●「戦後70年談話」などやめてしまへ(7)

 訪中の手土産として送られた安倍首相の「植民地支配・侵略」メッセージ

 


 話は第一次安倍内閣の発足時にさかのぼる。

 小泉総裁の任期満了に伴ひ実施された平成18年9月20日の自民党総裁選挙で、安倍晋三は麻生太郎と谷垣禎一に大差をつけて勝利。安倍は9月26日に開催された臨時国会で第90代内閣総理大臣に指名される。

 首相就任から僅か一週間後の10月2日。衆議院本会議の質疑の中で、安倍首相の口からとんでもない発言が飛び出す。

《さきの大戦をめぐる政府としての認識については、平成七年八月十五日及び平成十七年八月十五日の内閣総理大臣談話等により示されてきているとおり、我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたというものであります。》

 「植民地支配と侵略」。これが先の大戦に関する政府としての認識だと安倍首相は明言したのである。

 とんでもない発言と言つたのは、安倍晋三といふ政治家にとつてとんでもない発言といふ意味である。だつて、自民党で自虐史観見直し運動の先頭に立つてきた政治家が、それまでの主張を180度転換させてしまつたのだから。

  安倍首相の「植民地支配と侵略」発言を聞いて驚愕したのが、安倍政権実現を目指して彼の周囲に結集してゐた保守派知識人たち。「植民地支配と侵略? 安倍首相のこの発言は一体なんなんだ!」

 翌10月3日の衆議院本会議。安倍信者たちをさらに憤激させる発言が、安倍首相の口から飛び出す。

《いわゆる従軍慰安婦の問題についての政府の基本的立場は、平成五年八月四日の河野官房長官談話を受け継いでおります。》

 
 それまで従軍慰安婦の河野官房長官談話に数々の疑念を表明をしてきたはずの安倍が首相の座につくや、政府は河野官房長官談話を受け継いでゐるとあつさり言つてのけたのである。

 安倍首相の「電撃訪中」が発表されたのは翌10月4日のこと。安倍首相は10月8日に北京を訪問、9日にソウルを訪問して、日中首脳会談、日韓首脳会談をそれぞれ開催。「安倍総理が就任直後に両国を訪問して、首脳同士が胸襟を開いて話し合いの機会を持つことは、両国との未来志向の信頼関係の強化に繋がる」と下村官房副長官はプレス発表を読み上げた。

 結論からいつてしまふと、安倍首相の「植民地支配と侵略」発言は直後に予定されてゐた中国訪問の「お土産」だつた。

 もつと分かりやすく言ふと、安倍首相は日中首脳会談を成功させる代償として歴史認識問題を中国に「売つた」といふことになる。
 
 念願の首相の座を射止めた安倍の野望。それは自民党総裁を2期6年つとめるといふ長期政権への野望だつた。それには就任早々、ホームランをかつとばす必要がある。電撃訪中をして、小泉内閣の5年間に冷却し切つた日中関係を打破して長期政権の礎を築かう。

 
 外務省事務次官の谷内正太郎は、自民党総裁選の前から安倍の意を受けて水面下で動いてゐた。今、国家安全保障局長をつとめ安倍首相の外交ブレーンでもある谷内は、安倍が官房副長官時代から気心の通じた外務官僚である。

 谷内は9月下旬、日中外務当局の「日中総合政策対話」出席のため訪日してゐた中国外交部副部長(外務省次官)戴秉国と極秘に会談し、安倍訪中問題の詰めに入る。日中総合政策対話が終了して2日後の9月28日、中国側から「訪中を受け入れる」といふ回答が届く。

 しかし、中国側は安倍訪中を受諾したものの、その後も、首脳会談の内容や発表の案文などで激しい要求を日本側に突き付けてくる。日中首脳会談の発表日程はズルズル引き伸ばされた。

 そこで安倍首相は決意する。手ぶらでは、胡錦濤は歓迎してくれない。日中首脳会談を成功させるためには、対中強硬外交の旗を振つてきたこれまでの安倍ではないといふメッセージを送る必要がある。10月2日の衆議院本会議における「植民地と侵略」発言と、3日の「河野官房長官談話継承」発言こそが、そのメッセージだつた。中国側はこれを安倍首相の「誠意」と受け止めて、発表日程が急遽決まり、4日に両国が正式発表―これが安倍首相の「植民地と侵略」発言の裏事情である。

 日中関係に新たな局面を切り拓いた総理大臣・・・として歴史に名をとどめるはずだつたのに、閣僚スキャンダルなどが相次いで第一次安倍内閣は短命内閣として討ち死にしたのは周知の通り。そして、安倍退陣のあとに、中国への手土産代はりに発せられた日本国総理大臣の「植民地支配と侵略」メッセージだけが残された。
 
 安倍首相が「植民地支配と侵略」発言に踏み込んだパターンは、誰かの場合とよく似てゐないだらうか。さう、小泉首相がアジア・アフリカ会議で行つた「植民地支配と侵略」お詫びスピーチだ。あれも、どうぞ日中首脳会談を開催して下さいと中国に阿つて差し出されたプレゼントだつた。

 小泉自虐スピーチが平成17年で、安倍自虐発言が平成18年。日本国総理大臣が2年続けて中国に対し、日中首脳会談と引き換へに歴史認識問題を「売つた」ことを日本国民は忘れるべきではない。








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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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