■夫婦別姓のカラクリ(5)

 夫婦は夫の姓を名乗るといふコモンローが生きてゐるイギリス




 フランスの次に、イギリスの夫婦の姓氏制度を検証してみようか。

 イギリスは夫婦同姓が一般的に行はれてゐる国である。妻が対外的に旧姓を使用するケースも存在するが、それは日本でいふ旧姓の通称使用に近く、圧倒的多数の夫婦は今でも同姓を選び夫の姓を名乗つてゐる。

 イギリスには、夫婦の姓氏に関する法律は存在しない。

 それならイギリスの夫婦たちは勝手に夫婦の姓氏を決めてゐるかといふと、そんなことはない。イギリスにおいて夫婦の姓氏を規制しているものがあるのだ。それをコモンローといふ。

 イギリスの法秩序の根底にあるのはコモンローである。コモンローとは簡単にいふと、国会で制定された法律ではなく、長年の慣習及び裁判所の判例の積み重ねにより、実質的に法律化した法体系を指す。

 コモンローを「普通法」と訳すことがあるけれど、「普通法」では何のことやらわからない。イングランドに共通する(common)非成文の法律、といふ説明が一番理解しやすいと思はれる。

 11世紀にノルマン王がイングランドを征服し、国王裁判所が設置されると、裁判官が地方を巡回して、各地の慣習や古いアングロサクソン法に準拠して裁判をするやうになつた。やがて、それらの慣習や判例がロンドンに集められて形成されたもの、それがコモンローと名付けられた。

 イギリスには殺人や強盗を犯罪とする法律は存在しない。殺人も強盗もコモンローによつて犯罪とされるのだ。

 さて、コモン・ローには、夫婦を一体(unity of person)とみる法則がある。妻は夫の被保護体とされ、「女性は婚姻期間中、夫に吸収合体させられる」といふ考へ方がコモン・ローの根底に流れてゐた。

 その象徴的な例が夫婦の姓で、イギリスでは結婚すると妻が夫の姓を称することが古くからの慣例で、それが夫婦の姓に関するコモンローになつた。そして、驚くべきことに、このコモンローは今も生きてゐるのだ。だからイギリスの女性たちが結婚すると今でも夫の姓を名乗るのは、このコモンローに則つた行動といふことになる。

 イギリスでは、財産権をはじめとした夫妻の身分の差別は、1900年代の制定法でほぼ解消されたものの、夫婦の姓については、特別の立法がなされることなく今日に至つてゐる。

 イギリスでは、働く女性などが自分の姓を名乗り続けたいといふ要求は19世紀からあり、それは認められてきた。日本のフェミニストたちが「イギリスでは夫婦別姓も自由」と宣伝するのは、こちらの通称使用に類した話にすぎない。

 しかし一方で、そのやうな風潮に影響されることなく、夫婦の共通姓は夫の姓とするといふコモンローは厳然とイギリス社会にそびえ立つてゐることを覚えておくべきだ。

 イギリスにもフェミニストは少なからず存在するはずだが、彼女たちが夫婦の共通姓を夫の姓とするといふコモンローに文句をつけたといふ話は聞いたことがない。

 イギリスのこんなコモンローに比べると、共通姓を名乗る権利において夫婦の完全平等を定めた日本の民法第750条の規定がどれほど革命的なものか。知らないのは日本人だけである。


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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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