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■天皇の国民に対する「背信」(2)


   三年前には 「天皇として崩御」
  御陵御喪儀問題で発せられた天皇の「お気持ち」の不可解



 
 八月八日の「お言葉」で、天皇が強調されてゐるのは、天皇としてのつとめを果たすことに困難を覚えるやうになつたのはかなり前のことからだつた、といふことであらう。
 
 それは、次のやうに「二度の外科手術」にまで言及されてゐることからも分かる。
 
 
《そのような中,何年か前のことになりますが、二度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。》
 
  天皇の最初の外科手術は平成十五年(前立腺癌摘出)のことで、十三年前にまでさかのぼる。
  
 今回の天皇の「お言葉」と、伝へられる宮内庁幹部らの証言を重ね合はせると、天皇は少なくとも五年前には譲位の御意思を周囲に漏らされるやうになつたと思はれる(八年前にそのお話しを天皇からうかがつたといふ側近の証言もある)。

 譲位のことを天皇が御心のうちにとどめておくのではなく、側近に(しかも複数の)伝へたといふ事実は、天皇の譲位の御意思がこの五年ほどの間にかなり強固なものになつてゐたことを物語る。
 
 然るに、天皇は三年前に、ご自分の将来についてどのやうなメッセージを国民に送られてゐたのだらうか?
 
 宮内庁は平成二十五年十一月十四日、「今後の御陵及び御喪儀のあり方についての天皇皇后両陛下のお気持ち」といふ文書を発表してゐる。
 
 この文書は、タイトル通り、今後の御陵及び御喪儀のことに関する天皇皇后の「お気持ち」を宮内庁がまとめたものである。
 
 この文書の最大の眼目は、天皇の葬送方式が天皇の御意向により土葬から火葬に変はるということにあつた。
 
 この文書のなかの、次のくだりに目をとめられたい。
 
 《天皇、皇后両陛下には、ご即位以来、国と社会の要請や人々の期待にお応えになり、象徴として、あるいはそのご配偶として心を込めてお務めをお果たしになっていらしたが、いつとはなしに、将来のお代替わりのことについて思いを抱かれるようになり・・・・》
 
 《将来のお代替わり》といふ文言が登場する。
 
 なるほど、譲位も《お代替わり》には違ひないが、ここで言はれてゐる《お代替わり》とはもちろん譲位のことではない。天皇の御位のまま崩御としか受け取りやうがない。
 
 この文書を改めて読み返してみると、驚くべきことは、天皇はご自身が天皇の位のまま崩じて天皇としての喪儀が営まれるといふ前提で終始お話しされてゐることだ。
 
 「今後の御陵及び御喪儀のあり方についての天皇皇后両陛下のお気持ち」が発表されたのはわづか三年目のことである。
 
 をかしくはないだらうか? 私は素朴な疑問にとらはれる。
 
 なぜなら、この時すでに天皇は譲位の意思を固めてゐたからである。
 
 すでに譲位の意思を固めた天皇が、私が天皇として崩御した時には火葬にしてもらひ、天皇としての喪儀はこれこれにしてもらひたいといふメッセージを国民に発したのだ。 

 誠に不可解な天皇の御心と申し上げるしかない。
 
 (この項続く)





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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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