■女性皇族の「称号保有」といふワナ ⑥

 ▼枢密院で議論が二分された称号保有問題


 枢密院会議審議録の第四十六條の審議を引き続きみてゆくことにしよう。

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○二十八番(大木)臣籍丈ヲ削除シタシ併し別ニ深キ意アルニアラス又但書ヲ削除セントノ説アレトモ本官ノ考ニテハ矢張リ法律上此ノ如ク明掲セサルヲ可トス別ニ高案アラハ之ヲ賛成スヘシ

○十一番(山田)本官ハ二十九番ト一番ノ修正説ヲ一致セラレンコトヲ望ミタリ其趣意ノ分明ナラン為メ再ヒ此ニ陳述スヘシ先刻番外ニ向テ二條ノ問ヲ発シテ之ヲ質疑シタリ而シテ本官ハ其答弁ヲ得タル後二十九番一番ニ賛成ヲ表スルノ心得ナリシカ其第一問ハ議長ノ制止スル所トナリタルヲ以テ再ヒ之ヲ提出セス然ル上ハ第二問即チ臣籍皇族ノ字ニ相当ノ制限アラハ一番ノ修正ニ異存ナシ尚之ヲ委員ニ附して調査セシメラレタシ

 顧問官大木喬任と司法大臣山田顕義の二人が再び「臣籍」に言及したところで、議長の伊藤博文が発言する。

○議長 修正説区区ニシテ成立セス或ハ成立セントシテ委員説に変シタリ依テ一ト通リ原案ノ精神ヲ弁明セシメタリ
十一番ノ説ニ君主ノ他君ナシト云フヲ以テ臣籍ノ字ヲ難シタリト雖モ十一番ハ其原則ノ適用ヲ誤レリ抑モ君主ノ統帥権上ヨリ云ヘハ普天ノ下、王土ニアラサルハナク率土ノ濱、王臣ニアラサルハナシ故ニ上、皇太子ヨリ下、庶民ニ至ルマテ皆臣民タリ然レトモ是固ヨリ統帥権ノ原則ヨリ推理セル法理論ニシテ実際何レノ国ニ在テモ皇族ヲ以テ一般人民ト同一視スルモノアルコトナシ抑モ皇位継承ノ権アル者之ヲ皇族ト云フ固ヨリ一般ノ臣民ト異ナリテ実に君主ノ御家族タリ其権義上特ニ典範ヲ設ケテ之ヲ定メ而シテ往々普通民法ニ依ラサルモ亦之ニ基ク今一天萬乗ノ天子カ国家ノ元首トシテ萬民ノ上ニ君臨遊ハス時ノ元則ヲ以テ之ヲ其家族ノ関係ヲ定メサセラルル典範ニ適用スルハ其穏当ヲ得タルモノト云フヲ得ス

 伊藤博文は臣籍といふ言葉について持論を展開する。
①君主の統帥権上から言へば、皇太子から庶民に至るまで皆臣民である。
②しかしこれは統帥権の原則から推理した法理論であつて、実際はどの国でも皇族を一般人民と同一視してはゐない。
③そもそも皇位継承権のある者を皇族といふ。
④君主の御家族のことは典範で定め民法に依らない。
⑤天子が国家の元首として萬民の上に君臨するときの元則をもつて、皇族の家族関係を定める典範に適用するのは穏当ではない。

 ここで伊藤は、天皇以外はみな臣民であるといふ理論と、皇族と一般人は異なるといふ理論との混同を強く戒め、皇室典範は皇族と一般人は異なるといふ理論に基礎を置かなければならないと宣言してゐる。

 このあとも、大木喬任と山田顕義が臣籍といふ言葉の使用を難じる発言を繰り返すと、伊藤議長はこの問題で調査委員を設けるかどうかについて採決をとり、起立少数で調査委員の設置を否決、臣籍問題に決着をつけた。

 この後、顧問官河野敏鎌が、次のやうな熾仁親王への賛成意見を展開する。

○十八番(河野)一番ヲ賛成スルニ付其理由ヲ述ン抑々一番ノ説ハ番外弁明ノ為ニ障害セラルルコトナシ皇族女子ハ第四十六條ニ依リテ臣籍ニ降嫁スルヲ得ラルルコトハ明瞭ナリ然ルニ今之ニ原案ノ如キ但シ書ヲ加フルコトキハ内親王親王ト称スルヲ得サル臣下カ之ヲ称スルヤノ嫌アリ且皇族ノ字ノ解義ハ前第三十二條ニ於テ定リ其称号ハ生来特有ノモノナルニ婚嫁ノ後ハ特旨ニ依ラスシテ其称号ヲ有スヘカラサルトスルトキハ全ク婚嫁ノ為メニ称号剥奪ノ姿トナラン婚嫁ハ人ノ大倫ニシテ最モ慶スヘキコトナリ而シテ称号褫奪(チダツ)ハ最モ弔スヘシ即チ今後最モ慶賀スヘキ佳辰ニ際シテ悲痛ノ弔詞ヲ同時ニ上ツラサルヘカラス如キ矛盾ヲ生スヘシ其配偶者ハ公候ノ家ニ限ラレタレハ固ヨリ立派ナル御方ナルヘシ藤原氏ノ皇族ヲ娶リタルハ或ハ専横ニ出タルニセヨ既ニ一番モ述ヘタル如ク今後皇族ノ間ニ互ヒニ阻格ヲ生スルノ患ナキヲ保セス仮令ヘハ茲ニ姉妹ノ皇女アリ一人ハ公爵ノ家ニ嫁セラレ一人ハ侯爵ノ家ニ嫁セラレ而シテ其公爵ノ家ニ嫁セラレタル方ハ内親王ト称シ侯爵ニ嫁セラレタル方ハ之ヲ称スルヲ得ス配偶者ノ爵ノ異ナルニ拠リテ同シ御姉妹ニアリナカラ此厚薄ヤ特旨ニ依ルトスルコトキハ往々忍ヒサルノ物議ヲ起スナラン畢竟臣籍ニ嫁セラレタル皇族女子ヲ皇族トシテトシテ取扱ハサル理由ハ御賄ノ一條ノ懸念ニ出ツルモノナルカ如シ然シナカラ此一條ハ此ヲ御内規ニ定メラレ御婚嫁先キ御困難ニシテ皇族ノ体面ヲ維持シ難キ時ニ限リ宮内省ヨリ御補助ヲ給スルトセラルルモ差支ナカルヘシ又婚嫁ハ勅許ニ由ルモノナルカ故ニ此ノ如キ御婚嫁ハ勅許ナキモ可ナリ生来ノ称号ヲ褫奪(チダツ)スルハ未タ其可ヲ見ス

 議事録に時々出てくる褫奪(チダツ)の褫は、「うばふ」「官職を取り上げる」の意味だから、褫奪は剥奪とほぼ同義語だ。

 河野敏鎌の意見をまとめると次のやうになる。

①内親王女王の称号は生来特有のものである
②特旨に依らなくては称号を有すことができないとなれば、婚嫁のために称号を剥奪されるということになる
③結婚は人生において最もめでたい事なのに、称号が奪はれるてしまふのは最も弔すべき事である。
④姉妹の皇女があつて、一人は公爵の家に嫁ぎ、一人は侯爵に家に嫁ぎ、公爵の家に嫁せられた方は内親王と称し侯爵に嫁せられた方は内親王と称することができないとすれば、物議を起すことにもなりかねない。
⑤結婚した女性皇族を皇族として取り扱はない理由が、財政上の懸念にあるなら、婚嫁先が経済上困難で皇族としての体面を維持しがたい時に限り宮内省から補助を給附するということでもよい。

 内親王女王の称号は生来特有のもの、皇女姉妹の待遇に差ができてしまふなど、熾仁親王の称号保有論と基本的に大きな差異はない。

 この河野敏鎌に異議を唱えたのが顧問官佐野常民だ。佐野は日本赤十字社の創設者、いはゆる「佐賀の七賢人」の一人として知られる。

 佐野は次のやうに主張する。

○二十三番(佐野)種々ノ説アリ十八番ハ降嫁ノ上ノ礼遇如何ニ付権利ヲ褫奪(チダツ)ト云ヘリ此ノ如クニ論スルコトキハ事頗ル重大ナルカ如シト雖モ試ニ退テ静思スルニ東洋ニ於テハ一タヒ婚嫁スル時ハ其夫ノ分限ニ従フコト古来天下ノ大法ナリ臣籍ヨリ皇后ニ上レハ皇后ノ礼遇アリ親王妃モ亦然リトス今皇族女子ニ限リ夫ハ臣下ノ待遇妻ハ皇族ノ待遇ヲ受クルトセハ夫婦ノ大理ヲ毀傷スルノ虞ナキカ十一番ヨリ臣籍ノコトニ付発議アリタレトモ此皇家継承ノ権ヲ有スル皇親ヲ皇族ト云ヒ其他ノ者ハ公ノ家ニアレ候ノ家ニアレ皆臣籍ニ列シ君臣ノ分定マルハ古来渝ルコトナシ本條臣籍ノ文字アリテ差支ナカルヘキカ尚聊文字ノ修正ヲ要スヘキモ夫ノ分限ニ従フハ当然ナリトス

 佐野の言うところを整理すると次のやうになる。

①内親王女王の権利を褫奪するというと頗る重大なことのやうに聞こえるが、一歩退いてよく考えてみると、東洋においては婚嫁すれば夫の分限に従うのは古来天下の大法である。
②臣籍から皇后に上れば皇后として遇される。親王妃もまたしかり。
③今皇族女子に限り、夫は臣下の待遇、妻は皇族の待遇を受けるとしたら、夫婦の大理を毀傷するおそれはないだらうか。
④皇家継承権を有する皇親を皇族といひ、その他の者は公爵の家であれ侯爵の家であれ臣籍に列し君臣の分定まるというのは古来変はることがない。したがつて臣籍の文字があつても差支へない。

 称号保有となれば、妻は皇族ノ待遇、夫は臣下の待遇といふ妙なことになつてしまふではないか、といふごく自然の疑問を佐野常民はここで口にしてゐる。

 これに対して、河野敏鎌が再反論を試みる。

○十八番(河野)二十三番ノ弁明中最各位ノ感ヲ喚ヒタリト信スルハ夫婦其待遇ヲ異ニスル一事ナリ然レトモ是レ瑣々タルコトニシテ一旦定マリタル上ハ別ニ不都合ヲ見ス但書ヲ削除スルニアラサレハ却ツテ大ナル不都合ヲ胎スヘシ

 夫婦の待遇が異にしてしまふではないかといふ佐野の弁論はどうやら列席者に深い感銘を与へたらしい。河野はしかし、夫婦の待遇が異にするのは「瑣々たること」にすぎないと切つて捨て、一旦そのやうに定まつたら別に不都合はない、と執拗に食ひ下がる。

 しかし、ここで議長伊藤博文が採決にはいり、称号保有問題の幕引きを図る。

○議長
 一番ノ修正説ニ同意者ハ起立アレ

 「一番ノ修正説」とは熾仁親王の「皇族女子ハ其ノ臣籍ニ嫁シタル者ト雖仍内親王女王ノ称ヲ有セシム」といふ修正意見である。これに起立したのが六人。

○議長 少数ニ付乃廃滅ス

○議長 原案ニ同意者ハ起立アレ

 起立したのが十三人。

○議長 原案ニ付乃原案可決ス
 
 かうして、第四十六條の原案は枢密院において可決された。

《第四十六條 皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス但シ特旨ニ依リ仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ》

 枢密院審議において他の条項が削除されたりしたので、この原案第四十六條は最終的に皇室典範第四十四條の条文として成立する。

 称号保有をめぐるこの枢密院審議録が我々に教へてくれるのは、皇族女子の称号保有をめぐつて意見が完全に二分したといふこと、強固な称号保有論者が存在したといふ事実だらう。議論は白熱し、双方の主張は最後まで交はることなく終はつた。
 
 熾仁親王をはじめとする称号保有論の人々は枢密院審議において別に自分の思ひつきを述べたわけではない。皇族女子の称号保有に対する、ある強固な信念が既に形成されてゐて、枢密院審議においてその信念を披瀝したにすぎない。その信念の背後にあるものを見極めるには、この原案第四十六條が成立した事情をさらに探つてみる必要がある。

(この項続く)





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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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