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■三島由紀夫の流儀 




  ▼だまされたと思つてボディ・ビルをやつてごらんなさい



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 だまされたと思つてボディ・ビルをやつてごらんなさい。もつとも私がすすめるのはインテリ諸君のためであつて、脳ミソの空つぽな男がそのうへボディ・ビルをやつて、アンバランスを強化するのは、何とも無駄事である。

   ( 「ボディ・ビル哲学」 昭和三十一年 )

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 三島由紀夫は三十歳のときからボディ・ビルをはじめた。ボディ・ビルをはじめてから一年ほどたつたころに書いたエッセーである。

 ボディ・ビルのきつかけは、早大ボディ・ビルの活動を紹介した「週刊読売」の記事を見たことだつた。筋肉隆々の学生たちの写真と、「誰でもこんな体になれる」といふ見出しに惹かれて、すぐさま、早大ボディ・ビル部に電話をかけ、コーチをしてゐた玉利斉に弟子入りしたのである。

 「・・・もともと肉体的劣等感を拂拭するためにはじめた運動であるが、薄紙を剝ぐやうにこの劣等感は治つて、今では全快に近い。
 人から見たらまだ大した体ぢやないといふだらうが、主観的にいい体格ならそれでよろしい。
 かういふ劣等感を三十年も背負つて来たことが何の利益があつたかと考へると、まことにバカバカしい。」

 なにかの初心者といふのははじめは初心者レベルにあることを隠したがるものだが、三島にはそのやうな性癖はまるでなく、ボディ・ビルをはじめた当初から、あばら骨の見える貧者な肉体を平気で写真に撮らせてゐた。

 「三十年の劣等感が一年で治るのであるから、私が信者になつたとて無理はあるまい。今年の夏なども、海岸でやせた裸を恥づかしさうにしてゐる人、海岸では絶対に裸にならないなどと言つてゐる人を見るとボディ・ビルをどうしてやらないのか気が知れない。」
 三島は周囲の友人知人にもボディ・ビルの効用を説き、ボディ・ビルをはじめるやう熱心にすすめた。親友の村松剛は枯れ木のやうな肉体の持ち主であつたが、相手にしなかつた。ニューヨークタイムズの記者をしてゐたヘンリー・ストークスはジムに三回通つただけでやめた。

 「・・・知性には、どうしても、それとバランスをとるだけの量の肉が必要であるらしい。知性を精神といひかへてもいい。精神と肉体は男と女のやうに、美しく和合しなければならないものらしい。」

 肉体と精神のバランスが崩れると、バランスの勝つたはうが負けたほうをだんだん喰ひつぶして行く。

 「文士の例でいへば、戦後の破滅型の小説家、坂口安吾や田中英光の人並外れた巨躯はもとより、太宰治もかなり頑丈な長身であつた。三人とも体にはかなり自信があつたので、肉体蔑視の思想にとらはれ、自分たちのかなり頑丈な肉体に敵意を燃やし、この肉体を喰ひつぶすほどの思想を発明するために、生活をめちやくちやにしてしまつた。かれらは、わざわざ、むりやりにアンバランスを作り出したのである。」












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■三島由紀夫雑記





   ▼「もーれつァ太郎」に魅了された三島由紀夫(續々)

    「スピード太郎」をむさぼり讀んだ少年期




 「わが漫画」といふエッセーを書いたのと同じ年(昭和三十一年)、三島由紀夫は「ラディゲに憑かれて―私の讀書遍歴」といふ文章を「日本読書新聞」に寄せた。

 鏡花にはじまりワイルド、谷崎、ラディゲ、リルケ、大鏡、王朝日記、上田秋成、鷗外、トオマス・マンと續く讀書遍歴をサラッとなぞつて見せた三ページばかりのエッセーだが、ここでは珍しく、文學の世界に足を踏み入れる前の讀書についても言及してゐる。

《 お伽噺は何でも讀んだ。小波の世界童話集を何冊も讀み、三重吉の世界童話集も何冊讀んだか知れない。冨山房版の豪華な印度童話集や、中島孤島譯の「千夜一夜物語」も愛讀の書であつた。「赤い鳥」は終刊號が出てゐたが、バックナンバーも多少讀んだ。漫画はノラクロ時代だつたが、本になつたのでは、平井房人の「スピード太郎」など、何度讀んだかしれない。》

 三島由紀夫は大正十四年生まれであるから、これは昭和初期から昭和十一、ニ年ころまでの話である。お伽噺や童話とともに、漫画もむさぼり讀んでゐたことがわかる。

 文中、《平井房人の「スピード太郎」》とあるが、「スピード太郎」の作者は宍戸左行(ししど・さこう)である。三島の記憶違ひと思はれる。

 平井房人(ひらい・ふさんど)は「思ひつき夫人」などで知られた漫画家・脚本家で、「思ひつき夫人」は、長谷川町子が「サザエさん」のヒントにしたといはれることからも分かるやうに、家庭内の出来事を描いた漫画であつた。

 宍戸左行の「スピード太郎」は読売新聞の日曜版などに連載された後、昭和十年に箱入り、多色刷りの豪華な単行本として刊行された。少年三島が「何度讀んだかしれない」のはこの豪華本であつたらう。

 「スピード太郎」は、戦争に巻き込まれた少年太郎が悪党とわたり合ふ冒険活劇で、飛行機、船、潜水艦、ロケットから空想科学的な乗り物までふんだんに登場し、クローズアップ、俯瞰的構図など映画的な手法が駆使された斬新な漫画だつた。

 作者の宍戸左行は、訪米して漫画の手法を学ぶ一方、映画館に毎日通って映画の構図を観察して、それを漫画の中に取り入れた。「スピード太郎」は日本のストーリー漫画の先駆とされ、手塚治虫も当然その影響を受けてゐる。

 少年三島が漫画に次いで夢中になつたのが「少年倶楽部」であつた。
 
《 それから少年倶楽部時代が来る。毎月十日の発売日が待ち遠しくてならなかつた。山中峯太郎の冒険小説、少年講談。単行本では南洋一郎の「吼える密林」、高垣眸の「豹の眼」は、正に韋編三絶したのである。》

 漫画や少年倶楽部に胸を躍らせてゐた当時の少年たちと変はらない側面も持ち合はせてゐたのである。

 少年倶楽部の発売日を待ち焦がれてゐた少年は、三十余年後には、少年サンデーの発売日を待ち焦がれてゐた大人になつたのだつた。

 三島由紀夫研究家と称する人たちは、三島の幼少年期体験といふと、どうして、鏡花や谷崎的世界にどつぷり浸つた文學少年の権化みたいに描き、『仮面の告白』の「告白」ばかりこねくり回したがるのだらう。三島が讀んだ(と思しき)漫画でも一度追体験してみたらどうか。

 終生續いた三島の漫画愛好の源は、少年期の「スピード太郎」をはじめとする漫画体験にあつた。三島の人生は漫画抜きには語れない、と云つても三島は怒るまい。自分を思ふ存分笑はせてくれた漫画たちに彼はきつと感謝してゐる筈である。












■三島由紀夫雑記 





   ▼「もーれつァ太郎」に魅了された三島由紀夫(續)

    ダイナマイトを仕掛けることが漫画家の使命
 


 前回紹介した「劇画における若者論」を三島由紀夫が発表したのが昭和四十五年のこと。その十四年も前の昭和三十一年に、三島は「漫画読売」といふ雑誌に「わが漫画」といふエッセーを寄稿してゐる。

《 漫画といふものには、ずいぶん昔からご厄介になつてゐる。うちの父などは、いまだに「ポンチ絵」などと云つてゐるが、私の子供のころから、すでに漫画は「漫画」であつた。
 私の漫画遍歴はノラクロからはじまり、いまだに朝刊をひろげると、まづ漫画から見るのである。
 私は大体笑ふことが好きであり、子供のころから「この子を映画へ連れてゆくと、突拍子もないところでケタケタ笑ひ出して、きまりがわるい」とおとなにいはれた。》

 三島由紀夫の高笑ひは有名で、彼の笑ひ方を「不自然」「わざとらしい」と酷評する人がワンサとゐたが、三島由紀夫はもともとよく笑ふ人だつたのである。

 楯の会といふと、深刻な国防論議ばかり闘わせてゐたやうなイメージがあるけれど、楯の会にゐた人の話を聞くと、三島は「お前たちは首から下の人間だ」とか始終冗談みたいなことばかりいつて隊員たちを笑はせてゐたのだといふ。

 《 漫画は、かくて、私の生理衛生上必要不可欠のものである。をかしくない漫画はごめんだ。何がなんでもをかくしなきてはならぬ。
 おそしろしく下品で、おそろしく知的、といふやうな漫画を私は愛する。》

 笑殺とかいふ言葉は、実存主義ふうに解すると、相手を「物」にしてしまふことである。「人を食ふ」といふのもこれに等しい。相手を単なる物だと思ふから食ふことができる。漫画は「食はれる状態」をうまく作りあげねばならぬ。知的な漫画ほどこの即物性が著しく、低級な漫画ほど、笑ひの物語性だの教訓性だのに寄りかかつてゐる。

 哲学者ベルクソンに「笑ひ」といふ名著がある。笑ひを引き起こす「をかしみ」といふものの構造を古典喜劇に範をとつて分析した本であるが、三島のこのエッセーは、漫画と笑ひについての社会哲学的小考察といへやうか。
 
《 漫画は現代社会のもつともデスぺレイトな部分、もつとも暗黒な部分につながつて、そこからダイナマイトを仕入れて来なければならないのだ。あらゆる倒錯は漫画的であり、あらゆる漫画は漫画的であり、あらゆる漫画は幾分か倒錯的である。》

 しかるに、風俗批評や社会批評を己の使命だと思つてゐる漫画家が少なくない。

《 もつとも漫画的な状況とは、また伝統的な漫画的状況とは、他人の家がダイナマイトで爆発するのをゲラゲラ笑って見てゐる人が、自分の家の床下でまさに別のダイナマイトが爆発しかかつてゐるのを、少しも知らないでゐるといふ状況である。漫画は、この第二のだダイナマイトを仕掛けるところに真の使命がある。》


         (續く)






■三島由紀夫雑記 





   ▼「もーれつァ太郎」に魅了された三島由紀夫




 
 三島由紀夫は昭和四十五年の「サンデー毎日」二月一日号に、「劇画における若者論」といふ文章を寄稿してゐる。

 「私は今みたいに一流新聞や一流誌が劇画を問題にするずつと以前から劇画に親しんでをり」といふ書き出しで始まるこのエッセーで、三島は自身の劇画体験をかう語る。


《 むかしアメ横の卸店などでしか手に入らなかつた時代の、貸本専門の劇画には、野生も活力も、力強い野卑も、残酷も、今の十倍ほどもあふれてゐた。それはまだ「悪書」に属してをり、私はとりわけ平田弘史の時代劇劇画などに、そのあくまで真摯でシリアスなタッチに、古い紙芝居のノスタルジヤと、「絵金」的幕末趣味を発見してゐたのである。》

 徹底した時代考証で知られる平田弘史は、貸本漫画でデビューし、昭和三十年代に時代物劇画の第一人者となつた。「三島由紀夫書誌」には、平田弘史の著作として、『鬼刃』『諸岡三匹の虎』『名刀流転』『牢獄の剣士』などの作品名が見え、平田への傾倒ぶりがうかがへる。

 「絵金」は幕末明治初期に、血に塗り込められた妖怪な芝居絵で人気を博した異端の浮世絵師。本名弘瀬金蔵、通称「絵金」と呼ばれる。

 三島は平田弘史の時代劇劇画の中に、「絵金」的幕末趣味を「発見」したのだつた。

 さて、これを書いたころ(すははち自決した年)の三島の漫画熱はどのやうなものであつたか。
 
《 いつのころからか、私は自分の小学生の娘や息子と少年週刊誌を奪ひあつて読むやうになつた。「もーれつァ太郎」は毎号欠かしたことがなく、わたしは猫のニャロメと毛虫のケムンパスと奇怪な生物ベシのファンである。》

 赤塚不二夫の「もーれつァ太郎」が連載されてゐたのは「少年サンデー」である。三島邸の書斎の通じる廊下には大きなつくりつけの本棚があり、そこには「少年サンデー」を中心に漫画週刊誌とコミックスがぎつしり並んでゐた。

 「少年サンデー」は発売日に書店で買ひもとめてゐたらしい。あるとき、発売日に書店に行くとすでに閉店してゐたので、「少年サンデー」の編集部に直行し、売つてもらへませんか、とお金を差し出した。部員たちは驚き、お代はいりませんから、と雑誌を渡したといふエピソードまで残つてゐる。

 「もーれつァ太郎」のどこに三島が惹きつけられたか。

《 このナンセンスは徹底的で、かつ時代物劇画に私が求めてゐた破壊主義と共通する点がある。それはヒーローが一番ひどい目に會ふと言ふ主題でも共通してゐる。》

 赤塚不二夫と「もーれつァ太郎」を偏愛した三島も、他の作家や作品には手厳しかつた。例へば手塚治虫、それから水木しげる。

《 劇画や漫画の作者がどんな思想を持たうと自由であるが、啓蒙家や教育者や図式的風刺家になつたら、その時点でもうおしまひである。かつて颯爽たる「鉄腕アトム」を想像した手塚治虫も、「火の鳥」では日教組の御用漫画家になり果て、「宇宙虫」ですばらしいニヒリズムを見せた水木しげるも「ガロ」の「こどもの国」や「武蔵」連作では見るもむざんな政治主義に堕してゐる。》

《 今の若者は手塚治虫や水木しげるのかういふ浅墓な政治主義の劇画・漫画を喜ぶのであらうか。「もーれつァ太郎」のスラップスティックを喜ぶ精神と相反するではないか。》

 三島は、古くさい「大正教養主義のヒューマニズムやコスモポリタニズム」に劇画が堕する風潮が我慢ならなかつたのである。


              (続く)







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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト・評論家。皇室問題やフェミニズム問題に取り組む。三島由紀夫研究家。國語問題研究家。


フェミニズム論の著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

皇室関連の著作としては『天皇を喰ひ物にした侍従長』『天皇と宮内庁の「背信」』など。

執筆には正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を使用、当ブログも正仮名遣ひを用ゐる。

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