『入江相政日記』を讀む―天皇側近の人間学的研究―(第二十一回)

◆皇后腰椎骨折事件(第一回)
 
 ●皇后の腰椎骨折はなぜ国民に隠蔽されたのか?


 侍従長入江相政は、皇后に忠誠をつくした女官今城誼子に魔女のレッテルを張つて宮中から追放することに成功した。この事件は皇后の精神に甚大な衝撃を与へ、これ以降、皇后の認知症は加速度的に進行する。

 しかし、入江が皇后に加へた迫害はこれにとどまらなかつた。

 今城追放事件から六年後の昭和五十二年、皇后陛下腰椎骨折事件が起きる。皇后が那須御用邸のお東所(手洗ひ)で転倒し、腰椎を骨折したのだ。しかしこの皇后の腰椎骨折は国民には隠蔽され、宮内庁は「軽い腰痛」「軽度のぎつくり腰」と虚偽の説明で押し通した。側近の責任問題になるのを回避するためだつた。

 隠蔽工作の首謀者はいはずと知れた侍従長入江相政である。皇后に万全の治療をと主張する外科医(侍医)の云ふことを無視して、入江は隠蔽工作を最優先させる。のみならず、詰め腹を切らせる形で、この侍医杉村昌雄の追放を画策するのだ。

 皇后の腰は完治することはなかつた。この時満足な治療を受けられなかつたことが後遺症として残り、皇后は終生杖の離せない身体になつてしまふ。

 侍従長入江は、今城追放事件では皇后の精神に致命的なダメージを与へ、皇后陛下腰椎骨折事件においては、皇后の身体に致命的なダメージを与へたことになる。

 皇后が腰椎を骨折した翌月、那須御用邸におけるある日の皇后の様子を入江は日記に記す。

《皇后さまからお電話、「通用門に犬がこつちとを見て立つてゐる」「およろしうございましたね」と申上げたら「みんなのおかげで」と、何も妙なところはおありにならない。》(八月二十一日)

 認知症がもたらす皇后の常軌を逸した言動。それを冷然と書き残す侍従長。

 昭和五十二年の日記の「年末所感」では、入江は本音をさらけ出してゐる。

《皇后さまのぎつくり腰、お気の毒さまではあるがハーフ・リタイアメントがこの為非常に具合よく行はれることになつた。・・・》

 皇后の病名が腰椎骨折と知ってゐながら「ぎつくり腰」で通す厚顔ぶり。《ハーフ・リタイアメントがこの為非常に具合よく行はれることになつた》と腰椎骨折をむしろ歓迎する口吻がうかがへる。《お気の毒さま》もないものだ。

 入江相政にとつて大事なのは「天皇商売」なのである。天皇は「商売道具」だから向き大事にする(内心は馬鹿にしてゐる)が、「天皇商売」には皇后や他の皇族の存在は邪魔なのだ。天皇を自在にあやつるためには皇后や皇族はゐない方がいい。宮中祭祀破壊工作の最大の障害だつた皇后が「ハーフ・リタイアメント」してくれるのは入江にとつて願つてもないことだつた。

 (この項続く)





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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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