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■小保方晴子さんへの手紙(第三信) 

 ベル研究所の論文捏造事件が教へてくれること
 「STAP細胞」論文不正事件との類似性と相違点


 
 冠省
 
 前便に続いて、村松秀著『論文捏造』(中公新書ラクレ)に触れたく思ひます。

 この本は、アメリカの名門、ベル研究所を舞台に2002年に起きた論文捏造事件を追跡した記録で、NHKの特集番組「史上空前の論文捏造」を書籍化したものですね。

 本書によつて、この「史上空前の論文捏造」事件をおさらひしてみませう。

 主人公はベル研究所の若き科学者、ヤン・ヘンドリック・シェーン。彼の研究テーマは有機物超伝導でした。

 有機物超伝導についての研究チームに所属し、実際の実験を行つてたシェーンは2000年、29歳の時、科学雑誌の最高峰であるイギリスの『ネイチャー』誌に論文を掲載しました。そして、わずか2年ほどの間に『ネイチャー』雑誌に7本、アメリカの『サイエンス』誌に9本、計16本ものセンセーショナルな論文を掲載したのでした。すべての論文で筆頭著者、つまり、今回の「STAP細胞」論文における小保方さんと同じやうに、研究の中心的存在かつ最大の貢献者といふ立場だつたわけですね。

 それまでまつたく無名の存在だつたシェーンが、有機物で超伝導の起こる記録を塗り替へ、117K(マイナス138度)といふ記録を達成、室温での超伝導といふ夢が現実のものになつたと騒がれ、一時はノーベル賞の受賞も確実といはれたさうです。

 ところが、この科学界のスーパーヒーローに大スキャンダルが発覚します。シェーンの論文に意図的な不正行為がみられるとい告発がなされたのです。調査の結果、16の論文に不正がなされたてゐたことが判明、2002年9月、シェーンはベル研を解雇され、以後、彼の消息が分からなくなつた。これが事件の概要です。

 事件の経過をもう少し細かくみていきませうか。

 不正発覚の端緒は、ベル研の研究者からなされたある告発でした。ふたつの科学誌に掲載されたシェーンの二本の論文にあるふたつのグラフがまったく一致する―といふ告発でした。調べてみると、にあるふたつのグラフはノイズに至るでまでぴつたり一致し、同じデータを別の論文に使ひ回したことが判明し、さらに、同じグラフが3つの論文に使ひまわされてゐることも発覚します。

 この疑惑に対してシェーンは「グラフをしつかり確認せず間違つたものを混同して提出してしまつた」と申し開きをします。

 ベル研究所が調査委員会を立ち上げると、さらに多くの告発が寄せられました。

 シェーンの研究チームのリーダーはバートラム・バトログ。ベル研の固体物理学研究部門のヘッドで、超伝導研究の大家でした。この高名な物理学者のチームで、実際に実験を行てゐたのがヘンドリック・シェーンなのでした。

 調査委員会による調査の中で、多くの事実が明らかになりました。

 ・バトログは本来行ふべきチェックを行つてゐなかつた。
 ・バトログもそれ以外の人たちも誰ひとりシェーンの実験に立ち会つた人がゐなかつた。生のデータそのものも見てゐなかつた。
 ・あらゆる結果すべてが、誰の目にもとまらないまま記録された。
 ・データの記録が存在していなかつた。データを手で記した実験ノートもなかつた。

 シェーンは「私はこれらのデータをたしかに測定した。これらは本当に起きたことなのだ」と主張します。しかし、例へば、あるグラフの値が理論値とぴつたり一致することを追及されると、数学的な理論データをつぎはぎしてはめ込んだことを認め、「実験データは、論文の内容に合つてゐるものをファイルから適当に選び出した」とも証言します。

 著者は書きます。《シェーンは予想や概念によって答えを作りだしていた。「その方が見栄えがするから」とか、「そのほうがいい物語になるから」という理由で。》

 ベル研の調査委員会は最終的に16の論文に捏造があつたと結論づけます。この結論に対して、シェーンは次のやうな書面を寄せます。

《たとへ、私が誤りを犯したとは言へ、誰かを誤解させようとしたり、誰かの信用を悪用したいと思つたことは一度もありません。かうした誤りがあつたため、信憑性に欠けるてゐることは認めますが、やはり報告された科学的効果は本物であり、刺激的で、研究する価値のあるものだと私は心から信じてゐます。》

 著者もシェーンを確信犯的捏造犯とする見方には否定的です。

《これは想像にすぎないが、シェーンは自分の思い描いた実験成功の空想を、頭のどこかで現実に起きたこととして置き換えてしまっていたのかもしれない。》

《彼が確信犯的に捏造をずとずっと犯し続けていたと捉えてしまうと説明のつかないことがいくつもある。そうした矛盾ともとれる要素につじつまを合わせようとすると、シェーンが頭の中で捏造をリアルなものとして変換していた、とでも考えるほうが自然だったりもする。》

 事件から二年後、取材班はシェーンの故国であるドイツに向かひます。ドイツのコンスタンツ大学はシェーンの出身大学であり、有機物超伝導の実験の主要部分はコンスタンツ大学で行はれたのでした。(事件発覚後、同大学はシェーンから博士の資格を剥奪します)

 取材班は、南ドイツにある中小企業に働いてゐるといふシェーンに面会することはできませんでしたが、大学時代の研究仲間で、シェーンと親交のある人物と会ふことに成功します。

 この友人は、シェーンは今でもかう言つてゐると証言します。

《たしかにミスはした。でも捏造や、意図してデータを改竄するやうな不正行為は絶対にやつてゐない。》

 取材班はスイスの大学に転じたパトログとも面会します。

 パトログは言ひます。

 「予想外の結論に驚いたことなどない」
 「シェーンの不正行為には関与してゐない」
 「明らかに不正は起こりうる」

 パトログに対する著者の見解はかうです。

《シェーンの世界的な研究成果にすっかり踊らされていたというのが他の人々への取材から得た実感です》《実験の肝心のところを見ていない、そのことを伏せようとする意図が「驚いたことなどない」という言葉に込められている》

 
 さて、この本を読んでの私の感想はまづ、ベル研事件と「STAP細胞」論文事件との類似性です。

 類似点のひとつは、捏造したとされる人物の意識です。いくつかの過誤(不正といつてもいいでせう)は犯したが、全体として間違つてゐることはしてゐない、といふ意識。

 もうひとつの類似点は、研究チームのトップが、実験者の不正を知らなかつたといふ事実です。

 一方、ベル研事件と「STAP細胞」事件には著しい相違点もあります。

 それは、「STAP細胞」事件においては、研究チームのトップが(不正を犯してゐた)実験者に対してある特殊な感情を抱いてゐたといふ事実です。

 さう、ベル研事件には「ケビン・コスナー氏」が登場することはありませんでした。

 このことは後便でまたお話したく思ひます。

                      怱々


     平成二十六年三月十九日

                            千葉展正

小保方晴子様

                        


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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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