■安倍謝罪外交の集大成としての真珠湾訪問(続)



 アメリカ議会で謝罪した前科持ちの安倍首相
 戦争の哀れな敗者を演じてくれるのを期待するトランプ
 



  安倍首相の真珠湾訪問はオバマ大統領の広島訪問とのバーターだといふ見方がある。

 馬鹿馬鹿しい、一体どこがバーターなのだ。

 形式上はバーターのやうに見えるが、オバマ大統領の広島訪問と安倍首相の真珠湾訪問との「取引」は実質的にはバーターなどではありえない。

 オバマ大統領の広島訪問は文字通りただの訪問だつたが、安倍首相の真珠湾訪問は「謝罪」だからだ。

 オバマ大統領の広島における長々とした演説は噴飯物だ。

《71年前の明るく晴れ渡つた朝、空から死神が舞ひ降り、世界は一変しました。閃光と炎の壁がこの街を破壊し、人類が自らを破滅に導く手段を手にしたことがはつきりと示されたのです。》

 広島があたかも天災に遭遇したかのやうな、日本を舐め切つたこの言ひ草!

 広島に惨禍をもたらした直接の当事者のことには一言も触れずに、広島の原爆惨禍を人類の悲劇と称し、このやうな悲劇を二度と繰り返さないようにしようと述べ立て、あとはひたすら平和教の説教を垂れたのだ。

 「核兵器なき世界を追求しなければならない」といひながら 「この『死の道具』が狂信的な者たちに渡らないやうにしなければならない」と核保有国の核独占体制維持を抜け目なく宣言するといふレトリック。

オバマの演説は原爆とアメリカとの関係を徹底的に遮断するところから成り立つてゐる。

 オバマが欲したのは、現職米大統領初の広島訪問といふ「レガシー」を残すことだけで、広島を利用して平和愛好国アメリカを世界にアピールするといふオバマの目的は十二分に達成された。

 安倍首相も真珠湾を訪問して日米「和解」を演出し、平和の貴さを世界にアピールするのではないかといふ人もゐるかもしれないが、お門違ひも甚しい。

 オバマ大統領は広島訪問の前も後も、原爆投下の責任問題など言及したことはない。

 他方、安倍首相はどうか?

 この人、アメリカに対して日米戦争について謝罪した「前科」があることを忘れてはならない。

 安倍首相は平成27年4月にアメリカの上下両院合同会議において、稚拙な英語で次のやうに演説した。

《先刻私は、第二次大戦メモリアルを訪れました。(中略)金色の星は、自由を守つた代償として、誇りのシンボルに違ひありません。(中略)歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。私は深い悔悟を胸に、しばしその場に立つて、黙祷を捧げました。》

 外務省訳の「深い悔悟」は英語の原文では、
 deep repentance
 となつてゐる。

  repentanceは、「後悔」「悔い改める」といふ意味だから、日本のやつた戦争を「悔い改める」と言明したわけだ。、

 安倍首相は日米戦争についてこのやうに謝罪した上で、大東亜戦争についても言及した。

《戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行ひが、アジア諸国民に苦しみを与へた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思ひは、歴代総理と全く変はるものではありません。》

 「痛切な反省」

 「アジア諸国民に苦しみを与へた事実」

 絵に描いたやうな日本侵略史観を、並み居るアメリカの上下両院議員たちにご披露してくれたわけである。

 安倍首相は帰国後、上下両院合同会議で18回のスタンディングオペレーションを受けました、なんてくだらないことを自慢してゐたけれど、アメリカの議員たちがスタンディングオペレーションをするのは当たり前だ。日本の総理大臣がアメリカ国民に謝罪してくれたのだから。

 オバマ大統領と安倍首相の共同記者会見では、安倍首相そつちのけで、記者の質問はボルチモアで起きた黒人暴動に関してオバマ大統領に集中した。

 アメリカの記者たちも、日本から来た総理大臣が「歴史修正主義者」どころか、アメリカに従順な忠犬ポチ公にすぎないことをよく理解してゐたのだ。

 さて、日米戦争についてアメリカ国民に謝罪した前科のある日本の総理大臣が、戦争の発端となつた真珠湾を訪問すると、どういふことになるか?

 真珠湾攻撃に repentance の気持ちを表明するために真珠湾を訪問したと受けとられるのは目に見えてゐる。

 アメリカ国民は当然さう考へる、世界各国もさう考へる。

 次期大統領のトランプもツイッターで、安倍首相の真珠湾訪問を歓迎すると表明した。アメリカが戦争の勝利者であることを世界に誇示できるからだ。

 トランプは正直である。

 きつと、この日本のお坊ちやん総理がハワイで戦争の哀れな敗者を演じてくれるのを期待してゐることだらう。

 オバマとトランプの考へ方は共通するところが少ない。

 しかし安倍首相の真珠湾訪問は、オバマも歓迎し、トランプも歓迎する。

 日本の総理大臣がアメリカにペコペコするのを見るのが好きなのは、民主党の大統領も共和党の大統領も変はらないのである。


    (この項続く)





■安倍謝罪外交の集大成としての真珠湾訪問


 安倍謝罪外交の集大成としての真珠湾訪問
 対プーチン屈辱外交から目をそらせる細工
 今度はトランプに媚を売る安倍お子様ランチ外交

 


 安倍首相の真珠湾訪問の意図ははつきりしてゐる。

 来るプーチンとの北方領土会談で、安倍首相がプーチンのいいやうに操られてきたことが露見し、これまでプーチンにすり寄つてきた安倍首相の面目が丸つぶれになる。

 対ロ外交の惨敗からなんとしても国民の目をそらせなければならない。さうだ、真珠湾へ行かう。

 まあ、こんな具合に真珠湾訪問が決まつたんだと思ふ。

 プーチンとの首脳会談では、日本は北方領土への巨額の経済支援のほか、ロシアの銀行への巨額融資まで抱き合はせの大盤振る舞ひが約束させられる。

 その見返りはなにもない。二島返還をエサにして、日本から金を出させるといふロシア伝統のお家芸にお坊ちやま安倍晋三はまんまとひつかってしまつたわけだ。


 プーチンの巧言に乗せられ、プーチンになめられきつて、対ロ外交に惨敗したとあつては、安倍首相はとても解散総選挙なんか戦へない。

 そこで頭にひらめいたのが、真珠湾訪問というプランだつた。

 安倍官邸からは早速、御用マスコミにこんな宣伝が盛んに流されれてゐる。

 真珠湾で安倍首相はオバマ大統領とともに並び立つて献花し、日米首脳会談を行ふ。日本の首相が日米戦争の象徴である真珠湾を訪問することで、日米の「和解」とともに日米同盟の絆をロシアと中国に見せつける―といふものだ。

 米次期大統領のトランプも、選挙戦中に、真珠湾では米国人が何千人も殺されとか吠へてゐたから、真珠湾訪問はトランプも歓迎してくれるだらう。

 真珠湾に行けば、プーチンにもて遊ばれた北方領土交渉もうやむやにできるし、おつかないトランプへのご機嫌とりにもなるし・・・・。

 いかにもお子様ランチ総理の考へさうなことである。

 (この項続く)
■21世紀に讀む三島由紀夫


 天皇弑逆と刺青
 昭和45年の三島由紀夫「年譜」を讀む





 11月25日は、ある世代以上の日本人にとつて特別な意味を持つ日である。私ももちろんその中に含まれる。

 昭和45年11月25日に起きたあの事件を語る人は必ず、事件を知つた時、自分がどこで何をしてゐたかを語る。

 私は東京の中央線の御茶ノ水駅のホームにゐた。大学1年生で、授業を終へて下宿への帰路、駅の階段からホームに降り立つた時、サラリーマンたちが新聞をむさぼるやうに読んでゐた。
 
 一人の男に近づき、新聞の見出しに目を凝らした。「三島由紀夫」「自衛隊乱入」「割腹」「自決」―。

 「乱入」といふ聞きなれない言葉と「割腹」「自決」の因果関係がよくわからず、頭は混乱した。三島由紀夫が死んだらしいことだけは理解できた。

 そのあと、夢遊病者のやうになつて下宿にたどり着いた。
 
 次の日、駅の売店で朝刊をすべて買ひ求め、スクラップブックを作つた。ここから私の三島由紀夫遍歴が始まつた。

 あれから少なからぬ三島由紀夫の評伝や回顧録の類ひに目を通してきたが、三島由紀夫の軌跡を考へる時、私が最近もつぱらひもとくのは「年譜」である。

 「決定版三島由紀夫全集」第42巻に収録されてゐる「年譜」には、日付を追つて文筆その他の活動、私的出来事等が簡潔に記されてゐる。(膨大な作品目録は本巻に別に収録)

 三島由紀夫の評伝の類ひは概して評者の思ひ入れが強すぎて、うつかりすると評者の迷路につき合はされるだけに終はる。冗冗しい評伝などより、「年譜」の簡潔な記述をたどる方が見えてくるものが多い。

 さて今日は、「年譜」の昭和45年のところをもう一度読んでみることにしよう。
 
 昭和45年

《1月14日(水) 前年暮に新居に移った村松剛宅で誕生日を迎える。NHKテレビの「生活の知恵」(午後7時30分~8時)に八千草薫、島田一男らとともに出演。「男らしさ・女らしさ」について。21日も。》

 決起の年。1月あたりはまだこんな呑気なテレビ出演にも応じてゐたのだ。

《1月中旬 「楯の会は宝塚の兵隊である」と発言した防衛庁長官・中曾根康弘から釈明の電話があったことを、山本舜勝に電話で告げる。》 

 中曾根康弘のことはあとにも出てくる。

《1月末 韓国空軍の元少将と山本舜勝を自宅に招く。元少将の辞去後、やりますか、と言う三島に対し、やるなら私を斬ってからにして下さい、と山本は返答する。》

 山本舜勝は旧軍あがりの元陸将補。一時は三島が最も信頼した人物だが、最終的に三島は山本を見限る。「韓国空軍の元少将」が出てくるが、三島は朴正熙政権下の韓国に渡り、韓国軍関係者とも接触があつた。

《2月10日(火)頃 村松剛に電話で、木村俊夫官房副長官を通じて佐藤栄作首相から楯の会を支援する(毎月100万円)という申し出があったことを伝える。》

 佐藤首相は中曾根防衛庁長官とともに、事件の直後、三島を狂人扱ひしたことでよく知られてゐる。

《4月27日(月) 中曾根康弘主催の政治団体・山王経済研究会例会で講演(「現代日本の思想と行動」。》

 三島は中曾根の釈明を容れたらしく、中曾根の政治団体で講演してゐる。

《小高根二郎「蓮田善明とその死」を携えて山本舜勝宅を訪問。私の今日はこの本によって決まりました、と言う。》

 先般、「花さかりの森」を含む三島初期の作品の原稿が、蓮田善明の遺族宅から発見されたといふ報道があつた。

《6月13日(土) ホテルオークラ821号室に、三島、森田必勝、小賀正義、小川正洋が集合。三島は、自衛隊は期待できないから自分たちだけで実行する、その方法として、自衛隊の弾薬庫を占拠してこれを爆破すると脅すか、東部方面総監を拘束するかして自衛隊員を集合させ、自分たちの主張はを訴え、決起する者があれば、ともに国会を占拠して憲法改正を議決させることを提案。討議の結果、総監を拘束する方策を取る。さらに三島は、11月の楯の会2周年記念パレードを総監に観閲してもらい、その際、総監拘束を実行しようと提案。》   

 決起の方法は煮詰まつてきたが、この時点では、国会占拠といふ計画も三島の頭にあつた。

 ちなみに、「年譜」にある楯の会関係の記述の多くは、裁判の検察冒頭陳述に拠つてゐる。

《7月13日(月) 吉兆で保利茂官房長官の招きによる会。村松剛、木村俊夫官房副長官、安岡正篤同席。この頃、三島は保利と数回懇談し、防衛に関する意見を述べた。(「武士道と軍国主義」「正規軍と不正規軍」)。保利が三島に接触したのは自民党内に翌年の東京都知事選に三島を推す動きがあることを踏まえ、三島の考えを内々に確かめるため。》

 三島は政治家になる気は毛頭なかつた。ただ、自民党政治家の中でも保利茂にだけは信を置いてゐた。この時の東京都知事は美濃部亮吉だつた。

《9月15日(火) 三島、森田必勝、小賀正義、小川正洋、古賀浩靖の5名は、千葉県野田市の興風館で行われた忍者大会を見物し、帰途、両国のイノシシ料理店ももんじ屋で会食するなどして同志的結束を固める。》

 忍者大会とはまるで見世物みたいだが、、正式には「戸隠流忍法演武会」といつた。三島は戸隠流忍法を日本民族の誇る忍法武道と高く評価し、自分でも戸隠流忍法を習ひたいといふ希望を持つてゐた。(板坂剛「極説三島由紀夫」)

《9月 銀座の第二浜作に徳岡孝夫を招く。右と左の両方から金を貰った林房雄への批判や自衛隊への失望を語る。(以下略)》

 二十数年に及ぶ交友を続けてきて、「林房雄論」(近代文学評論の傑作といはれる)まで書いた林房雄への怒りは激しかつた、と徳岡は回想してゐる。

《10月7日(水)  「天人五衰」執筆のため後楽園を取材。事実上絶縁状態になっていた村松剛は、伊沢甲子麿に仲介を頼み、四谷の蔦屋で三島と会食。君は頭の中の攘夷をまず行う必要がある、と三島は村松に言う。(村松剛「三島由紀夫の世界」》

 村松剛の「三島由紀夫の世界」によると、この場面でのやりとりは次のやうなものだつた。

 ―ソウルでは、フランス語で講演をしたそうだね。
 ―どうしてそれを知っているの?
 ―ドナルド・キーンから聞いたんだよ。
 ―それよりも、「天人五衰」の最終章を書き上げたそうじゃないか。
 ―え、だれにきいた。
 ―「果たしていない約束」を読んで、驚いたんだよ。あの文章はただごとじゃないです。心配になって、こうした時間をつくってもらった・・・
 ―ふーん。きみにも日本語がわかるのか。フランス語しかわからないのかと思っていた。
 ―なんて失礼な。(伊沢)
 ―そのことばは撤回してほしい。
 ―きみは頭の中の攘夷を、まず行う必要がある。、

 家族ぐるみの付き合ひをしてきた無二の親友(と村松は思つてゐた)から放たれた侮蔑の言葉と,翌月の三島決起は村松をうちのめし、立ち直つて「三島由紀夫の世界」の筆をとるのに17年の歳月を要した。

《10月 磯田光一に、本当は宮中で天皇を殺したい、と言う。(磯田光一・島田雅彦「模造文化の時代」)また、この頃、浅草の刺青師(彫長)に刺青を彫ってくれるよう頼むが、断られる。》

 天皇弑逆と刺青。三島由紀夫のヤクザ映画愛好は有名だが、刺青は三島に似合ふのか似合はないのか。

《11月4日(水) 三島は中山正敏から最後の空手指導を受ける。陸上自衛隊富士学校滝ヶ原駐屯地に体験入隊(リフレッシャーコース)。6日まで。訓練終了後、三島らは御殿場館別館において、他の楯の会会員、自衛官らとひそかに別れを惜しむ。この期間中に、三島は川端康成宛に最後の手紙(万一の時は後のことをよろしく頼むとの文面)を出すが、川端は一読後焼却。》

 三島が後事を託す手紙を書いたのは川端康成のみである。晩年の三島は、川端のノーベル賞への執着を見て半ばこの恩人を軽蔑し、周辺には平気で酷評した(「よく生きてゐるよ」「あの人はもう作家とはいへない」等)とも伝へられるが、書簡の上では川端に対して終生礼節を保つた。

 11月に入つてからの日録は、楯の会の打合せの記事が続くが、その合間にも文学関係の用談、「三島由紀夫展」開催、パーティ出席、そして知人との面談(最期の別れ)等を目まぐるしくこなしてゐる。

 11月25日の日録には、2ページ半が費やされてゐる。

 この中で私が目をとめたのは次の記述だ

《警視庁は、東京牛込署内に「楯の会自衛隊侵入不法監禁割腹自殺事件特別捜査本部」を設置。》

 さうか、捜査本部の名前はこんなに長い名前だつたのか。 

「楯の会自衛隊侵入不法監禁割腹自殺事件特別捜査本部」

 捜査本部の名称を警察の隠語で「戒名」と呼ぶが、この戒名には三島の名前が入つてゐないことに今気がついた。






■「トランプ大統領」におののく日本(6)


 トランプにあつさりコケにされた安倍首相
 「就任初日のTPP離脱」 を表明したトランプ




 大統領選後、通商政策については沈黙を守つてゐた次期米大統領トランプは21日、ビデオメッセージを発表し、就任初日に「TPPを脱退する」と宣言した。

 ペルーで開催されてゐたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)とTPP首脳会合の閉幕を待つてゐたかのやうなタイミングでのTPP離脱宣言だ。

 トランプがTPP首脳会合の前にTPP離脱宣言を控へたのは、任期中最後の国際会議となるAPECに出席したオバマ大統領へのせめてもの情けと思はれる。

 トランプ次期大統領のTPP脱退宣言によつて、TPPは事実上消滅した。

 トランプは、TPPの再交渉みたいなまだつらこしい交渉をするやうな男ではない。

 彼がこの日表明したやうに、米国の通商交渉は今後、二国間貿易協定に移行してゆくだらう。

 トランプ次期大統領のTPP脱退宣言で、またまた世界中に恥をさらしたのが安倍首相だ。

 「大統領選後のトランプと最初に会談したのが私です」と鼻高々でAPECに乗り込み、各国首脳から「トランプと何を話したのか」と質問攻めにあひ、「もてもて」(毎日新聞)だつた安倍首相。

 TPP参加国の間で、「トランプの説得 安倍首相に高まる期待」なんて絵空事を書いた新聞まであつた。

 安倍首相はペルーからアルゼンチンに移動し、ブエノスアイレスで記者会見。「TPPは米国抜きでは意味がない。米新政権の方針について、現段階で予断をもつてコメントすることは差し控へたい」

 ほとんどこの直後のことだ、トランプがビデオメッセージをYou Tubeで流したのは。

 「信頼できる指導者」と称賛してやまなかつた次期大統領トランプにあつさりコケにされた安倍首相の屈辱。
 
 安倍首相にとつて気の毒だつたのは、APECの直前に行はれたトランプ・安倍会談など、トランプのTPP離脱の決意を翻意させるどころか、トランプの考へ方に毛ほどの影響も与へなかつたことが世界中に知れ渡つてしまつたことだ。

 国民にTPP離脱を公約して大統領選挙に勝利したアメリカの次期大統領が、たつた一回会つただけの外国首脳に説得されて翻意するなんて考へる方がどうかしてゐる。
 
 安倍首相のお子様ランチ外交を真に受けて、「トランプの説得 安倍首相に高まる期待」などと書き飛ばす記者の幇間習性は憐れむに足る。

 彼の国では予備選から足掛け二年に及ぶ激烈な大統領選挙戦が展開されたといふのに、天下泰平に馴れた日本のお子様ランチ総理と彼をヨイショすることしか知らない新聞には、ドナルド・トランプといふ男の本性がいまだに皆目理解できなiいらしい。

 トランプが次期米大統領に就任すること自体の問題より、現実を見ようとしない日本の総理大臣とマスコミの習性の方こそ恐ろしい。



 
■「トランプ大統領」におののく日本(5)


 トランプ大統領の手玉にとられる日本のお坊ちゃん外交
 恭順の意を示した安倍首相に愛想ふりまいたトランプ





 ニューヨークで今月17日に開催されたトランプ・安倍会談なるものは、一種の興行みたいなものだな。

 大相撲の興行に例へれば、横綱同士の対戦なんかぢやなく、まあ横綱と幕尻力士の取り組みみたいなもんか。

 幕尻力士は横綱が初対戦相手に自分を選んでくれたことに感激しつつも、張り手でも食らはせられるのではないかとガチガチに緊張して土俵にあがつた。ところが張り手は飛んでこなくて、形だけでも相撲をとらせてくれた。

  横綱が幕尻を相手に本気で相撲をとる気がないことは、土俵に自分の付け人やらなにやらを一緒に上げたことからも明らかなのだが、幕尻力士は横綱と同じ土俵に上がれたと有頂天、「ボク、横綱と対戦したんだよ」と周囲に触れ回る・・・。

 まあ、それなりに面白い興行ではあつたけど。

 それにしても、トランプつて役者だね。

 日本の首相を金ぴかの自宅に呼びつけておいて、前日まで会談の詳細はマル秘。直前になつて通訳だけのサシの会談と通告しておきながら、会談の席には自分の方だけ長女イバンカと夫のクシュナー、閣僚候補のマイケル・フリンまでも伴つて現れるといふ無手勝流。

 通常の首脳会談なら「約束が違ふ」と、それだけで会談決裂となつてしまふところだが、非公式会談だし、そんなことに文句をいふ相手でないことは先刻承知。

 それでも、日本の総理大臣が大統領選からわずか一週間後にスッ飛んできた事情(ヒラリーへの肩入れ)を見透かした上で、安倍首相を持ち上げることを忘れないのがトランプだ。
 
 トランプは自分に従順な人間には実に優しい。

 安倍首相は日本からスッ飛んできてトランプに恭順の意を示したから、愛想よく接したのだ。
 
 トランプは単なる不動産王ではなく、マスコミの寵児でもあり、ニューヨーク社交界のスターでもあつた。

 ビジネス相手であれ誰であれ、トランプの人への接し方は融通無碍だ。

 人間の心理を熟知してゐて、相手が何を言へば喜ぶかを心得てゐる。

 相手の話にも耳を傾け、この男はどのやうに利用できるかと瞬時に思ひめぐらせる。

 ビジネス相手が弱みを見せると、すかさずそこを突き、高圧的な態度に出る。

 一旦敵と見定めた相手には容赦しない。

 これがトランプ流だ。

 会談後、日本側は安倍首相が会見し、プレスに写真を提供した。

 トランプ側はといへば、トランプ自身の会見はもとより、プレスへのブリーフィングも写真提供も一切なし。

 トランプに愛想を振りまかれた安倍首相がトランプを悪くいふわけはない。安倍首相の口を通じて語られるトランプの印象は、次期大統領の偉大なイメージをますます高めるだらう―こんなトランプ側の戦略は見事に成功した。

 会談の感激さめやらぬ安倍首相は、トランプをほめそやしたからである。

 トランプは、安倍首相が人畜無害で、育ちのいいだけの坊ちやん政治家であることを見抜いてゐる。

 日米関係で、かつて、ロン・ヤス会談といふのがあつた。

 レーガン大統領とは互ひにロン・ヤスと呼び合ふ仲だと世界に吹聴したのが中曽根首相で、レーガン大統領を自分の山荘に招いて囲炉裏を囲み、レーガン大統領との親密性を盛んに誇示したものだ。

 しかし、ロン・ヤスの間柄なんて、実は中曽根が吹聴したやうなものではなかつた。

 レーガンの元側近によると、レーガン大統領は中曽根首相との会談を終え、中曽根が部屋を出てゆくと、「あのジャップめ」と吐き捨てるやうにつぶやいた、とのことだ。

 トランプが安倍首相との会談後、「あのジャップ、単純だね」なんてつぶやいてゐないといふ保証はない。






プロフィール

tensei211

Author:tensei211
ちば・てんせい。ジャーナリスト、政治評論家。フェミニズム論、天皇論を中心に執筆活動を展開してゐる。

北海道芦別市生まれ。千葉県在住。

フェミニズム論をまとめた著作として、『男と女の戦争―反フェミニズム入門』(展転社)など。フェミニズム関係の共著に『男女平等バカ』(宝島社)、『夫婦別姓大論破』(羊泉社)などがある。

執筆には、正仮名遣ひ(歴史的仮名遣ひ)を用ゐる。

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