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『入江相政日記』を讀む―天皇側近の人間学的研究―(第五回)

◆天皇とニクソンの会見(其の二)

 ニクソンの戦略
 天皇と会ふのは単なるジェスチャー


 天皇とニクソン大統領との会見が行はれた昭和四十六(1971)年、日本とアメリカの関係は冷え切つてゐた。米国が日本に繊維輪出の自主規制を迫つて日米繊維交渉が長期化する中、六月には沖縄返還協定が調印されたものの、七月にニクソンが訪中を発表し、八月には米ドルと金の交換を停止するといふニクソンのダブルショックが日本を襲ひ、その渦中に米側から提案されたのが天皇とニクソンとの会見であつた。

 米国の意図は明白だつた。大統領が首都ワシントンDCから5400キロも離れたアラスカの地まで赴き、天皇を最大級の厚遇をもつて出迎へる。このやうな「前例のない歓迎」で日本を喜ばせ、中国を訪問しても日本を見捨てないといふシグナルを送ること。

 ウオーターゲート事件で知られたやうに、当時ホワイトハウスにおける会話はすべて秘密録音されてゐたが、ニクソン大統領は七月末に大統領執務室でキッシンジャー補佐官らを前に次のやうに語つてゐる。

《 アンカレジに行き、 天皇と会ふ。 これは単なるジェスチャーである。》

《ヒロヒトだけれども、 私にとつて、 ここ (ワシントンDC)への訪問を約束するより、 アンカレッジ に行く方がよつぽどいい。 日本の公式訪問は面倒だし、 アンカレッジに行くことは厭はない。 それにはカリフォルニアから飛びたい。九月下旬にカリフォルニアにゐることに対する言ひ訳にもなる。少し飛べばアンカレッジだ。 この方法であれば、ここまで天皇を招待するよりは、 ずつとよいジェスチヤ―を示すことができる。》

 さらに大統領は、 アンカレッジで天皇と「昼食か夕食」を摂ることを提案し、 キッシンジャーは 「日本に対して、 とてつもないインパクトになるだらう」 と答へた。

 ハルドマン補佐官は「アンカレッジでは演奏隊や赤い絨毯、 報道陣や大きな拍手で天皇は歓迎される。テレビも大々的にとりあげるだらう」と天皇歓迎パフォーマンスの効果が絶大であることを予測した。

 ニクソンは回顧録の中で、七月十五日の訪中発表は《今世紀における最大級の外交的不意打ちのひとつ》だつたと自賛し、当時の日本の反応について次のやうに述べてゐる。

《日本が特にやっかいな問題を提起した。事前に通告を受けなかったことが不満だというのだった。しかし、われわれにとって、ほかの方法はなかった。こんどの計画全体を流産させかねない情報漏れの危険をおかし、他国には知らせずに、日本だけに知らせるというわけにはいかなかった。》
     (『ニクソン回顧録①栄光の日々』小学館)

 アメリカにとつて大切なのは翌年に控へたニクソン訪中の成功だつた。 アメリアは国連の中国代表権問題で台湾の代表権を維持するためには日本の支持を必要としてゐた。日本にヘソを曲げさせないためには、大統領が天皇をアンカレッジに出迎へることぐらゐなんでもないことだつた。

 米側は天皇のアンカレッジ滞在時間を長くするよう要求し、折衝の末、滞在は当初の一時間から二時間に延長された。そのために天皇の皇居出発時間も四十繰り上げられ、朝食は機中で摂ることになつた。

  昭和四十六年九月二十七日、 天皇皇后はエレメンドルフ空軍基地に降り立つ。 歓迎式典でニクソン大統領は「歴史的な会談は、将来にわたつて日米の偉大な両国民が太平洋地域および世界の全国民のための平和と繁栄を目ざして友好的に協力し合ふといふ決意を示すものであります」と挨拶した。天皇と大統領は空軍司令官公邸に移動し、通訳のみで会見した。(会見の内容は非公開)

 入江はこの日に日記に次のやうに記した。

《定時アンカレッジ空港。大統領は懸命にお上をおいたはりしてゐる。閲兵の後、別の台上にて大統領の挨拶、お上のお言葉。その後同車にて司令官公邸。写真の後、N氏と四十分間お話。・・・・・大統領は予に二十八年前の時あなたはゐたか、「ゐた」と言つたら、喜んで、あの時は副、今度は大統領で最高の喜びといつてゐた。》

 大統領が天皇を「懸命にお上をおいたはりしてゐる」と無邪気に感動してゐる天皇の側近。これこそがアメリカが期待した日本人の反応といへた。


                  (この項続く)
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コメント
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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