふ人物は、権力寄生虫的ハッタリ学者である。頭のよくない政治家を内心馬鹿にしながら、政治家への媚びを忘れず、時の政権が喜びさうな三百代言をいくらでも提供してやり、政治権力に関はることに快感と生きがひを覚える権力寄生虫学者。

 この権力寄生虫的ハッタリ学者と安倍首相の関係を考察してみると、北岡パフォーマンス発言のカラクリが手にとるやうにみえてくる。

●「戦後70年談話」などやめてしまへ(8)

 過去の罪科をうやむやにしたい安倍首相が思ひついた猿知恵



 「あのさ、やつぱりさ、あの時、日本の植民地支配と侵略を認めたのはまづかつたよね」

 
 総理官邸の主の性格を特徴づけるのは、思慮分別のなさとこの軽さだ。戦後70年談話問題もきつとこんな調子で、側近に語られたに違ひない。あの時とは、もちろん第一次安倍政権の時、国会でやらかした「植民地支配と侵略」発言のこと。

 「戦後70年談話」に関して安倍首相は、「歴史認識については村山談話、小泉談話をはじめ歴代内閣の見解を引き継いでゆく」と繰り返し述べてゐる。

 村山談話を憎悪してやまない愚民保守たちは、安倍首相のこんな発言が我慢ならないらしい。

 でも、安倍首相としては、これしか言ひ様がないんだよね。なぜなら、自分も前に総理大臣だつた時、「我が国は、かつて植民地支配と侵略によつて、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与へた」と明言してしまつたのだから。

 安倍首相が「歴代内閣の見解を全体として引き継いでゆく」といふ時の「歴代内閣」の中には、第一次安倍内閣も含まざるをえない。だから彼としては「歴代内閣の見解を引き継いでゆく」としかいいやうがないのだ。自分も総理大臣として「植民地支配と侵略」発言の前歴がある以上、今さら村山談話だけを特例扱ひするわけにもいかない。

 日中首脳会談を成功させたいばつかりに、「植民地支配と侵略」発言までサービスして中国に媚びを売つたのに、第一次政権はまたたく間に崩壊してしまひ、第二次政権以降も中国は事あるごとに歴史認識問題を持ち出してくる。安倍首相の心中を察すれば、「あの時、日本の植民地支配と侵略を認めたのはまづかつたよね」といふのが正直なところだらう。

 しかし、一国の総理大臣が今さら「あの植民地支配と侵略発言は間違つてました。取消します」なんていへるわけもない。

 植民地支配と侵略発言をやらかした自分の過去の罪科を帳消しにする方法はないものだらうか? ある。戦後70年談話から「植民地支配と侵略」といふ表現をオミットすること。でも自分の一存でそれをやれば、「お前もかつて総理大臣としして侵略を認めたではないか」といはれてしまふ。

 そこで、安倍さんが考へついたのが、第三者機関にゲタを預けるといふアイデア。その上で、「未来志向」とかなんとか理屈をつけて、「植民地支配と侵略」を省略する。文句をいはれたら、「談話は有識者会議の検討をふまへたものでありまして」と逃げればいい。

 自分の過去の罪科をうやむやにしつつ、自分に責任が及ばないやうにする。これぞ安倍流猿知恵作戦。グッドアイデアといひたいところだが、この猿知恵がやがて「戦後70年談話」騒動を招くことにならうとは。
●「戦後70年談話」などやめてしまへ(7)

 訪中の手土産として送られた安倍首相の「植民地支配・侵略」メッセージ

 


 話は第一次安倍内閣の発足時にさかのぼる。

 小泉総裁の任期満了に伴ひ実施された平成18年9月20日の自民党総裁選挙で、安倍晋三は麻生太郎と谷垣禎一に大差をつけて勝利。安倍は9月26日に開催された臨時国会で第90代内閣総理大臣に指名される。

 首相就任から僅か一週間後の10月2日。衆議院本会議の質疑の中で、安倍首相の口からとんでもない発言が飛び出す。

《さきの大戦をめぐる政府としての認識については、平成七年八月十五日及び平成十七年八月十五日の内閣総理大臣談話等により示されてきているとおり、我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたというものであります。》

 「植民地支配と侵略」。これが先の大戦に関する政府としての認識だと安倍首相は明言したのである。

 とんでもない発言と言つたのは、安倍晋三といふ政治家にとつてとんでもない発言といふ意味である。だつて、自民党で自虐史観見直し運動の先頭に立つてきた政治家が、それまでの主張を180度転換させてしまつたのだから。

  安倍首相の「植民地支配と侵略」発言を聞いて驚愕したのが、安倍政権実現を目指して彼の周囲に結集してゐた保守派知識人たち。「植民地支配と侵略? 安倍首相のこの発言は一体なんなんだ!」

 翌10月3日の衆議院本会議。安倍信者たちをさらに憤激させる発言が、安倍首相の口から飛び出す。

《いわゆる従軍慰安婦の問題についての政府の基本的立場は、平成五年八月四日の河野官房長官談話を受け継いでおります。》

 
 それまで従軍慰安婦の河野官房長官談話に数々の疑念を表明をしてきたはずの安倍が首相の座につくや、政府は河野官房長官談話を受け継いでゐるとあつさり言つてのけたのである。

 安倍首相の「電撃訪中」が発表されたのは翌10月4日のこと。安倍首相は10月8日に北京を訪問、9日にソウルを訪問して、日中首脳会談、日韓首脳会談をそれぞれ開催。「安倍総理が就任直後に両国を訪問して、首脳同士が胸襟を開いて話し合いの機会を持つことは、両国との未来志向の信頼関係の強化に繋がる」と下村官房副長官はプレス発表を読み上げた。

 結論からいつてしまふと、安倍首相の「植民地支配と侵略」発言は直後に予定されてゐた中国訪問の「お土産」だつた。

 もつと分かりやすく言ふと、安倍首相は日中首脳会談を成功させる代償として歴史認識問題を中国に「売つた」といふことになる。
 
 念願の首相の座を射止めた安倍の野望。それは自民党総裁を2期6年つとめるといふ長期政権への野望だつた。それには就任早々、ホームランをかつとばす必要がある。電撃訪中をして、小泉内閣の5年間に冷却し切つた日中関係を打破して長期政権の礎を築かう。

 
 外務省事務次官の谷内正太郎は、自民党総裁選の前から安倍の意を受けて水面下で動いてゐた。今、国家安全保障局長をつとめ安倍首相の外交ブレーンでもある谷内は、安倍が官房副長官時代から気心の通じた外務官僚である。

 谷内は9月下旬、日中外務当局の「日中総合政策対話」出席のため訪日してゐた中国外交部副部長(外務省次官)戴秉国と極秘に会談し、安倍訪中問題の詰めに入る。日中総合政策対話が終了して2日後の9月28日、中国側から「訪中を受け入れる」といふ回答が届く。

 しかし、中国側は安倍訪中を受諾したものの、その後も、首脳会談の内容や発表の案文などで激しい要求を日本側に突き付けてくる。日中首脳会談の発表日程はズルズル引き伸ばされた。

 そこで安倍首相は決意する。手ぶらでは、胡錦濤は歓迎してくれない。日中首脳会談を成功させるためには、対中強硬外交の旗を振つてきたこれまでの安倍ではないといふメッセージを送る必要がある。10月2日の衆議院本会議における「植民地と侵略」発言と、3日の「河野官房長官談話継承」発言こそが、そのメッセージだつた。中国側はこれを安倍首相の「誠意」と受け止めて、発表日程が急遽決まり、4日に両国が正式発表―これが安倍首相の「植民地と侵略」発言の裏事情である。

 日中関係に新たな局面を切り拓いた総理大臣・・・として歴史に名をとどめるはずだつたのに、閣僚スキャンダルなどが相次いで第一次安倍内閣は短命内閣として討ち死にしたのは周知の通り。そして、安倍退陣のあとに、中国への手土産代はりに発せられた日本国総理大臣の「植民地支配と侵略」メッセージだけが残された。
 
 安倍首相が「植民地支配と侵略」発言に踏み込んだパターンは、誰かの場合とよく似てゐないだらうか。さう、小泉首相がアジア・アフリカ会議で行つた「植民地支配と侵略」お詫びスピーチだ。あれも、どうぞ日中首脳会談を開催して下さいと中国に阿つて差し出されたプレゼントだつた。

 小泉自虐スピーチが平成17年で、安倍自虐発言が平成18年。日本国総理大臣が2年続けて中国に対し、日中首脳会談と引き換へに歴史認識問題を「売つた」ことを日本国民は忘れるべきではない。








●「戦後70年談話」などやめてしまへ(6)

 首脳会談開催のために中国に差し出した小泉謝罪スピーチ



 小泉首相が乱発した「植民地支配と侵略」発言の中でも極め付きは、平成17年(2005年)4月22日、インドネシアで開催されたアジア・アフリカ会議(A・A会議、バンドン会議)50周年記念首脳会議で行ったスピーチだらう。

《我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、我が国は第二次世界大戦後一貫して、経済大国になっても軍事大国にはならず、いかなる問題も、武力に依らず平和的に解決するとの立場を堅持しています。》

 「日本の植民地支配と侵略」のお詫びを表明する場として小泉首相が選んだのが、驚くべきことにアジア・アフリカ会議首脳会議なのだつた。

 1955年にインドネシアのバンドンで開催されたのがアジア・アフリカ会議で、非白人国による初めての国際会議といはれ、第二次世界大戦後に欧米諸国の植民地支配から独立したアジアとアフリカの諸国を中心に29ヶ国が参集した。29ヶ国の中には日本も含まれてゐた。

 アジア・アフリカ会議から日本が正式に招請された時、占領から独立して3年目のこととて、政府部内では、アメリカからにらまれやしないかといふ心配と、アジア諸国の対日感情を懸念して、参加すべきかどうか意見が分かれた。しかし、日本代表団が会議に参加してみると、すべて杞憂だつたことが分かつた。

 参加国の代表たちは「よくきてくれた」と日本代表団を歓迎し、彼らの口から出たのは、「日本がアジアのために戦つてくれなかつたら、我々はヨーロッパ諸国の植民地のままだつた」といふ日本への感謝の言葉だつた。

 民族自決と反帝国主義、反植民主義を掲げたアジア・アフリカ会議の参加国から、日本はアジア・アフリカ諸国を苦しめた帝国主義国の一員とみなされてゐなかつたことは明白である。だからこそアジア・アフリカ会議に招請されたのだ。

 アジア・アフリカ会議は第一回会議のあと途絶してしまひ、バンドン会議50周年を記念して開催されたのが2005年のアジア・アフリカ会議首脳会議だつた。

 バンドン会議の沿革を少しでも理解してゐれば、この会議で、日本の総理大臣が植民地支配と侵略を謝罪することがどれほど場違ひで愚かなことか分かる。

 アジア・アフリカ会議で唐突に日本侵略謝罪を持ち出した小泉首相の真意はなにか? 日本の侵略をお詫びすればアジアの首脳たちは喜ぶとでも思つたのだらうか?

 小泉首相が謝罪スピーチを聞かせたかつた相手はただ一国。それは中国で、謝罪スピーチの目的は中国向けのアピールだつた。

 インドネシアでは胡錦濤国家主席との日中首脳会談が予定されてゐたが、この頃、中国では日本大使館が破壊されるなど反日暴動が激化してゐて、首脳会談の開催も危ぶまれてゐた。日本側は首脳会談で、小泉首相の靖国参拝を問題化しないことを最後の一線として、中国側と折衝を続けたが、交渉は難航した。

 そこで日本が中国への懐柔策として考へついたのが、アジア・アフリカ会議首脳会議の席で、小泉首相が日本の植民地支配・侵略のお詫びスピーチをしてみせるといふプラン。

 小泉首相が謝罪スピーチを行つたのが4月22日。これを受けて開かれた日中間の交渉は同日深夜にまでもつれこみ、最終的に翌23日に首脳会談を開催することで合意した。

 中国側としても、靖国参拝をテーマにしないのなら首脳会談は中止すると強硬姿勢でいどみたいところだつたが、中国国内の反日暴動が胡錦濤政府批判に転じようとしてゐたこともあつて、形だけでも日本との首脳会談を行つた方が得策と判断。謝罪スピーチまでしてみせた小泉首相の叩頭姿勢をひとまず外交上の戦果として、首脳会談には渋々応じた。

 この時の首脳会談たるや、対中叩頭外交の見本みたいなもので、小泉首相は胡錦濤が宿泊するジャカルタのホテルまでノコノコ出向かされるといふ体たらく。日本大使館や日本企業の施設がおびただしく破壊されたといふのに、損害の補償を求めるどころか、満足な主張さへせず、終始高圧的な胡錦濤に軽くあしらはれて終了。

 小泉首相のインドネシア訪問で、記憶にとどめておいてもらひたいことがふたつある。ひとつは、小泉首相の植民地支配・侵略のお詫びスピーチが、靖国参拝問題と引き換へになされたものであること(侵略を謝罪するかはりに、靖国問題には触れないでもらひたい)。もうひとつは、植民地支配・侵略のお詫びスピーチが中国向けになされたものであること。

 この小泉首相の対中叩頭姿勢を忠実に引き継いだのが第一次安倍内閣である。
●「戦後70年談話」などやめてしまへ(5)

 靖国参拝と引き換へに「植民地支配・侵略」発言を乱発した小泉純一郎



 我が国の歴代首相の中で在任中に、「日本の植民地支配と侵略」といふ談話を最も多く発したのは誰か?

 村山富市か? 違ふ。細川護熙か? 違ふ。鳩山由紀夫か? 違ふ。菅直人か? 違ふ。答へは、小泉純一郎。

 中国韓国からの圧力にもめげず、首相在任中に5回も靖国神社に参拝した気骨あるナショナリスト―これが頭の不自由な愚民保守たちが小泉純一郎に対していまだに抱いてゐるイメージ。

 この一見ナショナリスト風、一見国士風政治家が首相首相在任中、どれほど「日本の植民地支配と侵略」といふ言葉を乱発したか、そして「日本の植民地支配と侵略」史観を世界中に喧伝することにどれほどの貢献をしたか、愚民保守たちはまるで知らないし、知ろうともしない。 

 たしかに村山も細川も鳩山も首相在任中に植民地支配・侵略談話を発してゐる。しかし、村山の場合は首相在任期間が一年半、細川や鳩山に至つてはわずか9か月余りなので、彼らにとつては侵略発言をしたくても残念ながらそのチャンスは少なかった。

 そこへゆくと、小泉は首相在任期間が5年。この間に出した植民地支配・侵略発言・談話は数知れず。世界各国への波及効果は村山や細川ら短命総理の比ではない。

 小泉がなぜ、植民地支配・侵略発言を乱発したか? それは小泉の靖国神社参拝と大いに関係がある。

 8月15日の靖国神社参拝を公約に掲げて自民党総裁選を勝利した小泉は平成13年4月、首相に就任。ところが、はじめて迎へる8月15日を前に中国の顔色を窺つて右往左往し、結局、2日前倒しして8月13日に靖国神社を参拝した。そして、靖国参拝に際して小泉首相が出した談話がこれ。

 《この大戦で、日本は、わが国民を含め世界の多くの人々に対して、大きな惨禍をもたらしました。とりわけ、アジア近隣諸国に対しては、過去の一時期、誤った国策にもとづく植民地支配と侵略を行い、計り知れぬ惨害と苦痛を強いたのです。》

 靖国参拝に対する中国の反発を和らげるために、中国に差し出した詫び証文、それがこの植民地支配・侵略談話だ。自分は公約があるから靖国神社に参拝するけれど、そんなに怒らないでよ、この通り、日本の植民地支配と侵略は認めてるぢやないか。

 つまり、小泉の靖国参拝と「日本の植民地支配と侵略」談話はセットになつてゐるのだ。

 小泉の靖国参拝は、愚民保守向けのパフォーマンスである。郵政解散がB層向けのパフォーマンスなら、靖国参拝はB層より低能レベルの愚民層向けパフォーマンスといへようか。小泉は靖国神社を参拝することの愚民層向け効果を実によく知つてゐた。だから、中国の機嫌を損ねないやうに参拝日をいつにしようか右往左往しながらも、毎年靖国への参拝を続けた。靖国参拝を続けるために、犠牲に供したのが戦争史観だ。靖国参拝に参拝するたびに小泉は植民地支配侵略発言を繰り返すことになる。

 日本国内の愚民保守向けに靖国参拝パフォーマンスを見せつつ、中国には謝罪の限りを尽くす。これが小泉政権の基本スタンスだつた。小泉は靖国参拝以外では、外務省のチャイナスクールのいいなりだつた。そのいい例が、靖国参拝から二か月後に訪中した小泉首相の中国人民抗日戦争記念館訪問だらう。記念館訪問後、小泉首相は語つた。

《今日こうしてこの記念館も拝見させていただきまして、改めて戦争の悲惨さを痛感しました。侵略によって犠牲になった中国の人々に対し心からのお詫びと哀悼の気持ちをもって、いろいろな展示を見させていただきました。》

 日本悪玉史観の総本山を訪問して、「拝見させていただきまして」なんて言葉に、中国に対するへりくだつた姿勢が象徴的にあらはれてゐる。おまけにここでも、「侵略」のリップサービス。中国と外務省チャイナスクールの書いたシナリオ通りに行動することに何の疑問も抱いてゐない。愚民保守たちはなんでこんな男を国賊!と呼ばなかつたのか不思議でならない。


●「戦後70年談話」などやめてしまへ(4)


 「10年ごとに出す必要もない」といふ自虐談話先輩首相のお言葉




 小泉元首相が、戦後70年談話について報道陣から「総理としてどうあるべきか」と聞かれ、「別に10年ごとに出す必要もないと思ふ。騒ぎすぎだ」と答えたといふ。

 「別に10年ごとに出す必要もないと思ふ」といふ小泉氏の意見は、何の前提もなければ、全く正しいとしかいいやうがない。「戦後70年談話」などやめてしまへ、といふ当コラムの趣旨にも合致する。

 ただ問題なのは、「別に10年ごとに出す必要もない」と言つてゐる人物が、戦後60年にあたり、戦後50年に出された村山自虐談話をなぞつた談話を発表して、10年ごとに日本国首相が自虐談話を出すといふ悪例をつくつた御当人だといふことだ。

 「別に10年ごとに出す必要もない」といふのは、「10年の区切りだからつて、オレみたいに、侵略戦争のお詫びと反省を盛り込んだ談話なんか出す必要はないよ」といふ小泉氏の反省の弁なのだらうか?

 そのやうなことはありえない。侵略戦争のお詫びと反省を盛り込んだ談話を出したことを反省してます、なんていふ御仁ではない。

 首相を5年もつとめながら、今は反原発運動の先頭に立ち、、日本を救ふには原発をゼロにするしかないと狂信する環境カルトと化した元首相にとつて、自分が首相在任中に侵略戦争のお詫び・反省談話を出して日本侵略史観を世界に拡大・定着せしめたことなど、遠い過去の、どうでもいいことなのだ。

 この小泉発言を伝へ聞いた菅官房長官は記者会見で、「ご自身が出しておいて、なぜ言ふのかと思ふ」と「不快感」を示したさうな。

 菅官房長官はなぜ「小泉先生のご意見として有難くお聞きします」と言はなかつたのか?
 
 この官房長官発言を少しばかり補つてみよう。

 「ご自身が(戦後60年の自虐談話を)出しておいて、なぜ言ふのかと思ふ。安倍首相にだつて(戦後70年の自虐談話を)出す権利はある」

 安倍首相に忠実なのはいいとしても、菅官房長官は、自分の言つてゐることの意味が分かつてゐるのだらうか?

 

プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ