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『入江相政日記』を讀む
―天皇側近の人間学的研究―(第四回)

◆天皇とニクソンの会見(其の一)

 ◎日本にとつて「迷惑千万」な会見がなぜ実現したのか?
 ◎宮内庁方針を決定したのは国際政治音痴の入江侍従長


 昭和天皇とニクソン大統領との会見がアラスカの地で行はれたのは今から四十二年前の昭和四十六年、三島由紀夫が自決した翌年のことだつた。

 外務省が三月八日付けで行つた外交文書の公開で、この時の昭和天皇とニクソン大統領との会見について、福田赳夫外相が「非常識な提案で、わが方としては迷惑千万である」と不快感をあらはにしてゐた事実が明らかになつた。

 世界を驚かせたニクソンの電撃的訪中発表から半月あまり、頭越し外交と不満をつのらせる日本への懐柔戦略として、アメリカは訪欧途次の天皇にニクソン大統領が会見することを計画した。そして日本側に天皇のスケジュール変更を執拗に迫つた。これに対して福田外相は、会談一週間前の牛場駐米大使宛の公電において憤懣やる方ない思ひを次のやうにぶちまけてゐる。

 《米側はアンカレッジが欧州諸国御訪問の途中のお立ち寄りにすぎないことを忘れたかの如き非常識な提案を行う有様で、わが方としては迷惑千万である。先方の認識を是正されたい。
 本来は儀礼的行事である今回の御会見はTop4(天皇、皇后、ニクソン大統領夫妻)の御会談が主であるべき。これを写真撮影に終始させるような考え方はわが方としては到底受け入れられない。
 政治的会談ならば単独会談に続いて随員を加えての会談も考えられるが、今回の場合、随員は御挨拶以外には何らの役割を有しない。この部分にTop4よりも長い時間をかけることは、日本人に天皇陛下を政治会談に引込まんとしたとの印象を与えるのみで、米側にとつても決して望ましいことではない。》

 外務大臣が「非常識」で、「迷惑千万」と考へてゐたにもかかはらず、なぜ日本側はアメリカの要求を受け入れたのだらうか? それは、天皇の御意向が伝へられたからである。福田外相は八月十一日、牛場大使に次のやうな極秘電文を発してゐる。

《上聞に達したところ、大統領が多忙の日程を都合してアンカレッジまで出迎えの労をとることを申し出られた厚意を深く多とされ、喜んで同地でお会いになる旨、御沙汰があった。》

 この公電は、日本政府に会見受け入れを最終的に決断させたのは、天皇の「御沙汰」だつたことを示してゐる。天皇がニクソンに会ひたくないと言へば、日本政府は会見を拒否したことだらう。

 さて、それでは、天皇はなぜ大統領との会見を受け入れたのだらうか? 天皇が外国首脳との会見などの問題について御自分だけで判断を下すことはありえない。この疑問に答へてくれる資料は、今回の外交文書の中には見つからない。今のところ、この問題で一番参考になるのは『入江日記』の次の記述である。

 昭和四十六年八月七日。
《イギリスのリターンの招待客のこと。終り頃にみんな帰つたあと、長官が官長と予と残つたところで、アラスカへニクソンが迎へに来るといふこと報告、予はお上にとつては大変おとくなことだから是非実現させようといふ。その為に御出発が早まつても機中でお食事をすればいいと述べる。》

 天皇の政治利用といふことに敏感だつた宇佐美長官はこの時も、天皇とニクソン大統領との会見には内心乗り気でなかつたと言はれる。しかしこの席で宇佐美長官は自分の意見は何も口にしなかつた。結局、入江侍従長の意見がそのまま宮内庁の方針として採用されることになつたのだ。それは宮内庁の見解として天皇に上奏され、天皇はそれを「裁可」された。そして外務省は、天皇が大統領と会見するといふお言葉を「お沙汰」として承るといふ流れになる。

 先の日記から十日後の八月十七日の日記に入江はかう書いてゐる。

《・・・・・ニクソンがアンカレッジにお出迎へすることの本決まりを聞く。》

 つまり、外相さへ拒否したがつてゐたニクソンとの会見が、侍従長の鶴の一声で事実上受け入れが決まつたといふ裏事情が見えてくるのである。ここで重要なのは、天皇の「御沙汰」を決定づけたのは、宮内庁長官ではなく侍従長の意見だつたといふことだ。この侍従長は救ひやうのない国際政治音痴だつた。

                 (この項続く)

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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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