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■女性皇族の「称号保有」といふワナ ④

 ▼《女性皇族称号保有》に仕掛けられた秘密爆弾


 女性皇族称号保有の制度化で、園部をはじめとする反日グループは様々な奸計をめぐらせてゐる。

●女系天皇への道筋をつけること。 
●旧皇族男子の皇籍復帰の芽を完全につぶすこと。
●皇室典範を「改正」したといふ実績をつくること。

 現行皇室典範に「内親王女王は結婚後も称号を保有する」といふ一項を盛り込むことさへできれば、反日グループによる以上の野望は一挙に達成されるのだ。

 反日勢力にとつては、皇室典範「改正」だけでも巨大な成果といへる。皇室典範を「改正」したといふ実績さへつくつてしまへば、あとはこつちのもの。「皇室典範改正アレルギー」もなくなるだらうから、その後いくらでも「改正」して女系天皇の道筋をつけられる。かれらはさう考へてゐる。

 宮務法として制定された旧皇室典範と異なり、現行の皇室典範はマッカーサー憲法により、国会で制定される法律へとその性格を改変された。皇室典範は一片の法律にすぎないとうそぶくサヨク反日勢力にとつて、皇室典範を「改正」することは戦後の悲願だった。皇室典範は「改正」自体がかれらの目的と化していることを忘れてはならない。

「称号保有」程度の皇室典範改正ならかはまないと簡単に考へてゐる人々は、反日勢力が皇室典範「改正」自体にどれほど戦略的価値を置いてゐるかをまつたく理解してゐない。反日勢力が女性宮家をあきらめて、「内親王女王の称号保有」に一歩後退したと無邪気に信じ込んでゐる。
女性皇族「称号保有」で、反日勢力は実はかなり恐ろしいことを考へてゐるのだ。そのことに誰も気がついてゐない。 

 「女性皇族称号保有法制化」計画の中に仕掛けられた秘密爆弾とは何か?

 以下、それを説明してゆくことにしたい。かなり長い話になると思ふ。

 まづ、反日勢力が目をつけた明治皇室典範第四十四条の条文から読んでみよう。

◎皇室典範(明治22年2月11日)
第七章皇族
《第四十四条 皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス但シ特旨ニ依リ仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ》

 この皇族女子の婚姻条項は、現行皇室典範では次のやうに規定されてゐる。


◎皇室典範(昭和22年1月16日法律3号)
第二章 皇族
《第十二条 皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる。》

 これだけである。旧第四十四条の「但シ」以下の部分がきれいに消えてゐる。

 そもそも明治皇室典範第四十四條の但書きはどうして付けられたのか?

 現行皇室典範において、なぜ但書きの部分が消えたのか?

 現行皇室典範において消滅した但書きの部分を、なぜ反日グループは今になつて復活させようとしてゐるのか?

 それを知るためには、明治皇室典範第四十四条が成立した背景を振り返る必要がある。その背景をさぐつてみると、皇族女子称号保有条項に秘められた驚くべき真実が浮かび上がつてくるだらう。

 さて、明治皇室典範第四十四条といふのは、実に不可解な条文である。もう一度読んでみよう。

 《第四十四条 皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス但シ特旨ニ依リ仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ》
 
 皇族女子で臣籍に嫁した者は皇族から外れると主文では明確に宣言する。列とは位、位次の意味だ。ところが「但シ」以下において、「特旨ニ依リ」「仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ」とすこぶる歯切れの悪い表現で称号保有の例外を認めてしまふのだ。
 
 明治皇室典範についての政府公式解説書といふべき「皇室典範義解」ではこの条文を次のやうに解説してゐる。

《恭(つつしみ)て按ずるに、女子の嫁する者は各々其の夫の身分に従ふ。故に、皇族女子の臣籍に嫁したる者は皇族の列に在らず。此に臣籍と謂へるは専ら異姓の臣籍を謂へるなり。仍内親王又は女王の尊称を有せしむることあるは、近時の前例に依るなり。然るに亦必ず特旨あるを須(ま)つは、其の特に賜へるの尊称にして其の身分に依るに非ざればなり。》

 女子の嫁する者はその夫の身分に従ふから、臣籍に嫁した者は皇族の列にあらず。この場合、あくまで特別のおぼしめしによるもので、皇族といふ身分によるものではない。内親王女王の称を有したとしても、その人は皇族ではないと念を押してゐるのだ。

「皇室典範義解」の逐条説明文は、本条文と不可分の関係にあり、セットで読むべきものとされてゐる。さういふ前提で第四十四条と逐条説明文を通読すると、不思議なことに気がつく。本文において、皇族女子の臣籍に嫁した者は皇族の列にとどまらないと宣言。しかし但書で称号保有といふ例外を規定。その後の解説文で、但書の内容を再度ひつくり返すやうな構造になつてゐる。

 解説文で懸命に打ち消すぐらいなら、曖昧な但書きなどはじめから入れなければいいのにとさへ思ふ。

 しかし、条文と説明文とのこの不可解な関係にこそ実は《第四十四条問題》の本質がひそんでゐることをやがて我々は知るだらう。
 
 明治皇室典範第四十四条の成立過程をたどる手始めとして、皇室典範諮詢案を審議した枢密院の審議記録からひもといてみることにしたい。
 
 その前に枢密院について一言しておかう。枢密院は大日本国帝国憲法と皇室典範の草案を審議するために明治二十一年四月二十八日に設置された。大日本国帝国憲法に先立つて皇室典範がまづ審議に付された。皇室典範の会議は五月二十五日に始まり、六月十五日までの計八日にわたつて開催された。  

 最終的に皇室典範第四十四條となる皇族女子婚姻条項は、枢密院への御諮詢案では第四十六條に置かれてゐた。

 この第四十六條は、明治二十一年六月八日に開催された枢密院会議において審議される。審議は天皇臨御の下、草案を逐条審議する形で進行し、第四十五条の草案を起立多数で可決した後、第四十六條の審議に移つた。

 以下が第四十六條に関する枢密院会議の筆記記録である。


■明治二十一年六月八日午前十時五十分

◎聖上臨御

 出席員
  議長
    伊藤議長
  皇族
    熾仁親王 一番
    彰仁親王 二番
    貞愛親王 三番
    彰仁親王 四番
    威仁親王 五番
  大臣
    三條内大臣 六番
    黒田総理大臣 七番
    大隈外務大臣 九番
    山田司法大臣 十一番 
    松方大蔵大臣 十二番
    大山陸軍大臣 十三番
    森文部大臣 十四番
    榎本逓信・農商務大臣 十五番
  副議長
    寺島副議長 三十番

  顧問官
    土方顧問官 二十九番
    大木顧問官 二十八番
    川村顧問官 二十七番
    福岡顧問官 二十六番
    佐々木顧問官 二十五番
    副島顧問官 二十四番
    佐野顧問官 二十三番
    東久世顧問官 二十二番
    吉井顧問官 二十一番
    元田顧問官 十九番
    河野顧問官 十八番
 欠席員
(不在)山縣内務大臣 八番
    西郷海軍大臣 十番
    品川顧問官 二十番
    勝顧問官 二十番
    吉田顧問官 十六番
 報告員
    井上書記官長
 書記官
 主筆 伊東書記官

  *************


○書記官長
  第四十六條 皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス但シ特旨ニ依リ仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ

○二十九番(土方)本条ハ皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ各其夫ノ分限ニ従フト雖モ仍内親王女王ト称スルコトヲ得ト削正ス而シテ内親王女王ハ皇族女子生来ノ称号ナルニ依リ但シ特旨ニ依リ以下ヲ削リ仮令ヒ降下スルモ皇族女子ハ徹頭徹尾内親王親王ノ称ヲ有スルモノトスヘシ即チ君臣ノ名分ニ於テモ之ヲ以テ宜ヲ得タルモノトス
  
○一番(熾仁親王)二十九番ヲ賛成ス

○二番(彰仁親王)二十九番ヲ賛成ス  

○三番(貞愛親王)二十九番ヲ賛成ス 

○二十二番(東久世)二十九番ノ説ニ三人ノ賛成者アリ然レトモ其夫ノ分限ニ従フト云ヘハ皇族ノ列ニアラスト云フニ同シ故ニ此文字ハ別ニ原案ヲ修正スルノ要ナシ本官ハ但シ書丈ケヲ削除シテ本文ヲ存スルヲ穏当ナリトス親王妃云々ノ前條ヲ削リタルト同一ノ理由ニ拠リ本官ハ皇族ノ臣下ニ嫁シタル者ニ仍内親王ノ称ヲ有セシムルハ名実相叶ハサルモノナリト信スルナリ内親王ノ称ヲ有セシメントナラハ特ニ之ヲ明文ニ掲クルヲ要セス平常ノ称呼ニ於テ始終「プリンセス」ト称ヘテ可ナラン
 
○一番(熾仁親王)第四十六條皇族ノ列ニ非スト定ムル以上ハ仮令ヒ特旨ト雖モ王号ヲ有セシムルハ前後矛盾スト云フヘシ我王家ニ姓ナキハ既ニ前回議事ノ際ニ述タルカ如シ第三十三條ニ生レナカラ内親王ト称ストアレハ是レ固有ヲ示スナリ現今御叔母御姉妹モナケレハ特旨ニ拠リトスルモ別ニ差支ナキカ如シト雖モ若シ此ノ如キ御方現在ニマシマストセハ忽差支へヲ感セン試ニ姉妹アリテ一人ハ特旨ニ依テ尊称ヲ得他ノ一人ハ特旨ナシトセハ双方ノ間ニ愛憎偏頗ヲ免レサラン且内親王女王ノ称号ハ即チ姓ニシテ固有ノ姓ヲ剥奪スルハ忍ヒサル所ナリ第三十四條ノ議事ニ方リテ陳述シタル君臣ニ大義祖宗歴代ノ制ハ破ルヘカラス故ニ二十九番ノ修正モ可ナリト雖モ本官ハ更ニ「皇族女子ハ其ノ臣籍ニ嫁シタル者ト雖仍内親王女王ノ称ヲ有セシム」ト修正セン而シテ夫ノ分限ト云フノ要ナシ若シ其ノ夫ノ分限ニ従フト云ヘハ皇族ニ嫁シタル者ハ皇族ノ禮遇ヲ享クルモ臣籍ニ嫁シタル者ハ其禮遇ヲ失フヘシ其ノ本人ノ不満足知ルヘキナリ本官ノ主意ハ内親王女王ノ称ハ皇族ノ固有ナリ皇族ノ姓ナリ其ノ臣籍ニ嫁スルノ故ヲ以テ其ノ固有ノ姓ヲ剥奪スルハ人情ニ忍ヒサル所トス故ニ先ツ本條ノ但シ書ヲ削ルヘシ而シテ既ニ内親王女王ノ称ヲ有シ皇族ノ姓ヲ冒ス以上ハ皇族相当ノ栄遇ヲ享ケテ可ナリ是レ却テ君臣ノ大義ニ適ヘリ依テ別段ノ修正ヲ提出スト云フニアリ

○三十番(寺島)一番ノ修正ヲ一タヒ示サレタシ

(此時議長ヨリ弁明アリ)

○三十番(寺島)一番ノ説ヲ賛成ス旧幕府ヨリ諸藩ニ嫁シタルニモ相当ノ称ヲ有セシメタルハ歴史上ノ実事ナリ皇族ハ宜シク何処マテモ其尊称ヲ有セシメサルヘカラス

○十一番(山田)二十九番及一番ヨリ修正説出タルモ本官ハ両案トモ稍々同一ノモノニ聞ケリ然レトモ其文ノ異ナルニ随ヒ其ニ意モ同シカラサレハ本官ハ二者協議一致センコトヲ望ム本官ハ修正説ニ賛成セントスレトモ其賛成ヲ表スルノ前二於テ一応質問致タキコトアリ皇族中ニハ親王諸王アリ然ルニ例ヘハ茲ニ一ノ王位ノ女子アランニ此御方ニ正婚ニ由ラスシテ出生セラレタル御子女アラハ仍ホ之ヲ皇族ト云フヘキカ後ニ番外ノ説明ヲ請フ偖皇族ニハ其他種々ノ御方アルヘシ素ヨリ女子ノミニハ限ラス男子モアリ是ハ皆各一家ノ皇族トスヘキカ又ハ一戸主ノ附籍トスヘキヤ丁年以上ハ各々一家ヲ成ストセハ五人ハ五家ニ分カレ三人ハ三家トナレハ其一家毎ニ経済ノ組織ナカラサルヘカラス又或ハ今日ノ儘ニテ推移ラハ他日皇族ノ御一戸ハ非常ノ御人数ニ増スヘク殊ニ婚姻自由ナラサルニ於テハ其困難想見スヘカラサルモノアリ故ニ其人ノ望ニ依リテハ皇族外ノ養子トナリ又自ラ請フテ臣籍ニ入ルヲ得セシムルノ法モナカルヘカラサルヘシ本官ハ修正説ヲ賛成セントスルモ本條ノ修正ハ各位ヨリ提出セラレタル修正案ヲ以テ未タ尽クセリトスルヲ得ス就テハ各位ニ於テ今一応考慮シテ再ヒ提案セラルルカ又更ニ其完美ヲ得ン為ニ之ヲ委員ニ付託セラルルカ二者其一ヲ撰バレンコトヲ望ム又臣籍ノ文字ハ如何カ疑ナキ能ハス今日ニテハ皇族ト臣籍ノ別アリト雖名分ニ於テモ学理に於テモ確拠ナシ蓋聖上ノ外人君ナケレハナリ欧州ニ於テモ皇后一人ヲ除ク他ハ皆臣籍ナリ皇族以外ヲ指シテ悉ク臣下ト云へハ皇族皆君ト謂フヘキカ是等ハ尚精査ヲ要スヘシト雖トモ臣籍ノ字ヲ用ユレハ皇族ト云フ字ニ付テ更ラニ其関係ヲ定メサル得ス要スルニ一番二十九番ハ今一応協議シテ妥当ノ修正ヲ提出セラレタシ協議整ハサレハ更ニ委員ニ付託セラレンコトヲ希望ス尚ホ番外ニ対スル質疑ハ答弁ヲ煩シタシ

○二十八番(大木)本官モ十一番ト同感ナリ其陳弁ハ稍々異ナルモ精神ニ至テハ即チ一ナリ先ツ番外ニ質問シタキ点ハ臣籍ノ字如何ニ有リ其他修正ハ何レニ決スルモ別ニ異議ナシト雖第三十三條ニ拠レハ皇族ハ何時マテモ皇族ナリ殊ニ外国ノ事例ヲモ引授シアル如ク天子ノ御子孫ハ一国統治権ノ在ル所ヲ以テ云へハ即チ臣下ニシテ皆服従ノ義務アルハ言ヲ待タスト雖モ亦論究セサルヘカラサルヲ以テ之ヲ鄭重ニスル為メ再ヒ調査セラレンコトヲ望ム

○二十九番(土方)本官ニ於テモ十一番ト同感ナリ一番ノ修正ト文字上ノ多少ノ差異アルモ精神ハ同一轍ナリ文字ノ議事ニ時間ヲ費ヤサンヨリ宜シク委員ヲ設ケテ修正セシムヘシ乃十一番ノ説ヲ賛成ス

○二十八番(大木)臣籍ノ字ヲ避ケタシ又皇族女子ノ婚嫁シテ其夫ノ分限ニ従フトノ修正モ又穏当ナラス依テ委員ニ附託スル説ニ賛成ス

○十五番(榎本)十一番ヲ賛成ス

○番外(井上)修正意見ヲ設クルナラハ其修正ノ目的ヲ定メサルヘカラス然シナカラ其目的ニシテ一タヒ定マリ之ヲ委員ニ授ケラルルコトキハ復タ動カスヘカラサルモノトナルカ故ニ其目的ノ定マル前二議長ニ於テ一応原案ノ主意ヲ弁明相成タシ

○議長 本條ニ付キ種々修正説ヲ提出セラレシカ其順序ヲ云ヘハ始メ二十九番ノ修正アリテ之ニ賛成者アリ又賛成者中ニ意見ヲ異ニスル者ヲ生シ遂ニ一変シテ委員説トナレリ拠テ果シテ委員ニ附託スヘキモノトセハ委員ニ於テ如何ニ之ヲ修正スヘキヤ其修正ノ目的ヲ定メサルヘカラス
家族ノ種類身分家族ノ組織等ニ付キ弁明ヲ求メラレタル各位モアリシト雖モ此等ハ典範中ノ問題ニ属セス本條ヲ議スルニ臨ミテ推擴シテ其議ヲ此等ノ点迄ニ及ホスヲ得ス此等ハ凡テ皇族将来ノ御待遇ニ関スルコトニシテ皇室ニ於テ将来ニ御制定相成ルヘク今報告員ノ弁スヘキ限ニアラス好シ又報告員ニ於テ之ヲ弁スルモ将来皇室ニ於テ報告員今日ノ弁明通ニ履行セラルルヤ否ヤ保スヘカラス然ラハ此点ノ弁明ハ無用トス依テ報告員ヲシテ一応原案ノ主旨ノミヲ弁明セシムヘシ

○番外(井上)議長ノ許可ヲ得テ一応原案ヲ陳述スヘシ二十八番発議ノ精神ハ原案ト同義ナリト思ハルルヲ以テ二十九番ノ修正意見ニ付弁論スヘシ内親王降嫁ノ御旧例ヲ取調ヘルニハ頗ル困難セリ元来大宝令

 二世王親王ヲ娶王女王ヲ娶ル者ハ聴ス但シ五世王ハ親王ヲ娶ルコトヲ得ス

之ニ拠レハ人臣タル家ニ於テハ皇族ヲ娶ルコトヲ得サルナリ其後延暦十二年ニ至リ藤原氏ノミハ二世以下ノ女王ヲ娶ルコトヲ得ノ特許アリ抑モ内親王ノ人臣ニ降嫁シタル実例ハ絶テ無クシテ僅ニ之レ有リ即チ藤原氏以来和宮アルノミ而シテ事特別ニ出ルヲ以テ典範ヲ調査スルニ当テ之ヲ一般ノ例規トシテ視コト能ハサルナリ民法上ヨリ云ヘハ其夫ノ分限ニ従フハ普通ノコトニシテシ支那ニ於テモ夫ノ爵ニ従フハ周以来ノ慣行ナリ徳川氏ノ時代ヲ引証シテ立論セラルル向キアリト雖モ当時ニ在テハ法律上ノ学未タ充分ニ開ケサリシヲ以テ法律上果シテ如何ナル取扱ヲナシタルカハ知ルヘカラサルヲ以テ例トスルニ足ラス依タ已ムヲ得ス之ヲ外国ノ例ニ照ラス独逸各国ニ於テハ女王ノ王族ニアラサルモノト結婚スルトキハ王族ヨリ除クト定ム即チ我典範ニ於テ皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラストスルモ甚タ不都合ナキカ如シ且ツ之ヲ皇族ノ列ニ在トスレハ実際頗ル困難ノ事情アルヘシ既ニ過日ノ議場ニ於テ皇子孫ノ過度ニ繁殖スルニ随ヒ其御賄ニ困難スヘシトノ説モアリタリ若シ降嫁セラルルモ仍皇族トシテ取扱フニ於テハ仮令遠孫ノ皇族ト雖其親疎ニ応シテ相当ノ手当ナカラサルヘカラス皇族ノ御人数将来大ヒニ増加シ而シテ其遠孫ニ至ル迄他ニ婚嫁セラルルコトキハ悉ク宮内省ニ於テ受持ツヘキモノトスルトキハ其困難最モ甚タシ又現今女王ノ嫁セラレタル人臣ノ家ハ徳川、有馬、井伊、新潟ノ井上、二條、一條、松平等数多アリ将来此等ノ御遠孫ニ至ルマテ悉ク宮内省ヨリ相当ノ御賄ヲ与ヘサルヘカラストスルゴトキハ皇族ノ増加スルニ従テ実際余程困難ノ点生シ来ラント思ハルルヲ以テ唯タ尊称ノミヲ有セラルルハ差支ナシト雖モ皇族トシテ何時迄モ待遇スルハ不都合ナリ或ハ降嫁ナリタル上ハ宮内省ノ方ハ手離レニシ其ノ御賄ハ夫ノ家ノ受持トシテ可ナリト云フ反対ノ意見モアルヘケレトモ皇族トシテ既ニ其御身分アル以上ハ御婚嫁先ノ御生計向立派ナレハ格別左モナケレハ必ス相当ノ御手当ヲ要ス是レ実際ノ困難ナリ原案ハ此辺ニ最モ意ヲ用ヒテ調査シタルナリ但書以下ト皇族ノ列ニアラストハ矛盾ナリトノ説ハ御尤もナレドモ大宝令ニ於テ皇族ハ人臣ニ嫁スルコトヲ許サスト雖モ藤原氏ニ限リ特旨ヲ以テ許可スト同シク特別ノ例ヲ設クルモノナリ御婚嫁先キニ依リ特別(例)ヲ以テ与フルモノニシテ十人ハ十人ナカラ皇族ニ列スルニアラス是特旨ノ必要ナル所以ナリ

****************

 ここまで掲げた筆記録は第四十六條に関する筆記録のほぼ半分にすぎない。

 皇室典範を審議する枢密院会議は、天皇が臨御する張り詰めた空気の中で、出席者の白刃を交へるやうな緊迫した応酬が続く。


(この項続く)




















 
 
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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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