『入江相政日記』を讀む―天皇側近の人間学的研究―(第二十三回)

◆皇后腰椎骨折事件(第三回)
 
 ●天皇に嘘八百を吹き込み皇后の帰京に反対させる

 杉村昌雄の手記《「皇后陛下の腰痛」前後》から引用を続ける。

《陛下のお部屋のそばに事務官の事務室がある。そこに何故か入江相政侍従長が私を待っていた。私が、
「皇后さまは東京にいらっしゃらないことになりました」
 と、声をかけると、侍従長は、
「あ、そうか、それはよかったな」
 と、返事をしたのである。この「よかったな」という言い方に、私はぴんときた。「社会情勢が不穏」などと申しあげ、天皇さまのお気持ちを変えてしまったのは、入江侍従長であるにちがいない。では、なぜ、侍従長は皇后さまが東京に帰られることに反対したのか。それは一にも二にも、
皇后さまがお怪我されたことが広く国民に知られ、自分たちのご奉公の至らなさが明るみに出ることをおそれたからではないだろうか。
現に、当時の新聞記事には、皇后さまのお怪我は、「軽い腰痛」「軽度のぎっくり腰」と書いてある。記事は宮内庁の発表にもとづいて書くのであるから、国民にウソの発表をし、だましたということになる。》

 皇后に急遽帰京されたりすると、皇后の骨折が国民に知れ渡つてしまふ。この事態を阻止するために入江は天皇を利用しようと考へた。「社会情勢が不穏」だとかあることないこと天皇に吹き込み、皇后の帰京に反対するよう仕向けたのだ。この程度のことで天皇を丸め込むことなど入江にとつてはわけもないことだつだ。天皇はまたしてもこの陰謀家の詐術にはめらたのだ。

 ちなみに、「入江日記」では、皇后骨折当初の記事は次のやうになつてゐる。

 骨折当日の七月十七日
《・・・・出勤したら、冨家君に侍医室によび入れられる。大変とのこと。皇后さま今朝お腰の故障とのこと、大変なさはぎだが、要するにぎつくり腰だらうと思ふ。》

 入江は天皇皇后に供奉して那須に滞在してゐた。

 七月十八日
《・・・出勤。皇后さま大変およろしいとのこと。卜部、田中、冨家退邸。山本、小林、西野参邸。皇后さまのレントゲン、腰椎が一つ老化してつぶれてゐるとのこと。》

 卜部、田中、山本、小林は侍従、冨家は侍医、西野は侍医長である。侍従や他の侍医らの名前は出てくるのに、侍医で唯一の専門家である杉村の名前は出てこない。

 七月十九日
《・・・帰り道で皇后さま急速に御混乱と聞かされショック。昨夜原田[女官]西野会談の結果といふこと。・・・・西野さんによれば原田さんのショックは少し間違ひだつたらしいとのこと、まあよかつた。・・・・》

 杉村が天皇に召されたといふ記事もなければ、入江が天皇に拝謁したといふ記事もない。

 皇后骨折事件とそれに続く杉村追放事件については、杉村が文藝春秋昭和五十七年十月号に《「皇后陛下の腰痛」前後》を発表したほか、杉村氏が翌昭和五十八年八月に亡くなつたあと、週刊文春が杉村の残したメモや手記をもとに《天皇元侍医・杉村昌雄氏が遺した“宮内庁告発”手記》と題する短期連載記事を三回にわたつて掲載してゐる。日記にヘタなことを書き残せば薮蛇になりかねない。そこで入江は、都合の悪い部分については、この外科医の存在そのものを抹殺することにしたものらしい。

 杉村の手記は続く。

《しばらくしてから、私は西野重孝侍医長に、「なぜ、あなた方は、軽い腰痛などと発表したのか。これでは正しい論議が出来ませんね。真実を発表すると自分たちに責任がふりかかってくるからか」
 と、たずねた。すると西野侍医長は、
「いや、そんなことはないよ。骨折だといえば国民がびっくりするから、きみなんかの手の届かない人たちの間で協議して、ああいう風に発表したんだ」
 と、答えたものである。「きみんなんかの手の届かない人たち」というのは、侍従長、侍従次長、そして侍医長自身のことを指すのだろう。こういう医療の素人たち(西野氏は内科医である)が、「国民をびっくりさせない」という口実のもとに、当の怪我人の皇后さまから、十分な治療を受ける機会を奪ってしまったのだ。》

 侍医長の西野重孝は入江より年上だが、入江の謀略仲間みたいなもので、皇后の骨折問題についても、入江の手先となつて隠蔽工作に従事してゐる。

 侍従長入江と侍医長西野は、皇后の治療に関する杉村の提案をことごとくつぶしにかかつた。

《暑い夏での治療は、それは大変だった。腰の骨折を治すには、ギブスベッドというものが必要だが、なにせ暑いので皇后さまはお汗をおかきになる。それでギブスの調子が悪くなつてしまうのだが、そこを苦心してやっとお作りした。ところが、やはり治療に不可欠のコルセットになると、これは専門の医療器具屋の職人でないと出来ない。普通、医師がそういう人に頼んで作ってもらうのだ。にもかかわらず、それもいかんという。「職人などに頼むと、皇后さまがお怪我だということが、外に漏れてしまう」と、侍従長はいうのである。
 私はあきれはててしまったが、やむをえず「それでは私が作りますが、一人ではどうしようもない。私の家内も医師ですから、家内に手伝わせます」といった。そうしたら、それも駄目だといわれた。
「きみの奥さんは女がだろう。女に治療してもらうのは、皇后さまもお嫌いだろうから、別のものに手伝わせてくれ」》

 やむなく杉村は、医学部の学生だつた次男を那須によんでコルセット作りを手伝はせる。

 (この項続く)

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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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