■女性皇族の「称号保有」といふワナ ⑤

 ▼女性皇族の称号保有に反対だつた井上毅


称号保有をめぐる明治二十一年六月八日の枢密院会議審議録を引き続き掲載する。第四十六條の審議の後半部分である。

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○二十八番(大木)臣籍丈ヲ削除シタシ併し別ニ深キ意アルニアラス又但書ヲ削除セントノ説アレトモ本官ノ考ニテハ矢張リ法律上此ノ如ク明掲セサルヲ可トス別ニ高案アラハ之ヲ賛成スヘシ

○十一番(山田)本官ハ二十九番ト一番ノ修正説ヲ一致セラレンコトヲ望ミタリ其趣意ノ分明ナラン為メ再ヒ此ニ陳述スヘシ先刻番外ニ向テ二條ノ問ヲ発シテ之ヲ質疑シタリ而シテ本官ハ其答弁ヲ得タル後二十九番一番ニ賛成ヲ表スルノ心得ナリシカ其第一問ハ議長ノ制止スル所トナリタルヲ以テ再ヒ之ヲ提出セス然ル上ハ第二問即チ臣籍皇族ノ字ニ相当ノ制限アラハ一番ノ修正ニ異存ナシ尚之ヲ委員ニ附して調査セシメラレタシ

○議長 修正説区区ニシテ成立セス或ハ成立セントシテ委員説に変シタリ依テ一ト通リ原案ノ精神ヲ弁明セシメタリ
十一番ノ説ニ君主ノ他君ナシト云フヲ以テ臣籍ノ字ヲ難シタリト雖モ十一番ハ其原則ノ適用ヲ誤レリ抑モ君主ノ統帥権上ヨリ云ヘハ普天ノ下、王土ニアラサルハナク率土ノ濱、王臣ニアラサルハナシ故ニ上、皇太子ヨリ下、庶民ニ至ルマテ皆臣民タリ然レトモ是固ヨリ統帥権ノ原則ヨリ推理セル法理論ニシテ実際何レノ国ニ在テモ皇族ヲ以テ一般人民ト同一視スルモノアルコトナシ抑モ皇位継承ノ権アル者之ヲ皇族ト云フ固ヨリ一般ノ臣民ト異ナリテ実に君主ノ御家族タリ其権義上特ニ典範ヲ設ケテ之ヲ定メ而シテ往々普通民法ニ依ラサルモ亦之ニ基ク今一天萬乗ノ天子カ国家ノ元首トシテ萬民ノ上ニ君臨遊ハス時ノ元則ヲ以テ之ヲ其家族ノ関係ノ関係ヲ定メサセラルル典範ニ適用スルハ其穏当ヲ得タルモノト云フヲ得ス

○二十八番(大木)其説尤ナリ是レ固ヨリ法理論ニ属ス然シナカラ之ヲ論スルコトキハ終ニ十一番ノ説ノ如ク天子ノ外君主ナシト云フニ帰着セサルヲ得ス故ニ臣籍ノ字ヲ避クルヲ可トス然ラサレハ差支ナキニシモアラスト思惟スルナリ何トカ別ニ書法ナキ乎

○十一番(山田)唯議長ノ弁明ヲ得タリ国ノ統治権ノ上ヨリ云ヘハ云々ト云フノ説ヲ以テ本官ノ説ヲ論弁セラレタリト雖典範ト他ノ法律ト両徒ナルヲ得ス典範ニハ此意味ヲ以テ臣籍ノ字ヲ用ヒ他ノ法律ニハ彼ノ意味ヲ以テ此字ヲ用フルカ如キコトアルヘカラス且ツ必スシモ臣籍ノ字ヲ用ヒサルモ他ニ書法ナシトセス統治上ト家制上ノ差別トヲ論拠トシテ臣字ノ用法ヲ区々タラシムハ本官ノ取ラサル所ナリ

○議長 調査委員ヲ設クルヲ問題トスルニ同意者ハ起立アレ

(起立十人)

○議長 少数二付消滅ニ属ス

○十八番(河野)一番賛成スルニ付其理由ヲ述ン抑々一番ノ説ハ番外弁明ノ為ニ障害セラルルコトナシ皇族女子ハ第四十六條ニ依リテ臣籍ニ降嫁スルヲ得ラルルコトハ明瞭ナリ然ルニ今之ニ原案ノ如キ但シ書ヲ加フルコトキハ内親王親王ト称スルヲ得サル臣下カ之ヲ称スルヤノけ嫌アリ且皇族ノ字ノ解義ハ前第三十二條ニ於テ定リ其称号ハ生来特有ノモノナルニ婚嫁ノ後ハ特旨ニ依ラスシテ其称号ヲ有スヘカラサルトスルトキハ全ク婚嫁ノ為メニ称号剥奪ノ姿トナラン婚嫁ハ人ノ大倫ニシテ最モ慶スヘキコトナリ而シテ称号褫奪(チダツ)剥奪ハ最モ弔スヘシ即チ今後最モ慶賀スヘキ佳辰ニ際シテ悲痛ノ弔詞ヲ同時ニ上ツラサルヘカラス如キ矛盾ヲ生スヘシ其配偶者ハ公気候ノ家ニ限ラレタレハ固ヨリ立派ナル御方ナルヘシ藤原氏ノ皇族ヲ娶リタルハ或ハ専横ニ出タルニセヨ既ニ一番モ述ヘタル如ク今後皇族ノ間ニ互ヒニ阻格ヲ生スルノ患ナキヲ保セス仮令ヘハ茲ニ姉妹ノ皇女アリ一人ハ公爵ノ家ニ嫁セラレ一人ハ侯爵ノ家ニ嫁セラレ而シテ其公爵ノ家ニ嫁セラレタル方ハ内親王ト称シ侯爵ニ嫁セラレタル方ハ之ヲ称スルヲ得ス配偶者ノ爵ノ異ナルニ拠リテ同シ御姉妹ニアリナカラ此厚薄ヤ特旨ニ依ルトスルコトキハ往々忍ヒサルノ物議ヲ起スナラン畢竟臣籍ニ嫁セラレタル皇族女子ヲ皇族トシテトシテ取扱ハサル理由ハ御賄ノ一條ノ懸念ニ出ツルモノナルカ如シ然シナカラ此一條ハ此ヲ御内規ニ定メラレ御婚嫁先キ御困難ニシテ皇族ノ体面ヲ維持シ難キ時ニ限リ宮内省ヨリ御補助ヲ給スルトセラルルモ差支ナカルヘシ又婚嫁ハ勅許ニ由ルモノナルカ故ニ此ノ如キ御婚嫁ハ勅許ナキモ可ナリ生来ノ称号ヲ褫奪(チダツ)スルハ未タ其可ヲ見ス

○二十三番(佐野)種々ノ説アリ十八番ハ降嫁ノ上ノ礼遇如何ニ付権利ヲ褫奪(チダツ)ト云ヘリ此ノ如クニ論スルコトキハ事頗ル重大ナルカ如シト雖モ試ニ
退テ静思スルニ東洋ニ於テハ一タヒ婚嫁スル時ハ其夫ノ分限ニ従フコト古来天下ノ大法ナリ臣籍ヨリ皇后ニ上レハ皇后ノ礼遇アリ親王妃モ亦然リトス今皇族女子ニ限リ夫ハ臣下ノ待遇妻ハ皇族ノ待遇ヲ受クルトセハ夫婦ノ大理ヲ毀傷スルノ虞ナキカ十一番ヨリ臣籍ノコトニ付発議アリタレトモ此皇家継承ノ権ヲ有スル皇親ヲ皇族ト云ヒ其他ノ者ハ公ノ家ニアレ候ノ家ニアレ皆臣籍ニ列シ君臣ノ分定マルハ古来渝ルコトナシ本條臣籍ノ文字アリテ差支ナカルヘキカ尚聊文字ノ修正ヲ要スヘキモ夫ノ分限ニ従フハ当然ナリトス

○十八番(河野)二十三番ノ弁明中最各位ノ感ヲ喚ヒタリト信スルハ夫婦其待遇ヲ異ニスル一事ナリ然レトモ是レ瑣々タルコトニシテ一旦定マリタル上ハ別ニ不都合ヲ見ス但書ヲ削除スルニアラサレハ却ツテ大ナル不都合ヲ胎スヘシ

○議長 一番ノ修正説ニ同意者ハ起立アレ

(起立六人)

○議長 少数ニ付乃廃滅ス

○議長 原案ニ同意者ハ起立アレ
よい
(起立十三人)

○議長 原案ニ付乃原案可決ス

御饌ノ時刻ニ付一旦閉会シ午後再ヒ開会スヘシ
(午後十二時十五分)

議長 伊藤博文
 書記官長 井上 毅
 書記官 伊東巳代治
 書記官 花房直三郎

****************

 以上、皇室典範御諮詢案にある第四十六條の審議を掲載した。冒頭に第四十六條の審議録をながながと掲載したのは、女性皇族称号保有をめぐつてどれほどの意見が戦はされたのかを知つてもらいたかったからである。この枢密院審議録が我々に教へてくれるのは、称号保有に関して出席者の間で意見の対立が厳然と存在したといふことである。天皇臨御の席で、まさに皇族の本質論そのものをめぐる激しい議論が展開されたのだつた。

 それでは、これから第四十六條に関する議事録をもう一度はじめから読み直してみよう。
 
○書記官長
  第四十六條 皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス但シ特旨ニ依リ仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ
  
  まづ、書記官長井上毅が草案の條文を読み上げる。

  ついで顧問官土方久元が次のやうに発言する。

○二十九番(土方)本条ハ皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ各其夫ノ分限ニ従フト雖モ仍内親王女王ト称スルコトヲ得ト削正ス而シテ内親王女王ハ皇族女子生来ノ称号ナルニ依リ但シ特旨ニ依リ以下ヲ削リ仮令ヒ降下スルモ皇族女子ハ徹頭徹尾内親王親王ノ称ヲ有スルモノトスヘシ即チ君臣ノ名分ニ於テモ之ヲ以テ宜ヲ得タルモノトス

 土方久元は旧土佐藩士。宮内少輔、内務大輔、太政官内閣書記官長、侍補、宮中顧問官、元老院議官、農商務大臣等を歴任。天皇親政を唱へた宮中保守派で、後に宮内大臣も務める。ここで土方は、《皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ各其夫ノ分限ニ従フト雖モ仍内親王女王ト称スルコトヲ得》といふ修正案を提案する。原案にある《特旨ニ依リ》などの条件を外し、《徹頭徹尾内親王親王ノ称ヲ有スル》ものとすべしという意見だ。《君臣ノ名分》の立場、すなわち内親王女王は臣籍にある者と結婚しても、終生《君》の側にあるといふ認識に立つた発言である。
 
 この土方久元の修正案に対して、

○一番(熾仁親王)二十九番ヲ賛成ス

○二番(彰仁親王)二十九番ヲ賛成ス  

○三番(貞愛親王)二十九番ヲ賛成ス 

 と、熾仁親王、彰仁親王、貞愛親王の三親王が相次いで賛意を表明する。

 ここで顧問官東久世通禧が発言し、異論を唱へる。

○二十二番(東久世)二十九番ノ説ニ三人ノ賛成者アリ然レトモ其夫ノ分限ニ従フト云ヘハ皇族ノ列ニアラスト云フニ同シ故ニ此文字ハ別ニ原案ヲ修正スルノ要ナシ本官ハ但シ書丈ケヲ削除シテ本文ヲ存スルヲ穏当ナリトス親王妃云々ノ前條ヲ削リタルト同一ノ理由ニ拠リ本官ハ皇族ノ臣下ニ嫁シタル者ニ仍内親王ノ称ヲ有セシムルハ名実相叶ハサルモノナリト信スルナリ内親王ノ称ヲ有セシメントナラハ特ニ之ヲ明文ニ掲クルヲ要セス平常ノ称呼ニ於テ始終「プリンセス」ト称ヘテ可ナラン。

 東久世通禧は、後半の但書きのみを削除し、《皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス》のみで可と主張する。東久世は、臣下に嫁した者に内親王の称を有せしむるは《名実相叶ハサルモノ》と、土方の主張した《君臣ノ名分》の立場からする称号保有論に真つ向から異議を唱へた。

 これに対して、熾仁親王が反論の意見を述べる。

○一番(熾仁親王)第四十六條皇族ノ列ニ非スト定ムル以上ハ仮令ヒ特旨ト雖モ王号ヲ有セシムルハ前後矛盾スト云フヘシ我王家ニ姓ナキハ既ニ前回議事ノ際ニ述タルカ如シ第三十三條ニ生レナカラ内親王ト称ストアレハ是レ固有ヲ示スナリ現今御叔母御姉妹モナケレハ特旨ニ拠リトスルモ別ニ差支ナキカ如シト雖モ若シ此ノ如キ御方現在ニマシマストセハ忽差支へヲ感セン試ニ姉妹アリテ一人ハ特旨ニ依テ尊称ヲ得他ノ一人ハ特旨ナシトセハ双方ノ間ニ愛憎偏頗ヲ免レサラン且内親王女王ノ称号ハ即チ姓ニシテ固有ノ姓ヲ剥奪スルハ忍ヒサル所ナリ第三十四條ノ議事ニ方リテ陳述シタル君臣ニ大義祖宗歴代ノ制ハ破ルヘカラス故ニ二十九番ノ修正モ可ナリト雖モ本官ハ更ニ「皇族女子ハ其ノ臣籍ニ嫁シタル者ト雖仍内親王女王ノ称ヲ有セシム」ト修正セン而シテ夫ノ分限ト云フノ要ナシ若シ其ノ夫ノ分限ニ従フト云ヘハ皇族ニ嫁シタル者ハ皇族ノ禮遇ヲ享クルモ臣籍ニ嫁シタル者ハ其禮遇ヲ失フヘシ其ノ本人ノ不満足知ルヘキナリ本官ノ主意ハ内親王女王ノ称ハ皇族ノ固有ナリ皇族ノ姓ナリ其ノ臣籍ニ嫁スルノ故ヲ以テ其ノ固有ノ姓ヲ剥奪スルハ人情ニ忍ヒサル所トス故ニ先ツ本條ノ但シ書ヲ削ルヘシ而シテ既ニ内親王女王ノ称ヲ有シ皇族ノ姓ヲ冒ス以上ハ皇族相当ノ栄遇ヲ享ケテ可ナリ是レ却テ君臣ノ大義ニ適ヘリ依テ別段ノ修正ヲ提出スト云フニアリ

 熾仁親王の意見の要点は、
①内親王女王といふ称号は皇族固有の姓である。
②臣籍に嫁したからといつて、その固有の姓を剥奪するのは人情に忍びない。
③《特旨》により称号保有の可否が決められるなら、皇族姉妹のうち一方は称号を保有し他方は称号を有さないといふことにもなり、双方の間に《愛憎偏頗》を免れがたい。
 といふことになる。

 その上で熾仁親王は、土方顧問官の修正案でもよろしいが、自分はさらに、「皇族女子ハ其ノ臣籍ニ嫁シタル者ト雖仍内親王女王ノ称ヲ有セシム」と修正したいと述べる。内親王女王が結婚後も《皇族相当ノ栄遇》を享けることが《君臣ノ大義》に適ふといふ主張は、土方久元の《君臣ノ名分》論とほぼ共通する。

 この発言の中で、熾仁親王が《内親王女王ノ称号ハ即チ姓ニシテ》《内親王女王ノ称ヲ有シ皇族ノ姓ヲ冒ス》と再三にわたつて《皇族の姓》といふ問題に言及してゐることを記憶にとどめてもらひたい。

 さて、会議はこの後、土方久元や熾仁親王の修正案に関する意見が相次いだため、議長の伊藤博文がこれを整理した上で、原案主旨を報告員に弁明させると述べ、井上毅が原案主旨の説明に立つ。

○番外(井上)議長ノ許可ヲ得テ一応原案ヲ陳述スヘシ二十八番発議ノ精神ハ原案ト同義ナリト思ハルルヲ以テ二十九番ノ修正意見ニ付弁論スヘシ内親王降嫁ノ御旧例ヲ取調ヘルニハ頗ル困難セリ元来大宝令

 二世王親王ヲ娶王女王ヲ娶ル者ハ聴ス但シ五世王ハ親王ヲ娶ルコトヲ得ス

之ニ拠レハ人臣タル家ニ於テハ皇族ヲ娶ルコトヲ得サルナリ其後延暦十二年ニ至リ藤原氏ノミハ二世以下ノ女王ヲ娶ルコトヲ得ノ特許アリ抑モ内親王ノ人臣ニ降嫁シタル実例ハ絶テ無クシテ僅ニ之レ有リ即チ藤原氏以来和宮アルノミ而シテ事特別ニ出ルヲ以テ典範ヲ調査スルニ当テ之ヲ一般ノ例規トシテ視コト能ハサルナリ民法上ヨリ云ヘハ其夫ノ分限ニ従フハ普通ノコトニシテシ支那ニ於テモ夫ノ爵ニ従フハ周以来ノ慣行ナリ徳川氏ノ時代ヲ引証シテ立論セラルル向キアリト雖モ当時ニ在テハ法律上ノ学未タ充分ニ開ケサリシヲ以テ法律上果シテ如何ナル取扱ヲナシタルカハ知ルヘカラサルヲ以テ例トスルニ足ラス依テ已ムヲ得ス之ヲ外国ノ例ニ照ラス独逸各国ニ於テハ女王ノ王族ニアラサルモノト結婚スルトキハ王族ヨリ除クト定ム即チ我典範ニ於テ皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラストスルモ甚タ不都合ナキカ如シ且ツ之ヲ皇族ノ列ニ在トスレハ実際頗ル困難ノ事情アルヘシ既ニ過日ノ議場ニ於テ皇子孫ノ過度ニ繁殖スルニ随ヒ其御賄ニ困難スヘシトノ説モアリタリ若シ降嫁セラルルモ仍皇族トシテ取扱フニ於テハ仮令遠孫ノ皇族ト雖其親疎ニ応シテ相当ノ手当ナカラサルヘカラス皇族ノ御人数将来大ヒニ増加シ而シテ其遠孫ニ至ル迄他ニ婚嫁セラルルコトキハ悉ク宮内省ニ於テ受持ツヘキモノトスルトキハ其困難最モ甚タシ又現今女王ノ嫁セラレタル人臣ノ家ハ徳川、有馬、井伊、新潟ノ井上、二條、一條、松平等数多アリ将来此等ノ御遠孫ニ至ルマテ悉ク宮内省ヨリ相当ノ御賄ヲ与ヘサルヘカラストスルゴトキハ皇族ノ増加スルニ従テ実際余程困難ノ点生シ来ラント思ハルルヲ以テ唯タ尊称ノミヲ有セラルルハ差支ナシト雖モ皇族トシテ何時迄モ待遇スルハ不都合ナリ或ハ降嫁ナリタル上ハ宮内省ノ方ハ手離レニシ其ノ御賄ハ夫ノ家ノ受持トシテ可ナリト云フ反対ノ意見モアルヘケレトモ皇族トシテ既ニ其御身分アル以上ハ御婚嫁先ノ御生計向立派ナレハ格別左モナケレハ必ス相当ノ御手当ヲ要ス是レ実際ノ困難ナリ原案ハ此辺ニ最モ意ヲ用ヒテ調査シタルナリ但書以下ト皇族ノ列ニアラストハ矛盾ナリトノ説ハ御尤モナレドモ大宝令ニ於テ皇族ハ人臣ニ嫁スルコトヲ許サスト雖モ藤原氏ニ限リ特旨ヲ以テ許可スト同シク特別ノ例ヲ設クルモノナリ御婚嫁先キニ依リ特別(例)ヲ以テ与フルモノニシテ十人ハ十人ナカラ皇族ニ列スルニアラス是特旨ノ必要ナル所以ナリ

 以上、井上毅が述べた説明のポイントは、次のやうになるだらう。

①内親王が人臣に降嫁した実例は和宮のみだが、これは特殊な例に属するので一般の例規とみることはできない。
②民法上から言へば《夫ノ分限》に従ふのは普通のことである。
③徳川時代を例に引く人もゐるが、当時どのような法律上の取扱ひを受けてゐたかはよく分からず、先例とすることはできない。
④外国でも独逸各国においては女王が非王族と結婚するときは王族より除くと定めてゐる。従つて我が皇室典範において、《皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス》としても不都合はない。
⑤もし内親王女王が降嫁した後も皇族として取扱ふなら、相当の手当を出さざるをえない。その人数が増加すれば、宮内省の経済負担は困難を極める。
⑥女王が嫁した人臣の家は徳川、有馬、井伊、新潟ノ井上、二條、一條、松平など数多くあるが、将来その御遠孫に至るまで宮内省が経済上の負担をするとなると《余程困難ノ点生シ来ラン》。
⑦ただ尊称のみを有せしむるは《差支ナシト雖モ》、皇族としていつまでも待遇するのは不都合である。
⑧《特旨ニ依リ》とは、大宝令において皇族は人臣に嫁すことを許さなかつたのを、藤原氏に限つて特旨で許可したのと同じく、特別の例を設けるものである。
⑨御婚嫁先によつて特例として認めるもので、結婚後も十人が十人皇族に列するといふ趣旨ではない。

 井上毅が内親王女王の称号保有に対してほとんど否定的な考へを抱いてゐたことは明らかである。のみならず彼はここで、将来にわたつて《特旨》が発動されて称号保有が認められる可能性はない、と言外に匂はせてさへゐるのだ。このことも覚へておいていただきたい。

(この項続く)



















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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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