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◆天皇と皇后は《対等》ではない―御陵御葬儀改変に思ふ(その一)

 昨年四月、宮内庁が天皇・皇后の埋葬方法を「天皇、皇后両陛下のご意向を踏まえ、火葬に変更する方向で検討する」「合葬についても視野に入れて検討する」と明らかにした時、私はある名状しがたい感情にとらはれた。それは、天皇といふ制度にある重大な改変がなされようとしてゐるといふ危機感、女系天皇問題に対した時と同質の危機感にもとづくものであつた。

 この時の私の危機感は、宮内庁による公表のされ方にも深く関係してゐた。発表したのが、女系天皇の旗振り役である羽毛田信吾・宮内庁長官。この佞臣が定例会見の席上で、唐突にペラペラしゃべり始めたのである、このやうな重大な問題を。しかも公表の時期が、羽毛田が長官を退任する直前といふタイミングで、女系天皇問題の帰趨も予断を許さない時だつたから、私の危機感は一層倍加した。 

 私は、御陵御葬儀の唐突な発表の裏に、羽毛田を筆頭とする宮内庁佞臣勢力による姦計があると読んでゐた。そして、そのことをこのブログにも書いた。しかし、この問題に関するその後の推移をみて、さらに、今回宮内庁から発表された「天皇皇后両陛下のお気持ち」「今後の御陵およびご葬儀のあり方」といふ文書を読むに及んで、この時の私の読みは誤つてゐたことを知らされた。火葬と合葬は天皇御自身が強く望まれたものだつたことはもはや疑ふ余地がない。

 私は、火葬への改変よりも、合葬への改変の方がはるかに大きな問題と考へてゐた(天皇皇后の合葬は天皇を天皇でなくする―)。今回の改変では、火葬は採用されたが、合葬は見送られた。しかし私は、多くの保守派知識人たちのやうに、合葬が見送られ、最悪の事態は回避された、などと安堵する気持ちにはとてもなれない。

 以下、その理由を説明したい。

    (この項続く)

  ******************************


「今後のご陵及びご喪儀の在り方についての天皇、皇后両陛下のお気持ち」の全文は次の通り。


 昨年秋、皇后陛下のお誕生日に際し、宮内記者会から皇后陛下に、今後の御陵および御喪儀の在り方についてのお気持ちをお聞かせいただきたいという質問があり、その折、皇后さまには、このようなことを陛下に先立ちご自分がお答えになることへのご懸念がおありのようで、どうしたものか長官、侍従長にお問い合わせがあった。このご懸念はもっともなことであり、宮内庁としても、いずれ天皇、皇后両陛下のお気持ちをご一緒にお示しいただくことが望ましいと判断し、また、その時期もお誕生日というご慶祝の機会ではなく、あらためて別の機会にしていただくよう両陛下にお願い申し上げてきたところである。

 一方、両陛下からは、今後の御陵および御喪儀の在り方について、かねてよりご意向をお示しいただいてきたところであるが、この質問の出された昨年来、さらに折に触れて、ご意向をお伺いする機会を頂き、今回、宮内庁として両陛下のご了解を得てお気持ちをおまとめしたので、これをもって、質問に対する回答とするものである。

 【検討に至る経緯について】

 天皇、皇后両陛下には、ご即位以来、国と社会の要請や人々の期待にお応えになり、象徴として、あるいはそのご配偶として心を込めてお務めをお果たしになっていらしたが、いつとはなしに、将来のお代替わりのことについて思いを抱かれるようになり、また武蔵陵墓地の御陵をご参拝の機会にも、今後の御陵の在り方について思いを致され、かなり早くから、お二方の間で御陵および御喪儀のことについてお話し合いになるとともに、このようなことはご自身方のお気持ちだけで決められることではないからと、折に触れ長官や参与の意見にも耳を傾けていらっしゃった。

 御陵および御喪儀の検討の内容については、基本的には皇室の方々ご自身でお決めいただくことで、またことがらの性格上、必ずしも公表を要しないところであるが、上記の宮内記者会からの要望を受け、また、検討の結果を正しく国民に伝えることも必要であると考え、このことを両陛下にご説明の上、大まかなところを公表させていただくこととしたものである。

 【今後の御陵および御喪儀の在り方全般について】

 天皇陛下には、皇室の歴史の中に、御陵の営建や葬儀に関し、人々に過重な負担を課することを望まないとの考え方が古くよりあったことに、かねてより思いを致しておられ、これからの御陵や御葬送全体についても、極力国民生活への影響の少ないものとすることが望ましいのではないか、とのお気持ちをお持ちであった。

 同時に陛下には、これまで長きにわたり従来の皇室のしきたりはできるだけこれを変えず、その中で今という時代の要請も入れて行動することを心掛けていらっしゃり、御陵および御喪儀の在り方についても、そのお気持ちに変わりはない。

 【御陵について】

 天皇陛下には、昭和天皇陵と香淳皇后陵が大正天皇陵と貞明皇后陵の場合と異なり、隣接して平行に設置される形になっていないことをご覧になり、御陵用地に余裕がなくなってきているのではないかとのご感想をお述べになってこられたことは、昨年4月の発表の際にお伝えしたところであるが、陛下には、このように武蔵陵墓地内に御陵用地を確保するには限度があることをおもんばかられ、今後品位を損なうことなく御陵を従来のものよりやや縮小することができれば、とのお気持ちをお持ちになったところである。

 また、御陵をやや縮小することにより、武蔵陵墓地内に、昭和天皇陵、香淳皇后陵をお囲みする形で、ご自分方お二方を含めこれからも何代かにわたり御陵が営建され、皆さまが離れ離れにならずにお鎮まりになることが可能になるのではないかとのお気持ちもおありであった。さらに、天皇陛下には、御陵の歴史の中で、かつて合葬の例もあったことから、合葬という在り方も視野に入れてはどうか、とのお考えをお持ちであったが、この合葬とすることについては、皇后さまから、ご自身昭和の時代にお育ちになり、「上御一人かみごいちにん」との思いの中で、長らく先帝陛下、今上陛下にお仕えになってきた経緯からも、それはあまりに畏れ多く感じられるとされ、また、ご自分が陛下にお先立ちになった場合、陛下のご在世中に御陵がつくられることになり、それはあってはならないと思われること、さらに、遠い将来、天皇陵の前で祭事が行われることになる際に、その御陵の前では天皇お一方のための祭事が行われることが望ましく、陛下のお気持ちに深く感謝なさりつつも、合葬はご遠慮あそばさねばとのお気持ちをお示しであった。

 ただ、御陵の大きさや配置に配慮することで、ご自分方をはじめとし、せめて昭和天皇を直接間接にお身近に感じ上げている世代の方々が、昭和天皇、香淳皇后のお近くにお鎮まりになることができれば、とのお気持ちは皇后さまも陛下と共通してお持ちであり、その上で、用地の縮小という観点、また、合葬をとの陛下の深いおぼしめしにお応えになるお気持ちからも、皇后陵を従来ほど大きくせず、天皇陵のおそばに置いていただくことは許されることであろうか、とのお尋ねがあった。

 【ご火葬について】

 御喪儀の在り方に関する事柄のうち、ご葬法については、天皇、皇后両陛下から御陵の簡素化という観点も含め、火葬によって行うことが望ましいというお気持ちを、かねてより頂いていた。

 これは、御陵用地の制約の下で、火葬の場合は御陵の規模や形式をより弾力的に検討できるということ、今の社会では既に火葬が一般化していること、歴史的にも天皇、皇后の葬送が土葬、火葬のどちらも行われてきたこと、からのお気持ちである。

 ご火葬施設について、両陛下のご身位に鑑み、既存の施設によらず、多摩の御陵域内に専用の施設を設置申し上げたい旨、両陛下に申し上げたところ、その場合には節度をもって、必要な規模のものにとどめてほしい、とのお気持ちをお示しであった。

 【葬場殿の儀の場所について】

 国葬の場合は、その関係者の意見もあろうが、崩御後、皇室として執り行う葬場殿の儀の場所については、国民が広く利用している場所を長期間占用したり、葬場の設営に際して多くの樹木の伐採をしたりすることがないかなど、国民生活や環境への影響といった点に留意する必要がある、とのお考えをお持ちである。

 さらに両陛下には、近年特に顕著になっている気象条件の急激な変化を非常に心配しておられ、御喪儀に参列される内外の方々に万一の事があってはならず、暑さや寒さに加え、集中豪雨や竜巻などの可能性も十分考慮し、出席者の安全確保ができる場所を、皇太子殿下や秋篠宮殿下など殿下方のご意見も伺いつつ選定してほしいとのお気持ちをお示しいただいたところである。
















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プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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