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■小保方晴子さんへの手紙(第十五信)

 黄兎錫事件が韓国の国家的恥辱となつた理由(わけ)





 冠省

 韓国の黄兎錫事件の続きを。

 韓国で2004年に勃発した黄兎錫のES細胞論文捏造・詐欺事件では、愛国的科学者、黄兎錫教授を守れというヒステリックな叫びが国中を覆ひ、韓国世論を興奮の坩堝に巻き込んだのでした。

 しかし、愛国的科学者の化けの皮がはがれて、黄兎錫は「世紀の大詐欺師」という評価が定まるに及んで、韓国の国家的恥辱として刻印されるに至つたのが黄兎錫事件です。

 それから10年、韓国の国家的恥辱事件に新たなページを付け加へたのが、今回の旅客船沈没事故といふことになります。

 下着姿でいちはやく船から脱出する船長の衝撃的な映像は、今は船長への非難高揚の具として利用されてゐますが、あの映像は韓国国民にとつての恥辱として永遠に記憶されるはずです。

 事故で犠牲になつた修学旅行生の學校は反日教育で有名な高校ださうですが、幾多の若き愛国者たちを死に至らしめた元凶が、コソ泥のやうに浅ましい姿で現場から逃走を図つたとあつては、韓国国民も救はれない気がします。

 同じ国家的恥辱事件といひながら、今回の事件はことが人の生死に関はる問題なので、例へば日本に対して、犠牲者に対する哀悼の意が足りないなどと難癖をつけて対外的鬱憤晴らしを忘れないところがいかにも韓国流です。
 
 10年前の国家的恥辱事件に戻ります。

 ソウル大学の黄兎錫教授は一体どのやうな不正を働いたのでせうか?

 問題になつた黄教授チームの論文は次の2本です。

 2004年2月 ヒトクローン胚からES細胞の抽出・培養に世界で初めて成功したと「サイエンス」誌に発表した論文。
 2005年5月 患者適応型のES細胞11個の作成に成功したと「サイエンス」誌に発表した論文。

 最初の論文が発表されると、韓国国民は狂喜して、黄兎錫教授は国民的英雄に祭りあげられ、ノーベル賞への期待が沸騰します。

 韓国科学技術部は、黄教授を韓国版ノーベル賞ともいふべき「最高科学者」の第1号に認定。ヒトクローン胚作製を記念した記念切手が発行され、大統領に準ずる警護がつけられ、小・中・高校の教科書に登場し、黄教授の関与するプロジェクトには莫大な予算が投入され・・・・要するに黄教授には韓国国内で享受しうる最高の栄誉と待遇が与へられたわけです。

 疑惑の発端は、「ネイチャー」誌が2004年5月に掲載した、卵子の出処に関する疑惑報道でした。

 韓国国民の血を逆流させたのが、2005年11月に韓国文化放送 (MBC)が報道調査番組『PD手帳』で放映した「黄兎錫神話の卵子売買疑惑」です。国民的英雄への批判は許さないと韓国世論はMBCへの猛攻撃を開始し、スポンサーへの不買運動が繰り広げられ、スポンサーは次々に降板。結局、MBCは国民世論に屈服します。この時、世論に同調してMBC批判を展開したのが韓国のマスコミでした。

 黄教授の論文捏造の疑惑が次々に浮上してからも、「黄教授を守れ」「国益を守れ」といふ狂熱的な黄教授信者たちは、不正を追及する人々に襲ひかかります。

 最終的にソウル大学の調査委員会が論文の捏造を認定し、検察は詐欺、横領などの容疑で黄教授を起訴しますが、驚くのは、起訴されたあとも黄教授の不正を認めようとしない黄教授信者たちが多数存在したことです。捜査当局への抗議の自殺者まで現れました。 

 黄教授はES細胞の発表以前にも、乳牛「ヨンロンイ」のクローン、韓国牛「ジニ」のクローン、人の体細胞クローンの胚までの培養、BSE耐性クローン牛開発、などを相次いで発表して、生物学研究者として一定の名声を得てゐました。彼のマスコミ操作は天才的ともいへるものでした。マスコミを集めて新発見を大々的にぶち上げ、追試への疑問が出されたりすると、次の新発見を発表するといふ具合に、マスコミに話題を次々に繰り出してゆくのです。しかし、まともな論文は1本もなく、政治家、役人、マスコミの接待ばかりして、一体この人はいつ研究してゐるのだらうと周囲では訝つてゐたさうです。

 捜査の過程で明らかになつた黄兎錫の詐欺的手口は、研究費のかなりの部分を政治家や官僚にばらまいて彼らを手なずけ、さらなる研究費を手に入れるといふものでした。

 ジャーナリストに自分名義のクレジットカードを渡して高級バーで遊ばせる、政治家の後援会や冠婚葬祭にマメに出席してカネを包むといふ常習的手口から、青瓦台に接近して、大統領補佐官に巨額の賄賂を贈るといふ高度の手口まで駆使して、政府と民間から膨大な研究費や支援金をかき集めることに成功したのです。
 
 黄兎錫事件を特徴づけてゐるのが、不正の規模もさることながら、韓国世論とマスコミの反応です。

 詐欺師とマスコミとの関係、詐欺師と世論との関係については、『国家を騙した科学者』の著者(李成柱)が次のやうに分析してくれてゐます。

《彼は詐欺師の最大の武器である「華麗な言辞」を駆使して自分の研究領域を反証不可能な聖域にした。愛国心と国益に武装された彼のイデオロギーは、マスコミが大衆の要求と結びつけて強固なものとなった。彼の研究成果に対する検証は愛国と国益に反することになってしまったのだ》

《黄教授は1990年代の中頃からマスコミを利用しだした。マスコミは特に意識したわけではなかったが、黄教授の好イメージを伝え続けた。嘘みたな話に飛びついて騙された記者も多かった。その繰り返しによってイメージは次第に膨れ上がり、いつの頃かイメージそのものが一人歩きを始めた。そのイメージに、記憶力が悪い韓国のマスコミがと政治家が騙された。当然のことながら国民も騙された》

《黄兎錫教授事件では集団ヒステリーが偶像崇拝の形で現れたともいえる》

《2004年に『サイエンス』に論文を発表して聖域となった黄教授に『PD手帳』が反旗を翻すまでは、少しでも黄教授を批判すれば社会から村八部のされる雰囲気があった。・・・批判発言をした一部の科学者がリンチ同然の扱いを受けていたとき、知らぬふりを決め込んでいたのは、ほかならぬマスコミだった。》

 著者が最後に指摘してゐるのは、科学の詐欺師に対するこの国の寛大さ、といふことです。

《私が関心を持ったのは、黄教授が行った詐欺の実態より、事件を契機に浮かび上がった二十一世紀初めの韓国という国そのものにあった。実に残念なことだが、韓国は精神的に病んでいたと言わざるを得ない。どの国にも詐欺師はいる。科学だからといって例外ではない。しかし、科学の詐欺師にこれほどまでに寛大で、誰もが憐憫の情をいだく国が、はたして健全な社会といえるだろうか》

 STAP論文事件で日本にも、小保方さんは日本の恥だと息巻く人もなくはないが、さういふ人たちも愛国心やナショナリズムとさほど縁があるやうには見えません。愛国心やナショナリズムとは無縁といふ意味では、小保方さんを擁護する人たちも同じです。

 小保方さんを黄兎錫に比する人たちは、『国家を騙した科学者』をよく読んで、黄兎錫の悪党ぶりと、彼我の国情の違ひをこの際学習するのがよいかと思はれます。

 ではまた。

                             怱々 


 平成二十六年四月三十日


小保方晴子様

                        千葉展正         



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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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