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『入江相政日記』を讀む―天皇側近の人間学的研究―(第八回)

◆魔女騒動(その二)
 
 ●女官長ポストをめぐる抗争
 
 入江日記に「魔女」が登場するのは昭和四十一年一月からだが、入江はそれ以前の日記に魔女こと今城誼子をどのやうに呼んでゐるのか? それは今城と本名を記してゐるのである。

《御文庫へ行き相撲のテレビ。お相伴。鈴木大夫、徳川、塚原、今城。》(昭和三十三年十一月十五日)

《・・・零時二十分に出て東京駅。・・・今城、市村、井上の三氏と一緒。》(昭和三十八年八月二十八日)

《午后一時半に義宮御殿。もう大分集まつてゐる。二時から歌合。敵左、山本、向後、久保・・・・・保科、永積、原田、松平、西野、今城、東園・・・》(昭和三十八十月一二日)

 今城も他の女官らと同じく普通に名前を呼んでゐたことが分かる。それがある時を境に突然、入江は今城を魔女呼ばはりし始めた。ある時とは、次期女官長候補に今城の名前が浮上した時からである。

 この頃、昭和十三年から女官長をつとめてきた保科武子の退任がとりざたされるやうになり、そんな中で皇后から、「保科の後任は是非今城に」といふ意向が伝へられたらしい。周囲は困惑した。中でも驚愕したのが侍従の入江であつたらう。この権謀家はその日から、今城はおぞましい魔女であると宮中にふれ回る。日記の次の記述は、魔女=今城、テーマ=女官長就任阻止と読むと分かりやすい。

《二時から上の常侍官候所で会議。長官、侍従長、侍従次長、徳川、入江の顔触れ。魔女に関する件。九日に三妃殿下が長官をお呼びになつてゐるといふので、その下ごしらへ。これだけ顔を集めても、結局知恵は出なかつた。》(昭和四十二年一月五日)

《長官の話によると二十八日の土曜日に喜久君さんが皇后さまに女官長の後任は松平信子が最適のこと。魔女の神がかりは有名で英文の投書も来てゐること、高松宮の殿下もそんなのは女官長には不適と仰せになつたといふことも申上げになつた由。矢はいよいよ絃を離れた。》(昭和四十二年一月三十日)

《午后、侍従長の部屋で長官から喜久君さまが魔女をお招びになつた時のことについて聞かされる。要するなんのかんのと、みんな皇后さまの御沙汰といふことにして言ひのがれをしただけのこと。》(昭和四十二年二月十四日)

《一時から三時前まで侍従長の部屋で長官、侍従次長と四人で魔女のことについて会議。喜久君さまの御報告に基づくもの。いやなことばかりでみんな憂鬱である。》(昭和四十二年二月二十四日)

 今城には、「真の道」といふ新興宗教の信者ではないかといふ噂が流されてゐた。

《保科さんから聞かされた所によると魔女の行くのは「誠[真]の道」といふ宗団の由。堺の鷹司さんから話があつた由。》(昭和四十一年二月四日)

 『現代にっぱん新宗教百科』によると、「真(まこと)の道」は本部が東京にあり、創立者は萩原真。萩原は心霊実験を重ね、昭和二十三年に医学博士の塩谷信男ら有志ともに心霊研究グループ「千鳥会」を結成。やがて「日本三大霊媒」の一人として知られるやうになり、昭和二十七年に教団名を「真の道」に改めたとある。

 ここで注目したいのは、今城=「真の道」信者説を入江に伝へたのは女官長の保科武子だつたといふことである。保科は女官長だから今城の上司にあたる。今城が保科の部下になつてから十五年もたつ。それが今になつて、実は今城には新興宗教の噂があつて、などと言ひ出すのはどこか不自然ではないか。保科が今城を自分の後任にしたくない気持ちは分からぬでもない。皇后の寵愛が厚く、最近では女官長の自分をさしおいて皇后は何ごとにつけ今城を重用してゐる。あんな女に女官長のポストを渡したくない・・・。

 一方、入江は保科の遠縁にあたり、保科の女官長車に同乗して出勤するほど親密な上、入江にとつて保科は天皇皇后の日常動静や東宮情報などをもたらしてくれる重宝な存在でもあつた。その保科が辞めて、後釜に皇后に直結した、宮中祭祀にうるさい今城が座る。この人事は入江にとつて悪夢を意味した。

 結局、入江・保科連合軍を中心とした地下工作が功を奏して、今城の女官長就任はいつたんは阻止された。保科武子は昭和四十二年三月二十二日に退任したものの、小川梅子が女官長事務代理に就任し、女官長ポストは空席とされたのだ。今城を女官長にしたい皇后と、それを阻止したい入江の抗争はここから持久戦に入つたといへる。

           (この項続く)


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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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