『入江相政日記』を讀む―天皇側近の人間学的研究―(第十六回)

◆魔女騒動(その十)
 
 ●三島由紀夫と入江相政


 昭和四十五年の日記の続き。

 新嘗祭から二日後の十一月二十五日、三島由紀夫事件が起きた。 

《三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊に乗り込み蹶起をうながして切腹。介錯で首をおとされたとの事。分からない事件である。一時四十分拝謁。一旦自室にかへつてゐたらお召し。新嘗祭について甘露寺さんが申上げたことをお気に遊ばしてのこと、併し大したことはない。》

 拝謁とあるのは三島事件に関してお召があつたものだらう。その後の新嘗祭云々は、明治神宮宮司の甘露寺受長が天皇に、新嘗祭について明治天皇の御製を引いて意見を申上げた。この御製を気にかけて入江を召したといふことらしい。明治天皇の御製とは次のなうなものだ。

 豊年の新嘗祭ことなくてつかふる今日ぞうれしかりける

 翌十一月二十六日。 

《長官の所へ行き物価高、高賃金についての進講者の適当なのを頼む。序に甘露寺さんが明治さまの新嘗をお上に申上げたことをいひ外の反響など適当に申上げてくれといふ。そのあとすぐ御前に出て御製は明治三十六年のものであることなど申上げすつかり御安心になる。三島由紀夫のことも仰せだつた。》

 翌日、新嘗祭改変に関する事後処理に追はれる。天皇は三島由紀夫についてまた何か仰せになつた。

 入江は三島由紀夫とは親交があつた。前年の五月一日には吉兆で三島由紀夫と会食してゐる。入江はこの日の日記に《三島由紀夫と大いに語つて楽しむ》と記した。三島自決の十二日前の十一月十三日、手紙の発信先の中に、三島由紀夫の名前が見られる。入江はこの年の二月には、三島の『春の雪』も読んでゐる。

 三島由紀夫は昭和四十一年一月、『豊穣の海』の取材で宮中三殿を見学してゐる。この時、三島と入江の間に何か接点があつたものか。確証ははない。この宮中三殿の見学とその折に会つた内掌典の話は、三島由紀夫の天皇観に小さくない影響を与へたといはれてゐる。例へば、三島は昭和四十二年十一月に行つた福田恆存との対談(『若きサムラヒのために』所収)で、次のやうな天皇論を披瀝してゐる。

《そこで、天皇とは何ぞや、といふことになるんです。ぼくは、工業化はよろしい。都市化、近代化はよろしい、その点はあくまで現実主義です。しかし、これで日本人は満足してゐるかといふと、どこかでフラストレイトしてゐるものがある。その根本が天皇に到達するといふ考へなんです。・・・・・・・ですから、近代化のずつと向うに天皇があるといふ考へですよ。・・・・・・その場合には、つまり天皇といふのは、国家のエゴイズム、國民のエゴイズムといふものの、一番反極のところにあるべきだ。さういふ意味で、天皇が尊いんだから、天皇が自由を縛られてもしかたがない。その根元にあるのは、とにかく、「お祭」だ、といふことです。天皇がなすべきことは、お祭、お祭、お祭、――それだけだ。これがぼくの天皇論の概略です。》

 天皇がなすべきことは、お祭、お祭、お祭―。この直截簡明な表現の中に明らかに宮中三殿を拝した体験が反映してゐる。

 さて、ここで三島由紀夫の天皇論を持ち出したのはほかでもない、三島由紀夫と入江相政といふ取りあはせが実にアイロニ―に満ちてゐるといふことを指摘したいからだ。三島由紀夫の天皇論は究極のところで宮中祭祀に行きついた。しかし三島が吉兆で肝胆相照らした天皇の側近が、その宮中祭祀を破壊する元凶だつたとしたら?

 入江は政治的には単純な反共で、たとへば全共闘や美濃部都知事の悪口だけを言つてゐれば、二人の間で話は弾んだはずだ。天皇の側近の前で天皇論をぶつほど三島は野暮な人間ではない。三島由紀夫も馬鹿話をして《大いに語つて楽し》んだのではないか。

 三島と会食した昭和四十四年五月、入江は侍従次長で、魔女騒動のまつただ中、祭祀破工作を本格化させてゐた頃である。

 入江の祭祀破壊工作が広く知られるやうになるのは昭和五十年代後半になつてからで、昭和四十年代半ばには「天皇の語り部」の化けの皮はまだはがれてゐなかつた。三島由紀夫は目の前の人物が、よもや祭祀破壊工作に手を染めてゐると知る由もない。

 宮中祭祀に天皇の本質を見た日本人と、宮中祭祀の破壊に情熱を注いだ日本人と。入江が宮中の最重要祭祀である新嘗祭の破壊を決行した二日後に三島が自決した。三島由紀夫と入江相政の関係ほどアイロニ―に満ちたものはない。

(この項続く)
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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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