◆「フェミ本の正しい読み方」(2)

   「老後評論家」にならざるをえない《おひとりさま》

   上野千鶴子著『おひとりさまの老後』の正しい読み方(その2)



 結婚といふ制度を憎むこと甚だしいこのマルフェミは、また言葉のすり替への名人でもあります。

 結婚はとてつもない「リスク」を伴ふといふのも、言葉のすり替への一例でせう。

《おひとりさまになるまでには「ふたり」が「ひとり」になるプロセスがあり、そこには喪失の体験がある。喪失のうちで、もっともダメージが大きいのは配偶者の喪失である。》

 で、配偶者の死に喪失感を味はつてゐる人に、上野センセイはかう難詰するのです。

《ちょっと待って、リスクを分散してこなかったあなたにも責任はないの》
 と。

 配偶者の死にも動揺しないやう、リスクを分散してこなかつたアナタが悪い、といふわけです。

《1日はだれにとっても24時間。その大半を家族とともに過ごせば、家族以外のひとたちと過ごす時間はおのずとかぎられる。「さしむかいの子孤独」という言葉があるが、ふたりでいるから孤立することだってある。》

 でも《ふたりでいるから孤立》しないことだつてあるのではないでせうか?

 その死を悲しめるだけの配偶者を持てただけでも、その人の人生は幸せだつたともいへるかもしれない。
 
 ごく普通に考へれば、老後をひとりで過ごすことの方が「リスク」なはづです。

 で、この老後リスクを分散する手段としては、結婚が一番です。なるほど、配偶者とは離別するかもしれず、いつかは死別するけれど、いつさうなるかなんて誰にも分らない。でも、老後の孤独リスク対策として結婚にまさるものは見出し難い。

 ところが、上野センセイが、家族に代わる孤独リスク対策としてあげるのは、友人を持てといふことだけなのです。

 この本を読むと、上野センセイのお友達はみんな上野センセイの孤独リスク分散のために存在してゐるみたいです。老後の孤立回避のための友達付き合ひなんて、考へてみると随分エゴイスティックで功利的な匂ひがしますが、そのやうな関係が一体いつまで続けられるのか。

 お婆さんと呼ばれる世代に突入したフェミニストをよく観察すると、面白い事実に気づかされます。

 この世代のフェミニストは大まかに二種類に分けることが可能です。老後のことばかり言つてゐるフェミニストと、さうでないフェミニストと。

 老後評論家、「おひとりさま」評論家と化した上野センセイはもちろん前者です。さうでないフェミニストとは、もちろん老後のことも口にするが、老後問題が関心のすべてではない人たちのことです。

 「老後評論家」となつたフェミニストと、「老後評論家」にならなかつたフェミニストの違ひはどこにあるか? それは子供があるかないか、です。

 「老後評論家」となつたフェミニストには子供がゐない。結婚もせず、家族をつくることをも拒絶してきた人たちだからです。

 他方、 「老後評論家」にならなかつたフェミニストたちは子供はゐる。たいてい離婚してゐるが、それでも子供はあります。この人たちもフェミニストのことだから、老後を子供の面倒にならうと考へてゐるわけではないでせう。それでも彼女たちが「老後評論家」にならずにすんでゐるのは、自分と看取つてくれる人がゐるといふ安心感がどこかにあるからと思ほれます。

 子供がゐないフェミニストは老後のことは一から十まで自分でやらなくてはならない。死ぬまでの始末をすべて自分ひとりで決めなくてはならない。「負け犬」的女性たちの後半生はそのために費やされる。「負け犬」女たちは40過ぎから一直線に老後に突入してしまひます。

 「老後評論家」の代表はいふまでもなく上野千鶴子センセイです。
 
  上野センセイは、
 《「ひとりでおさみしいでしょう」は大きなお世話》
 と憤慨します。 

 《ゴキブリのように身を寄せ合って暮らすことを、「さみしくない」のとカンちがいする貧乏性は、たいがいにしてもらいたい。高齢者のひとり暮らしを、「おさみしいでしょうに」と言うのは、もうやめにしやほういがよい。とりわけ、本人がそのライフスタイルを選んでいる場合には、まったく余計なお世話というものだ。》

 今の日本人は、老いも若きも自分のことだけにしか関心がありません。団塊の世代の「おひとりさま」に「おさみしいでせう」と心配してくれる奇特な人がどれだけゐるのか。ひとり暮らしを選んだ老人が死なうが生きやうが、赤の他人には知つたことではないといふのが実相ではないでせうか。

《おひとりさまの「孤独死」は、せいぜい死の瞬間に看と家族がいない、という程度のこと。そんな覚悟ならとっくについている。それにおひとりさまの条件は、友人のネットワークをもっていること、逆にいえば、友人のネットワークがなければ、安心しておひとりさまをやっていられない。》
 
 どうぞ、お好きなやうにおやり下さい、としか言ひやうがありません。

 でも上野センセイ、うんと長生きしさうだから、センセイが死ぬ頃にはきつと、お友達はみんな死んでしまつてゐると思はれますが。







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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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