◎『社会運動の戸惑い』再論

《「バックラッシュ」の退潮とフェミニズム》について

 山口智美・ 斉藤正美・荻上チキ著『社会運動の戸惑い』(勁草書房)に関して、もう一回書きたいと思ひます。

 本書の第1章には、バックラッシュ派・バックラッシャ―と呼ばれた人々がある時期を境にフェミニズムや男女共同参画の問題から離れていつた経緯を取り上げた《「バックラッシュ」の退潮とフェミニズム》といふ興味深い一項があります。

 なるほど、本書に登場する友人・知人などを見渡してしても、ジャーナリストの野村旗守氏や世界日報の鴨野守氏などは今はフェミニズム問題とは別のテーマを追つてゐます。不肖自身はといへば、このブログのタイトルを「男女共同参画天皇への道」とし名づけてゐるやうに、一貫してフェミニズムへの関心を持続ゐるつもりですが、しかし、メルマガ(反フェミニズム通信)はやめてしまつたし、「反フェミニズムサイト」もずつと前に閉鎖してしまひました。フェミニズムへの関心といふ点からいへば、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)を出した平成16年あたりがピークだつたやうです。今取り組んでゐる女系天皇・女性天皇問題も、一方では天皇・国体の関心から、一方ではフェミニズムへの関心から発したものですが、天皇論に取り組むには、国史そのものと格闘しなければならない。天皇の問題を本格的にやらうとすると、とてつもないエネルギーが必要となり、そんなことから、男女共同参画行政とかフェミニズム問題全般に取り組む余裕がなくなつてきた、といふのが正直なところです。

 自分のことは棚にあげて、「バックラッシュ」の動きを社会現象としてみると、ジェンダーフリー旋風が吹き荒れたので「バックラッシュ」が起き、ジェンダーフリー旋風が沈静化したので「バックラッシュ」の動きもおさまつたとしか言ひやうがありません。著者たちは、あの時のバックラッシュの参加者たちはなぜ急速に引いてしまつたのだらうと考へますが、たしかに、現今の保守派の運動にうつろいやすい側面があることは否めません。フェミニズムから原発、尖閣とテーマと変へてゐる人も珍しくありません。次々に新たなテーマに取り組む姿勢といへば聞こえはいいのですが、悪くいへば移り気で、ひとつのテーマへの関心が持続しない性癖といへなくもない。

 しかし、もつと本質的な部分で、保守派の運動とはもともとさうしたもの、といふ気持ちも私の中にあります。それはきつと、若いころから読んできた福田恆存の影響かもしれません。福田恆存は「私の保守主義観」といふ文章で次のやうに言ひます。

《保守派は眼前に改革主義の火の手があがるのを見て始めて自分が保守派であることに気づく。「敵」に攻撃されて始めて自分を敵視する「敵」の存在を確認する。武器の仕入れにかかるのはそれからである。したがつて、保守主義はイデオロギーとして最初から遅れをとつてゐる。改革主義にたいしてつねに後手を引くやうに宿命づけられてゐる。それは本来、消極的、反動的であるべきものであつて、積極的にその先回りをすべきではない。》(『常識に還れ』)

 この福田理論をフェニズムにあてはめれば、フェミニズム運動が起きてはじめて反フェミニズムの運動が起きるといふことになります。フェミニズムの運動が起きる前に、反フェミニズムの運動が起きることはない。ましてや、フェミニズム運動を事前に抑へこむための保守派の運動といふものもありえないといふことになります。

 バックラッシュとはよくも名づけたものです。backlash とは、反動・反発の意味です。車が急停車するとガクンと跳ね返りの動きが起きる。あの動きがbacklashです。車が静かに止まつてくれれば何事も起こらなかつたのに・・・・。『社会運動の戸惑い』の副題ではありませんが、フェミニズムと付き合つた十年間を私自身「失はれた時代」と思はないではありません。
  









 
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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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