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『入江相政日記』を讀む―天皇側近の人間学的研究―(第七回)

◆魔女騒動(その一)
 
 ●入江がフレームアップした魔女騒動


 昭和四十年代に起きた「魔女」騒動ほど入江相政といふ人物の本性を暴露した事件はない。

 皇后が信頼する女官を魔女呼ばはりし、魔女が皇后を狂はせてゐると騒ぎ立て、この女官を宮中から追放することを画策する。これが魔女騒動といはれた事件である。陰謀の首魁者は入江相政。しかしこれだけなら一女官の追放劇にすぎない。実はこの事件の裏にとてつもない計略が隠されてゐたことはあまりよく知られてゐない。入江にとつて魔女は実は単なるスケープゴートにすぎず、彼の真の敵は別のところにあつた。それはほかならぬ皇后だつた。

 宮中祭祀の廃絶を目論んだ入江は、これに反対する皇后の存在が邪魔になつた。そして側近を追放することによつて、皇后を宮中で孤立化させることを策した。神がかりの魔女が消えれば宮中は平和になると天皇に吹き込み、天皇もこれを信じて「魔女」の追放に賛成してしまふ。側近を奪はれた皇后の精神的打撃ははかりしれなかつた。認知症が一挙に進行し、これ以降、皇后は宮中の問題について意見を云ふことはおろか日常生活もままならないやうな状況に陥る。それがまた天皇の心痛の種になつて晩年に及ぶのである。

 しかし、皇后をそのやうな状態に追ひやつた張本人の厚顔侍従長は、《(皇后さま)このごろはひどいことになつておしまひになつたらしい》(昭和四十七年年末所感)と冷笑的にうそぶくのみ。皇后の老人化現象を心配するどころか、皇后が《ハーフリタイアメント》したことを歓迎する口吻さへもらすのである。皇后の影響力排除に成功した背徳侍従長はこれを機に念願の祭祀廃絶に向つて突き進むことになる。

 皇后や魔女を排除するための一連の工作は、入江相政の権勢欲と陰険なカメレオン的体質を余すところなく示してゐる。しかし、冷血侍従長が陰謀遂行にあたつて用ゐたのは自分の悪知恵だけではなかつた。入江の背後にはある霊能者がゐて、その霊能者の霊示に従つて入江が宮中工作に及んでゐたことが分かつてゐる。オカルティズムにとりつかれた侍従長が自作自演した陰謀劇―それが魔女騒動の正体だつた。

 ではこの陰謀劇の跡を詳しくみてゆくことにしよう。

 入江日記の「魔女」に関する記述は昭和四十一年から四十六年に及ぶが、四十三年から増へ始め、四十六年にピークに達する。昭和四十三年は入江が侍従から侍従次長に昇格(四月)した年であり、翌四十四年は侍従長の病気により侍従長代行に就任(二月)し、次いで侍従長に就任(九月)した年である。つまり日記に魔女に関する記事が増へた時期は、入江が宮中におけるオクの実権を握りつつある時期とまさしく符号してゐることに注目したい。

 入江日記には「魔女」に関する記事がこんな工合に登場する。

《昨日、一昨日と相次いで魔女から電話。大晦日にだれが剣璽の間にはひつた、なぜ無断ではひつた、とえらい剣幕でやられたといふことだつた。一戦を交へる積りのところ何の音沙汰もないのはどうしたものか。》(昭和四十一年一月三日)

《魔女のこと次長が申し上げた。そしたら魔女が田中さん(直・侍従)に怒つてきた。皇后さまがおつしやつた為だらう。剣璽のことも申し上げられた由。》(昭和四十一年一月十日)

《保科さんから聞かされた所によると魔女の行くのは「誠[真]の道」といふ宗団の由。堺の鷹司さんから話があつた由。》(昭和四十一年二月四日)

《皇后さま七度八分。お歯がもとらしいが魔女の一言で侍医にお見せにならない由。》(昭和四十一年四月二十一日)

《午前中は侍従長の部屋で長官、侍従次長等と会議。女官長の後任のこと並に魔女の件。》(昭和四十一年十一月十五日)

 入江が「魔女」と呼んでゐるのは女官の今城誼子(いまき・よしこ)のことである。

 今城誼子は子爵今城定政の娘で、昭和四年に皇太后(節子、貞明皇后)の女官として宮中に出仕した。昭和二十六年に皇太后が崩御してから、皇后(良子、香淳皇后)の女官として仕へた。やがて今城は皇后から厚い信頼を寄せられるやうになつたが、今城が大宮御所(皇太后御殿)に受け継がれた宮中のしきたりを皇居に持ち込まうとしたことなどから、皇居古参の職員らには煙たがられてゐたらしい。しかしただの口うるさい女官にすぎなない女官を突如魔女呼ばはりするとは尋常ではない。今城を魔女に仕立てあげたのは入江の計算づくの行動で、おそらくこの頃すでに入江の心の中にある計画が芽生へてゐたと思はわれる。


        (この項続く)












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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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