■「日韓合意」は第二の「河野談話」だ(7)

 自民党自虐派の頭目だつた加藤紘一
 「河野談話」のプロトタイプとしての「加藤談話」





 「河野談話」の問題で、加藤紘一について触れようと思つてゐたら、加藤の訃報が伝へられた。
 
 新聞が書いた加藤紘一の死亡記事は、「宏池会のプリンス」だつたとか、「YKK」だの「加藤の乱」だの、派閥の後継争ひと自民党内政争絡みの話ばかりで、もともと利権と政局が好きなこの二世政治家は、所詮自民党総裁=総理大臣になりそこねた二流の政治家にすぎなかつたことを物語つてゐる。
 
 しかし、加藤紘一が平成の日本外交史において、決定的な役割を果たしたことが二度ある。一度は、天皇の訪中問題の時、一度は韓国との慰安婦問題が起きた時である。いづれも平成4年(1992年)、加藤紘一が宮澤内閣の官房長官在任時に起きた問題である。

 天安門事件の虐殺で世界的に孤立を深めてゐた中国が、その突破口として画策したのが天皇の訪中だつた。
 
 中国の猛烈な対日工作に呼応して、政府部内で中心的役割を果たしたのが加藤官房長官で、駐中国大使橋本恕(ひろし)らと連携して、自民党内訪中反対派やマスコミ・保守派団体などへの根回し工作を行つた。外務官僚から政界に転身した加藤は外務省ではチャイナ・スクールに属し、中国課勤務時代の上司の中国課長が橋本恕だつた。

 加藤らの工作が功を奏して、結局、天皇は平成4年10月に訪中し、かの地で謝罪の言葉を述べることになるのだが、この天皇訪中は中国の圧力によつて実現したといふよりも、中国と呼応した自民党内左派勢力(主体は宮澤派)の勝利といつた方が事実に近い。
 
 同じ年、天皇訪中問題と併行して、慰安婦問題が火を噴いた。
 
 慰安婦問題に火をつけたのは、朝日新聞と加藤官房長官だつた。

 朝日新聞は朝刊一面で「慰安所、軍関与示す資料」「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報じたのが1月11日。
 
 すると加藤官房長官は、待つてましたとばかりに、わずか2日後の1月13日、「お詫びと反省」の談話を発表した。

 1月16日には、宮澤首相の訪韓が予定されてゐて、この時の朝日報道は宮澤訪韓のタイミングを狙つたことは明らかだが、加藤官房長官が早々と出した「お詫びと反省」は朝日新聞との連携プレーみたいなものだつた。(ついでにいふと、加藤は東大卒業の年、朝日新聞の入社試験に合格してゐる。この年、外交官試験は落ち、翌年受かつて外務省に入省)。

 宮澤首相は反日デモが吹き荒れる韓国で盧泰愚大統領と会談。慰安婦問題で謝罪し、「真相究明を約束する」と表明した。現地の新聞は宮澤は言葉を変へて8回も謝罪したと報じた。宮澤は、慰安婦問題で公式謝罪したはじめての日本国総理大臣となつた。

 宮澤首相が訪韓で表明した慰安婦問題の「真相究明」のために日本政府は調査を行い、その結果を7月6日、加藤官房長官が発表した。これが、「朝鮮半島出身者のいわゆる従軍慰安婦問題に関する加藤内閣官房長官発表」、別名「加藤談話」である。

 「加藤談話」とは次のやうなものだ。

《朝鮮半島出身のいわゆる従軍慰安婦問題については、昨年12月より関係資料が保管されている可能性のある省庁において政府が同問題に関与していたかどうかについて調査を行ってきたところであるが、今般、その調査結果がまとまったので発表することとした。調査結果については配布してあるとおりであるが、私から要点をかいつまんで申し上げると、慰安所の設置、慰安婦の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・慰安婦の街生管理、慰安所関係者への身分証明書等の発給等につき、政府の関与があったことが認められたということである。調査の具体的結果については、報告書に各資料の概要をまとめてあるので、それをお読み頂きたい。なお、詳しいことは後で内閣外政審議室から説明させるので、何か内容について御質問があれば、そこでお聞きいただきたい。
 政府としては、国籍、出身地の如何を問わず、いわゆる従軍慰安婦として筆舌に尽くし難い辛苦をなめられた全ての方々に対し、改めて衷心よりお詫びと反省の気持ちを申し上げたい。また、このような過ちを決して繰り返してはならないという深い反省と決意の下に立って、平和国家としての立場を堅持するとともに、未来に向けて新しい日韓関係及びその他のアジア諸国、地域との関係を構築すべく努力していきたい。
 この問題については、いろいろな方々のお話を聞くにつけ、誠に心の痛む思いがする。このような辛酸をなめられた方々に対し、我々の気持ちをいかなる形で表すことができるのか、各方面の意見も聞きながら、誠意をもって検討していきたいと考えている。》
 
 「政府の関与があったことが認められた」と述べ、「衷心よりお詫びと反省」を表明する。この「加藤談話」が「河野談話」のプロトタイプであることは明らかである。

 天皇訪中問題と慰安婦問題を検証してみると、加藤紘一といふ政治家が自民党自虐派の頭目だつたことがハッキリする。
 
 加藤は政界引退後、日中友好協会の会長をつとめ、共産党の赤旗に寄稿した。もともと共産党に所属してもをかしくない男だつたのだ。

 「河野談話」は「加藤談話」を抜きにして考へることはできない。
 
 (この項続く)
 
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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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