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■「歴代天皇の希望を尊重して土葬か火葬かを決めたは」嘘

 読売新聞をくくっていたら、「天皇の土葬 魚屋が奔走」という大きな見出しが目に飛び込んできた。「古今をちこち」と題するコラムで、筆者は磯田道史、「日本史家」とある。

 《天皇の土葬は約三百六十年前の後光明天皇から連続している》が、それは《天皇に魚を献じていた魚屋の八兵衛が「玉体を火葬するのは勿体ない」と奔走。火葬を阻止して土葬とした》以来のことであると。

 天皇土葬化の経緯をもつと知りたいと、図書館から『後光明天皇外記』を借り出したさうで、借り出す苦労話を延々と述べてから、『後光明天皇外記』を読んで分かつたことは、後光明天皇は「仏教が大嫌い」「日本は朝廷が統治するものという思想の持ち主」「思想は反幕・神仏分離・王政復古」だといふ(実はこんなこと、そのへんの歴史書にみんな書いてある)。
 
 続けて説明する、《こんな仏教嫌いの天皇を仏教式に火葬するのはいけないと例の魚屋が動いたようだ。「疱瘡で死んだ死骸は庶民も火葬にしない。天皇を火葬にすれば天下国家に災いが起きる」。魚屋がそう脅したら僧侶も折れたという》。

 次の後西天皇は、生前の希望を調査したところ、《側近だった公家が「遺言はないが平生から他人の事について火葬はよくないと仰せであった」と証言。二回続けて土葬となったので以後、天皇の土葬が慣例化した》のだと。で、結論は、《江戸時代にもご本人の希望を尊重して土葬か火葬かを決めた。魚屋さんには悪いが、天皇陛下は胸を張って火葬のご希望を通されればよいと思う》

 何も知らない人がこれを読んで、「ははあ、さうか。天皇はみなさん火葬土葬などを自由にやつてきたんだ」と信じ込んでしまつたら困るから言ふが、「歴代天皇ご本人の希望を尊重して土葬か火葬かを決めた」なんて嘘である。エセ尊王家のデマゴギー。

 天皇の火葬土葬などの葬送方法、陵墓の規模・形式など、別に時の天皇が自由意思で決めてきたわけではない。かといつて天皇の御意思が反映されなかつたといふことでもない。そんな単純なことではないのだ。

 では、デマゴギーのお好きな日本史家さんに借門したい。江戸時代最後の天皇であらせられた孝明天皇は、名実ともに土葬(それまでは形式は火葬、実際は土葬)され、古式にのつとつた円墳の後月輪山陵に葬られたわけだが、これは孝明天皇の御意思だつたのか? どんなデマグーグでも「イエス」」と答へることはできないだらう。なにしろ孝明天皇はある日突然、毒殺されてしまつたのだから。

 孝明天皇の葬送を上古の形式に復させたものは、天皇の御意思を超えた、古代に直結するといふ時代意思のあらはれといふしかない。続く明治天皇、大正天皇、昭和天皇の陵墓もさういつた大きな歴史の流れの中で営まれたのである。

 エセ尊王家たちはなぜか天皇の火葬をうれしがつて語る。そして馬鹿のひとつ覚えのやうに「昭和天皇には二十六億円、香淳皇后には十八億円をかけてそれぞれ山陵が営まれた」と山陵築造に要した費用が「巨額」(!)であることを強調する。

 京都の泉涌寺(せんにゅうじ)域内にある月輪陵などには室町から江戸期にかけての天皇皇族の墓塔が奉葬されているが、そこを訪れた人は「余りにも簡素で粗末」と感想をもらす。これら簡素で粗末な陵墓は、簡素を希望する歴代天皇の御意思にもとづくものなのか? さうではあるまい。それは皇室が衰微し、歴代ごとに皇陵を造営する能力を失つた反映にすぎない。

 天皇に希望通り簡素な陵墓をと叫ぶ輩は、私には皇室の衰微を願つてゐるとしか思はれない。


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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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