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『入江相政日記』を讀む―天皇側近の人間学的研究―(第十三回)

◆魔女騒動(その七)
 
 ●賢所クーラー事件
  恨み骨髄の宮中祭祀

 入江は祭祀廃絶計画を着々と実行に移す。

《六月一日旬祭御代拝のお許しを得る。》(五月二十三日)

 旬祭は毎月、一日、十一日、二十一日に宮中三殿で行はれる祭祀で、天皇は一日は必ず拝礼されてゐたが、入江は一日の天皇拝礼をやめさせようと工作してゐた。とりあへず六月一日の拝礼をやめることを天皇に諒承させた。 

《一時十六分御発で皇后さま、光輪閣に行啓。女官長はじめての陪乗。魔女が陪席しなくていい気持である。》(六月六日)
 
 皇后の行啓で、陪乗者が新女官長の北白川祥子になり、今城誼子の姿が消えたといつて喜んでゐる。

《旬祭だけど御代拝なので呑気。》(七月一日)

 七月一日の旬祭も代拝にすることに成功してゐる。

《この時つくづく感じたのは魔女が見ちがへるやうに勢ひがなくなつたこと。女官長は普通だが原田さんや久保さんがのびのびしてきたこと。後藤先生のいはれたやうに段々なつてきたのかもしれない。》(七月九日)

 新女官長が任命されてから、女官今城誼子の勢ひがなくなつたといふ。霊能者後藤の「おさとし」が示したやうな具合になつてきたと喜んでゐる。

 さて、次に出てくるのが有名な「賢所クーラー事件」だ。

《賢所のクーラーの見透しがついたといふのでお上に申上げお許しを得る。小川さんに頼んで皇后さまに申上げてもらつたらとんでもないこと、賢所に釘を打ってはいけない、それ位のことにお堪へになれないお方ではない、などと仰有つた由。お気の毒さまだがおとりやめにする。》
(七月十四日)

 賢所、皇霊殿、神殿を宮中三殿といふが、宮中三殿は略称で、この三殿を総称して「賢所」ともいふ。ここに出てくる「賢所」は宮中三殿のことで、宮中三殿にクーラーをとりつけるなどとアホなことを考へた人間がゐたらしい。天皇か? まさか。宮中でこんなことを考へつくのは、入江相政くらゐしかゐない。賢所にクーラーをとりつけることについて、天皇の了解を得たものの、皇后に拒否されて、しぶしぶ諦める。

 入江相政に『行き行きて』といふ随筆集がある。『行き行きて』にある「祭りとは」と題するエッセー(昭和三十九年執筆)を読むと、賢所にクーラーをとりつけようとした犯人の動機をまざまざと知ることができる。 

《まためぐりきたった七月の三十日。当たり前のことだがこの日は決まって年に一回ある。・・・これは明治天皇が崩御になったその日。》

《今のつとめになかなければ、それだけのことで終わったかもしれないが、侍従になったばっかりに、それが年に一度の苦しみの日となった。》

《潔斎して斎服と呼ぶ真っ白な装束をつける。陛下は綾綺殿という賢所の裏のひと間で、黄櫨染の御袍に召し替えて、皇霊殿に御拝。
 書けばそれだけのことだが、何枚か重なった装束をつけ、沐猴して冠した上で、黄櫨染を上げるのは、なみたいていのことではない。下の袴、あこめ、上の袴、裾。袍。袍を石帯でおさえ、その紐できつくしめて、下からこむ。ゆるいとずれてくずれる。かたくしめた上で袍のあまりをかい込む。これだけの操作をすると、冬でもかっかと暑くなる。それなのに梅雨明けで、温度も湿度も一遍に高まった日の閉め切りの綾綺殿、目もくらむようなもの。なんで侍従になったかと悲しくなるのはこの時。》

《前日からなるべく水分と摂らないようにしていても、なま身のことだから、細胞の奥まった所にひそんだ水気がスポンジを握りしめたように、一気にしぼりさ出されて、どうにもならないことになる。陛下はほとんど汗をおかきにならないから平然としていらっしゃる。君臣の別と開きとが歴然とするのはこの瞬間。六月三十日の節折の儀と、明治天皇祭と、八月一日の旬祭と、この三つが無なかったらどんなによかったろうに。かてて加えて、八月十三日には光厳天皇の六百年祭。今年はお祭りの大当り。》
 
《御陪食やレセプションの行われる仮宮殿にはこのごろは冷房もついた。七月十八日の第三次池田内閣の任命式も冷房がきいて、新大臣はモーニングでも気持ちよさそうだった。
 しかし賢所には、千年万年待ったとて、冷房なんかつくはずもないから、七月三十日の苦患は末永く続こうというもの。》

 入江がこの文章を書いたのが昭和三十九年、それから五年後に賢所クーラー事件を起こしてゐる。千年万年待つには及ばない、俺が賢所にクーラーをつけてやらう、と思ひついたものらしい。

 宮中祭祀への不満タラタラは、やがて神道批判に向かう。

《戦争中樺太で耳にした話。零下二十何度、凍ったツンドラの上での地鎮祭。防寒服に防寒帽の参列者はなにごともなかったが、ここにあわれをとどめたのは浄衣姿の神主。「かしこみかしこみまおす」の頃には凍傷。「シントイズムとはどうも南方出身のようですな」と、樺太庁の部長と語り合ったものだったが、こういうところには日本人の自己満足がひそみ、晴天でも雨天でも、暑くても寒くても、同じやり方、同じいでたち。大抵の無理はこらえて貫き通すのが世の常。(略)梅雨あけの七月三十日がいかに暑かろうとも、明治天皇祭の時、陛下のお服を上げるのに、ランニングシャツとパッチというわけにもいかない。》

《それはそれとしてただ、日本の儀式、祭典というものには、一体どこまで苦しみに堪えるものか、この機会にひとつ、念のため調べておこう、・・・》

 出世と金儲けしか頭にないこの男にとつては、宮中祭祀などなんの意味もなく、苦行でしかなかつた。暑さ寒さに苦しめられた三十余年に及ぶ祭祀活動。恨み骨髄の宮中祭祀。俺が宮中の権力をとつたら、こんなもの全部やめさせてやると決意を固め、ついにその時期が到来。これが賢所クーラー事件の顛末である。

(この項続く)











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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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