『入江相政日記』を讀む―天皇側近の人間学的研究―(第十一回)

◆魔女騒動(その五)
 
 ●魔界に支配される侍従長
  霊能者の神示に従つて宮中工作


 東宮女官長人事の話に戻る。

 東宮女官長を交替させるといふ入江の計画は、東宮妃に対する騙し討ちみたいなものだつた。そのことが後に明らかになる。やがて、東宮女官長の後任として入江が提示することになる人物は―松村淑子。

 皇后の母である久邇宮俔子の弟島津忠弘の娘、つまり皇后の従姉妹である。華族本流である牧野純子のあと釜に送り込まれてくる東宮女官長が皇后の従姉妹。東宮妃にとつては、松村淑子も皇后及び磐会会勢力からの目付役にしか見えなかつたはずだ。東宮女官長交替に期待をかけた東宮妃は失望を味はされることになる。しかしまだこれは先の話である。

 入江は女官長人事工作さなかの昭和四十三年四月、侍従次長に昇進する。やがて侍従長の病気退任といふ僥倖にめぐまれて、次長昇進からわずか一年半後の翌四十四年九月、待望の侍従長ポストに座る。

 侍従次長に就任する前後から入江は陰謀家としての本領を発揮し始める。手始めに着手するのが宮中祭祀の廃絶工作。次に宮中祭祀に熱心な皇后の追ひ落とし工作。さらに皇后を支へる女官今城誼子の追放工作。そして、宮中工作を仕掛ける入江の陰に、不気味な霊能者の存在が浮上する。霊能者の神示に従つて宮中工作を実施する侍従長。女官を魔女呼ばはりした入江自身が実は魔界に支配された人間だつたといふ奇々怪々な情景が、これから宮中において繰り広げられることになる。

 では、入江日記から、同時進行するこれらの動きを時系列で追ひかけてみることにしよう。(以下、昭和四十三年の日記から)

《・・皇后さまに拝謁。お上のお疲れの御様子を一時間ほど申上げる。肝腎の所にはふれられないが、第一回としては、まあまあだらう。》(一月二十九日)

 宮中祭祀の廃絶に向けた、対皇后の説得工作第一弾の記述である。宮中祭祀廃絶を実現するためには皇后を説得しなければならない。入江はそのための計画を周到に練つてゐたものと思はれる。お上がお疲れになつてゐる。ひたすらその線で皇后を押しまくる。これが入江の作戦だつた。《お上のお疲れの御様子を一時間ほど申上げる》とあるのは、、お上が進講の際に居眠りしたとかあくびを連発したとかそんな話だつたらう。この日は、祭祀の話には触れなかつた。

《神出さんの奥さんが名古屋のと後藤さんを連れてこられることになり大騒ぎになる。・・・電話できくと名古屋の後藤先生、神出さん夫妻などみえいろいろ教えて下さつた由。君子も喜んでゐる。》(五月六日)

 ここに「後藤さん」と出てくるのが、後藤至良。名古屋で「天声おまかせ道場」を開いてゐる霊能者である。この日は入江の不在時に後藤が自宅に訪ねてきたらしい。君子は入江の妻。眼病を患つてゐたので、やがて入江ととも後藤の神示を仰ぐやうになる。後藤至良はこの日が日記の初出で、この後、頻頻と名前が登場することになる。入江には書状を出すと発信先の名前を日記に記録する習慣があるが、この三日後に後藤至良に手紙を出してゐる。


《長官の所へ行き祥君さんのことを報告。大変喜ばれる。》(五月二十四日)

 入江は女官長候補の選任を水面下で進める。祥君とは、北白川祥子(さちこ)のこと。故北白川宮永久王の元妃。徳川義恕(よしくみ)の次女で、徳川義寛侍従の妹。昭和十年に北白川宮永久王に嫁したが王は昭和十五年に戦傷死してゐる。前女官長の保科武子が北白川宮家の女王出身(北白川宮能久親王第三女王)で、北白川祥子には義理の叔母にあたることなどから、皇后も反対しづらい。入江が女官長候補として北白川祥子に白羽の矢を立てた理由はおそらくそんなところだらう。

《今晩名古屋の後藤さんが来られるといふ。・・・いろいろおさとしがあり、予は「人事」で苦心してゐるとのことだつた。》
(六月二日)

 霊能者後藤至良が登場。いよいよ入江が神示を仰ぐ。「天声おまかせ道場」では霊能者後藤至良の神示を「おさとし」と呼んでゐる。《あなたは人事で苦心してゐますね》などと、いくつかの「おさとし」が出されたらしい。たしかに自分は今、女官長人事で「苦心」してゐる! 入江はこの日から、霊能者後藤至良にのめりこんでいく。

《徳川さんと一緒に祥君さんの所へ行く。女官長のこと、お願ひする。》(七月十七日)

 侍従徳川義寛を同行して北白川祥子を訪ね、女官長就任を依頼する。この夜、入江は名古屋の霊能者後藤至良に手紙を発信してゐる。北白川祥子についての「おさとし」を依頼したのでもあらうか。

《侍従長に東宮女官長のことについて報告。》(八月十五日)

 東宮女官長人事について侍従長に経過報告する。現東宮女官長牧野純子にクビを通告したか、あるひは新東宮女官長候補を松村淑子と決めたか、松村淑子に諒承を取り付けたかのいづれかであらう。翌十六日に、霊能者後藤至良あてにまた手紙を書いてゐる。侍従長に報告した内容を霊能者にも伝へたのであらう。

 翌月、入江は女官長人事の対皇后攻略作戦を実行に移す。

《皇后さまに拝謁。東宮女官長の後任について申し上げる。》(九月二十五日)

 東宮女官長の後任を松村淑子にしたいと皇后に伝へる。 東宮女官長人事を決着させて、次に女官長人事を片付ける。これが入江の戦略だつた。しかし皇后は翌日、入江を召して《松村淑子は、どうも考へたが工合が悪い》と伝へた。皇后は松村淑子といふ人選に反対したのではない。皇后が警戒したのは入江の出方だつた。東宮女官長人事に同意すれば、入江が次に女官長人事が持ち出してくることは目にみえてゐる。

 皇后に警戒され、東宮女官長人事を受け入れさせるといふ入江の計画は齟齬をきたした。事態を打開するために、入江は霊能者後藤至良に「おさとし」を仰いだ。十月四日、後藤に手紙を書き、やがて「おさとし」がもたらされたらしく、入江は一気に行動を起こす。

《すぐ長官のところへ行き両女官長のことにつき協議。侍従長にも報告する。》(十月九日)

  (この項続く)

 
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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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